嘘つきは英雄の始まり

ひふみ黒

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第4話 戦場の真ん中で、愛を叫ぶ

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「……帰りたい。今すぐ実家のコタツに帰りたい」


俺、黒瀬カイトは、乾いた荒野の真ん中でつぶやいた。

場所は、王国の最重要防衛ラインである「嘆きの平原」。

視界の先には、地平線を埋め尽くすほどの黒い軍勢。

魔王軍だ。その数、およそ一万。


対するこちらは、俺と、俺の嫁(自称)のルビィだけ。


「どうしてこうなった……」


今朝、王様に「最前線へ!」と送り出されたまではよかった。

だが、道中でルビィが「二人きりのデート(行軍)ですね♡」と張り切り、俺を抱えて音速で飛行。

結果、本隊の騎士団を遥か後方に置き去りにして、俺たちだけで敵の大群と対峙することになってしまったのだ。


「マスター! 見てくださいまし! 敵がいっぱいですわ!」


隣でルビィが、ピクニックに来たようにはしゃいでいる。

彼女が指差す先では、魔王軍の先頭に立つ一人の男が、馬を進めてくるところだった。


青白い肌に、神経質そうな眼鏡。手には分厚い魔道書。

魔王軍四天王が一人、『知将』ヴォルグ。

力押しではなく、知略と魔法を操る厄介なタイプだ。


(……マズいな。バカ正直なドラゴンなら騙せても、ああいうインテリは疑り深いぞ)


ヴォルグは俺たちの前で止まると、眼鏡の奥の瞳を光らせた。


『……貴様が、噂の英雄カイトか。ふん、ただの人間ではないか』


ヴォルグが魔道書を開く。

パラパラとページがめくれ、不気味な光が俺を包んだ。

鑑定魔法だ。


『解析(スキャン)……完了。……は?』


ヴォルグの動きが止まる。

そして、信じられないものを見る目で俺を見た。


『魔力……1? スキル……なし?』


終わった。

完全にバレた。

さっきまでのドラゴンや騎士団長は「雰囲気」で騙せたが、こいつは数値を見ている。

嘘をつく隙すらない、絶体絶命の状況だ。


『クク、ハハハ! なんだこれは! 情報では「国を滅ぼす魔神」と聞いていたが……まさか、ただの誤報だったとはな!』


ヴォルグが高笑いする。

背後の魔王軍からも、「なんだ、ただの雑魚か」「ひねり潰せ!」と嘲笑が聞こえてくる。


俺の膝が震える。心臓が早鐘を打つ。

隣のルビィが「失礼な……焼き払いますわ」とブレスを溜め始めた。

待て、ここで戦ったら俺が流れ弾で死ぬ。


(考えろ……! 俺は詐欺師だ。数値という「事実」を突きつけられた時、どう切り返す!?)


否定しても無駄だ。証拠がある。

なら――認めた上で、「意味」を変えさせるしかない。


俺は震える手を隠すために、あえてポケットに手を突っ込んだ。

そして、憐れむようなため息をついてみせる。

詐欺師の裏テクニックその4。『沈黙は、雄弁な罠(トラップ)である』。


「……はぁ。ガッカリだ」


俺はヴォルグの嘲笑を遮り、心底つまらなそうに首を振った。


『……なんだと?』


「魔王軍の『知将』と聞いて楽しみにしていたんだが……まさか、その程度の『眼』しか持っていないとはな」


俺はあえて、一歩も動かずに立ち尽くす。


「おい眼鏡。お前のその鑑定魔法、何万まで測れる?」


『……我が魔眼は、99万まで正確に見抜く。貴様の『1』など、誤差ですらないわ!』


「そうか。99万か。……なら、見えないのも無理はない」


俺は鼻で笑った。


「俺の魔力はな、あまりに高密度すぎて、計測器が一周……いや、『三周』して1に戻ったんだよ」


『な、に……!?』


「貴様のレベルじゃ理解できんか? 俺の魔力は、自然界の法則を超越して『圧縮』されている。貴様の目には『1』に見えるだろうが……その『1』は、貴様の軍勢を消し飛ばす『1』だ」


