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第9話 共有される嘘
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「……可愛い、甥っ子ですね」
自分の喉から出たその言葉は、まるで他人の声のように響いた。
俺の腕の中で眠る拓人。俺の鼻、俺の口元、俺の血。
それを「旦那」である神宮寺誠が見つめている。その眼差しには、憎しみも疑念もなかった。
あるのは、ただ、自分の家系を繋ぎ止めたという安堵感だけだった。
「ああ、本当に。愛梨から聞いていた通り、君は素晴らしい幼馴染だ」
誠は俺の肩に手を置いた。その手のひらは驚くほど冷たく、生気を感じさせない。
「これからも、拓人の成長を見守ってやってくれ。親戚として、ね」
俺は、背後に立つ探偵・黒田と目が合った。
彼は無表情のまま、わずかに首を振った。
『すべては予定通りだ』。そう言外に告げているようだった。
結局、俺は一泊もせずに東京を後にした。
帰りの新幹線の中、俺の手のひらにはまだ、拓人の温もりとミルクの匂いが残っていた。
同時に、ポケットの中には新しい封筒がねじ込まれていた。
病院を去り際、誠から直接手渡されたものだ。
『拓人の将来のための、ささやかなお礼だ』
中には、厚みのある札束が入っていた。
俺は、新幹線のトイレの鏡に自分の顔を映した。
そこにいたのは、愛する女を奪われ、自分の子を他人の跡取りとして差し出し、その代償として金を受け取る、卑屈な男の顔だった。
だが、口元は歪んで笑っていた。
俺の種が、あの豪華な病室に君臨している。
あの冷徹な老婦人も、プライドの高い旦那も、俺の体液から生まれた命を崇め、守り、教育を施していく。
それは、どんな性行為よりも深い、究極の「中出し」だった。
地方の駅に降り立つと、夜風が冷たかった。
スマホが震える。愛梨からだった。
『今日はありがとう。神宮寺さん、拓也のことすごく気に入ってたよ』
メッセージの後に、一枚の写真が添えられていた。
誠が拓人を抱き、愛梨がその隣で微笑んでいる、「幸せな家族」の肖像画。
『これで、私たちの未来は完璧。……次は、拓人に妹を作ってあげなきゃね』
俺の心臓がどくりと跳ねた。
妹。
つまり、彼女はまた俺を呼び、俺の種を求めるということだ。
彼女にとって俺は、もはや幼馴染ですらない。
神宮寺家という巨大なシステムを維持するための、専属の「種付け役」。
俺は暗い夜道を歩きながら、スマホの画面を指でなぞった。
絶望的な屈辱。
それ以上に、抗えないほどの悦楽。
俺は、彼女に支配されている。
そして俺もまた、俺の子供を通じて、あの華やかな一族を支配している。
「……ああ。いつでも呼べよ、愛梨」
俺の返信は、夜の闇に吸い込まれていった。
俺たちの歪な関係は、もはや誰にも止められない領域へと足を踏み入れていた。
自分の喉から出たその言葉は、まるで他人の声のように響いた。
俺の腕の中で眠る拓人。俺の鼻、俺の口元、俺の血。
それを「旦那」である神宮寺誠が見つめている。その眼差しには、憎しみも疑念もなかった。
あるのは、ただ、自分の家系を繋ぎ止めたという安堵感だけだった。
「ああ、本当に。愛梨から聞いていた通り、君は素晴らしい幼馴染だ」
誠は俺の肩に手を置いた。その手のひらは驚くほど冷たく、生気を感じさせない。
「これからも、拓人の成長を見守ってやってくれ。親戚として、ね」
俺は、背後に立つ探偵・黒田と目が合った。
彼は無表情のまま、わずかに首を振った。
『すべては予定通りだ』。そう言外に告げているようだった。
結局、俺は一泊もせずに東京を後にした。
帰りの新幹線の中、俺の手のひらにはまだ、拓人の温もりとミルクの匂いが残っていた。
同時に、ポケットの中には新しい封筒がねじ込まれていた。
病院を去り際、誠から直接手渡されたものだ。
『拓人の将来のための、ささやかなお礼だ』
中には、厚みのある札束が入っていた。
俺は、新幹線のトイレの鏡に自分の顔を映した。
そこにいたのは、愛する女を奪われ、自分の子を他人の跡取りとして差し出し、その代償として金を受け取る、卑屈な男の顔だった。
だが、口元は歪んで笑っていた。
俺の種が、あの豪華な病室に君臨している。
あの冷徹な老婦人も、プライドの高い旦那も、俺の体液から生まれた命を崇め、守り、教育を施していく。
それは、どんな性行為よりも深い、究極の「中出し」だった。
地方の駅に降り立つと、夜風が冷たかった。
スマホが震える。愛梨からだった。
『今日はありがとう。神宮寺さん、拓也のことすごく気に入ってたよ』
メッセージの後に、一枚の写真が添えられていた。
誠が拓人を抱き、愛梨がその隣で微笑んでいる、「幸せな家族」の肖像画。
『これで、私たちの未来は完璧。……次は、拓人に妹を作ってあげなきゃね』
俺の心臓がどくりと跳ねた。
妹。
つまり、彼女はまた俺を呼び、俺の種を求めるということだ。
彼女にとって俺は、もはや幼馴染ですらない。
神宮寺家という巨大なシステムを維持するための、専属の「種付け役」。
俺は暗い夜道を歩きながら、スマホの画面を指でなぞった。
絶望的な屈辱。
それ以上に、抗えないほどの悦楽。
俺は、彼女に支配されている。
そして俺もまた、俺の子供を通じて、あの華やかな一族を支配している。
「……ああ。いつでも呼べよ、愛梨」
俺の返信は、夜の闇に吸い込まれていった。
俺たちの歪な関係は、もはや誰にも止められない領域へと足を踏み入れていた。
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