「中に出して。……お土産に持って帰りたいの」――上京前夜。ずっと好きだった幼馴染が、排卵検査薬を握りしめて俺のベッドに潜り込んできた。

ひふみ黒

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第10話 幸福な寄生

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あれから、五年が過ぎた。

都内の高級住宅街。
重厚な門扉の奥に佇む神宮寺家の邸宅に、俺は招かれていた。

「おじちゃん!」

玄関に入ると、五歳になった拓人(たくと)が元気よく駆け寄ってきた。
俺の足にしがみつくその顔は、アルバムの中にいる五歳の頃の俺と、瓜二つだった。

「元気だったか、拓人」

「うん! あのね、パパがね、新しいおもちゃ買ってくれたの!」

拓人が指差す先には、穏やかな笑みを浮かべた神宮寺誠が立っていた。
最高級のスーツに身を包み、この世の全てを手に入れた男。

「やあ、神崎くん。いつも遠いところありがとう」

誠は俺の手を握った。その手は相変わらず冷たかったが、以前よりも自信に満ちていた。
彼は、自分に種がないことを知っている。
目の前の子供が、俺の種から生まれたことも知っている。
それでもなお、彼は拓人を「自分の息子」として溺愛していた。

血の繋がりなどという不確かなものよりも、神宮寺家の「教育」と「財力」で染め上げられた人間こそが、真の息子なのだと言わんばかりに。

「拓人は優秀だよ。ピアノも英会話も、クラスで一番だ。……君の優れた遺伝子に感謝しているよ」

誠は耳元で囁いた。
それは感謝ではなく、勝利宣言だった。
俺は種を提供しただけの「家畜」であり、その果実を味わうのは彼なのだ、と。

だが、俺もまた、心の中で嗤っていた。
あんたが愛しているその「息子」の細胞一つ一つは、俺のコピーだ。
あんたが拓人の頭を撫でるたび、あんたは間接的に俺に跪いているのと同じなのだ。

「……あら、拓也。いらっしゃい」

奥から、愛梨が現れた。
五年前よりも少し肉付きが良くなり、高価な着物を着こなす姿は、完全に「極道の妻」ならぬ「名家の妻」の貫禄だった。

「さあ、上がって。……今日は『お祝い』なんでしょ?」

そうなのだ。
今日、俺が呼ばれたのには理由がある。

ダイニングテーブルには、豪華な食事が並べられていた。
俺たちは「親戚」として、円満な食卓を囲んだ。
誠がワインを注ぎ、拓人が無邪気に笑う。

その光景は、完璧な幸福の肖像画だった。
ただ一つ、その絵の具が、俺のドス黒い欲望と精液で練られていることを除けば。

 

夜が更け、拓人が寝室へ去った後。
俺は、離れにあるゲストルームに通された。

そこは、五年前のあの夜――俺の安アパートを再現したかのような、質素なベッドが置かれていた。
神宮寺家の、悪趣味な計らいだ。

「……お待たせ」

バスローブを羽織った愛梨が入ってきた。
湯上がりの肌からは、高級な石鹸の香りと、変わらない「雌」の匂いがした。

「旦那は?」

「書斎で仕事よ。……『今夜は思う存分、二人で励んでくれたまえ』だって」

愛梨はクスクスと笑い、バスローブの帯を解いた。
露わになった裸体は、一度の出産を経て、より柔らかく、より艶かしく成熟していた。

「ねえ、拓也。……拓人、可愛かったでしょ?」

「ああ。……俺に似すぎてて、怖いくらいだ」

「ふふ。次は女の子がいいな。……私の目と、拓也の唇を持った女の子」

愛梨がベッドに這い上がり、俺のベルトに手をかける。
その手つきは、幼馴染のものではなく、システムを管理する女王の手つきだった。

「準備はいい? ……今日は排卵日。体温もバッチリ上げたわ」

「……ああ」

俺は抵抗することなく、彼女を受け入れた。

もはや、ここには「愛」も「復讐」もなかった。
あるのは、巨大な宿主(ホスト)に寄生し、寄生されることでしか生きられない、共依存の生態系だけだった。

俺の種は、神宮寺家という土壌で、最高級の肥料を与えられて育つ。
俺はその対価として金を受け取り、己の遺伝子が世界を侵食していく様を、影から見守る。

「……来て、拓也。……二人目の『お土産』を、奥までちょうだい?」

愛梨が股を開く。
そこは、俺の形を記憶したまま、甘い蜜を溢れさせて待っていた。

俺は唸り声を上げ、自らの存在証明を、彼女の深淵へと叩きつけた。

窓の外には、東京の夜景が広がっている。
無数の光の一つ一つに、それぞれの家族があり、それぞれの秘密がある。

だが、俺たちほど深く、汚れていて、幸福な秘密を持った家族はいないだろう。

ズチュッ、パンッ!

肉のぶつかる音が、静寂な邸宅に響く。
それは、終わることのない儀式の音。

俺は、永遠の種馬。
そして愛梨は、俺の種を運ぶ聖なる母体。

この「托卵」の連鎖が尽きるまで、俺たちは何度でも、この夜を繰り返すのだ。

(完)
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