完全な詭弁。

子供の言い訳レベルの嘘だ。

だが、俺はそれを「絶対的な自信」という包装紙で包んで提供する。


ヴォルグの表情が強張った。

賢い奴ほど、深読みする。

「魔力1の人間が、単身で一万の軍勢の前に立つ」という異常事態に、奴の脳が勝手に理由を探し始めたのだ。


(……まて。確かに不自然だ。本当にただの雑魚なら、なぜ逃げない? なぜ、あの「最強種」であるドラゴンが、あんなにも恭しく従っているのだ……?)


ヴォルグの視線が、俺とルビィを行き来する。

俺はダメ押しの一手を打つ。


「ルビィ。椅子を出せ」


「はい♡ マスター!」


ルビィがどこからともなく、優雅なティーセットと椅子を取り出した。

俺は戦場のど真ん中で、優雅に脚を組んで座る。

手は震えているが、ティーカップを持つことで「優雅な震え」にごまかす。


「俺はここから一歩も動かん。魔法も使わん。……通りたければ通ってみろ」


俺は紅茶をすすり、ヴォルグを見下ろした。


「ただし、俺の間合いに入った瞬間――『理解できない死』が貴様を襲うぞ?」


ハッタリの極致。

「何もしない」という行動を、「強者の余裕」に変換する。


ヴォルグの額に、脂汗が浮かんだ。


(こいつ……隙がない。完全にリラックスしている。もし奴の言葉が真実なら、踏み込んだ瞬間に我々は全滅する……!)


疑念が、恐怖に変わる。

賢い奴ほど、見えない罠を恐れる。


《信仰率40%……75%……判定成功》

《嘘現出:対象に『不可視の境界線』を認識させます》


ゴゴゴゴゴ……!!


俺の座る椅子の周りに、陽炎のような揺らぎが発生した。

ただの熱気だ。だが、ヴォルグにはそれが「超高密度の魔力障壁」に見えたらしい。


『ひッ……!? なんだ、このプレッシャーは……! 数値は『1』なのに、肌が焼けるような威圧感が……!』


「おや、気づいたか? 少しは優秀なようだな」


俺はカップを置き、ニッコリと笑った。


「正解だ。引くなら今だぞ? それとも、その優秀な頭脳を、ここで消し炭にしてみるか?」


ヴォルグの顔色が青から白に変わる。

彼は数秒の葛藤の末、血が出るほど唇を噛み締め――叫んだ。


『……全軍、撤退だッ!!』


「ヴォルグ様!?」


『馬鹿者! あれは「現象」だ! 生物ではない! 不用意に触れれば、軍ごと次元の彼方に飛ばされるぞ!! 一度持ち帰って対策を練る!!』


魔王軍一万が、俺一人のハッタリに背を向けて逃げ出していく。

地響きを立てて去っていく背中を見送りながら、俺は肺の中の空気をすべて吐き出した。


「……し、死ぬかと思った……」


ティーカップを持つ手が、ガチガチと音を立てて暴れだす。

紅茶が全部こぼれて、ズボンがビショビショだ。


「さすがはマスター! 指一本動かさずに一万の軍勢を追い返すなんて! 痺れますわ!!」


ルビィが興奮して抱きついてくる。


「ぐ、え……っ!?」


ミシミシッ!!


「ああん、この冷徹な眼差し! ご褒美に、今夜は私が『圧縮』されたい気分ですわ♡」


「やめ、ろ……俺の肋骨は、圧縮に耐えられな……ッ!」


戦場には、魔王軍の撤退の音と、俺の断末魔だけが虚しく響き渡った。


こうして俺は、また一つ伝説を作ってしまった。

『不動の英雄』。

戦場でお漏らし(紅茶)しただけの男に、過ぎた二つ名がついた瞬間だった。
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