3 / 25
第3話 英雄の晩餐は毒の味
しおりを挟む「……っぐ、う……!」
俺の肋骨が悲鳴を上げている。
場所は王城の大広間。
さっきまで俺を殺そうとしていた国王主催の、「英雄カイト様・歓迎の宴」の真っ最中だ。
テーブルには山のような御馳走。
周囲には媚びへつらう貴族たち。
そして俺の膝の上には、真紅のドレスを着た絶世の美女――元ドラゴンのルビィが乗っている。
「ああん、マスター♡ 私のために宴を開いてくれるなんて! さあ、あーんしてくださいまし!」
「……ルビィ、頼むから降りてくれ。重い。物理的に重い」
「まあ! 私の愛が重いなんて、嬉しいですわ!」
「ちげえよ!」
会話が成立しない。
こいつ、人間になっても体重(質量)はドラゴンのままなんじゃないか?
膝の皿が粉砕されるまで、あと数分。俺の寿命は風前の灯火だ。
「さあマスター。まずは栄養補給を。王家の厨房を脅して……いえ、お願いして焼かせた『天空鳥の丸焼き』です!」
ルビィが差し出してきたフォークの先には、肉の塊――いや、岩石のような物体が刺さっていた。
表面が鋼鉄のように輝いている。湯気からは、明らかに人体に有害な魔力の波動を感じる。
(……これ、食い物か?)
俺は冷や汗を流しながら周囲を見渡した。
国王や貴族たちは、キラキラした目でこちらを見守っている。
「おお……あれは、一口食べれば常人なら魔力中毒で即死すると言われる『天空鳥』!」
「さすがはカイト様だ。あのような猛毒……いや、珍味を平然と食そうとしている!」
詰んだ。
食わなきゃ「俺の料理が食えないのか」とルビィが暴れ、食えば俺が死ぬ。
逃げ場なし。俺の異世界生活、第2章のタイトルは『食中毒』で決まりそうだ。
(……ええい、ままよッ!)
俺は覚悟を決め、その凶器を口の中に放り込んだ。
ガリッ!!
奥歯が欠ける音がした。
味? しない。砂利を食ってる気分だ。
だが、ここで吐き出せば「最強の魔神」のメッキが剥がれる。
俺は涙目で、喉から食道が裂けるような激痛に耐えながら、無理やり飲み下した。
「……ん、悪くない」
精一杯の強がり。
だが、その一言で広間がどっと沸いた。
「すげええええ! あの硬度を咀嚼したぞ!」
「やはり内臓まで金剛石でできているに違いない!」
勝手に勘違いしてろ。こっちは今、胃の中で石が暴れまわってるんだよ。
「――失礼、英雄殿」
宴の熱気を冷ますような、鋭い声が響いた。
人垣が割れ、一人の男が歩み出てくる。
銀髪を短く刈り込んだ、目つきの悪い男。近衛騎士団長のゼクスだ。
奴は最初から、俺を値踏みするような嫌な目で見ていた。
「カイト殿。ドラゴンを手懐けた手腕、実に見事でした。……ですが」
ゼクスは腰の剣に手を置き、口の端を歪めた。
「我ら騎士団には、古くからの習わしがありましてな。新たな英雄を迎えた際は、団長と軽く『手合わせ』をすることになっているのです」
嘘つけ。今作っただろそのルール。
俺はルビィの抱擁(※万力レベル)から逃れるフリをして、体勢を直した。
「手合わせ、だと?」
「ええ。もちろん、貴殿のような『神』に近い御方が相手だ。真剣勝負とは言いません。ただ……その力が本物か、私の剣で確かめさせていただきたい」
広間が静まり返る。
ルビィの瞳が、爬虫類特有の縦長の虹彩に変わった。
「……不愉快ですね。マスターに剣を向けるなど。――灰にしますか?」
ルビィの手のひらに、チリチリと青い炎が灯る。
まずい。ここでこいつが暴れたら、俺が「ドラゴンを使役している」事実は証明できるが、俺自身の「底の浅さ」がバレる。
何より、ゼクスの狙いはそこだ。
俺がルビィの後ろに隠れるか、自分で戦うかを見極めようとしている。
(……性格の悪い野郎だ)
断れば「臆病者」のレッテル。戦えば秒殺。
俺はゆっくりと立ち上がった。
心臓の音で耳がおかしくなりそうだ。膝が笑うのを、必死にテーブルの下で隠す。
「……いいだろう」
「ほう?」
「だが、ゼクスと言ったか。一つ忠告しておく」
俺は、今までで一番「退屈」そうな声を意識して絞り出した。
詐欺師の鉄則その3。『相手の想像力を利用しろ』。
「俺の剣はな、抜けば最後。この国の半分が灰になる呪いがかかっている」
俺は腰に下げた、王家から貸し出されただけの儀礼用の剣――刃もついていないナクラ――の柄に、ゆっくりと指をかけた。
「手加減はできんぞ。……それでも、その『棒切れ』で俺に触れるつもりか?」
《信仰率20%……35%……》
低い。
さっきのドラゴン戦で「味方」だと思われたせいで、恐怖による信仰が薄れている。
これじゃスキルが発動しても、剣がちょっと光る程度で終わる。
ゼクスは鼻で笑った。
「構いませんよ。灰になるのは私一人で十分だ。さあ、英雄殿。その『国を滅ぼす剣』、見せていただこう!」
ゼクスが踏み込んでくる。
速い。達人の踏み込みだ。
俺の動体視力じゃ、奴がいつ剣を抜いたのかすら見えない。
(終わった。……いや、まだだ! 俺は詐欺師だ! 自分の命さえも、嘘で騙し取ってやる!)
俺は目を閉じた。
そして、今この場にいる全員が「最も恐れている状況」を、叫んだ。
「――来るなッ! 封印が、漏れるぞ!!」
俺は、剣を鞘から「一ミリ」だけ抜いた。
カチッ。
その微かな音が、広間の静寂に響く。
《信仰率、急上昇……80%に到達》
《事象改変――『終末の重圧(プレッシャー)』を発現します》
ズンッ……!!
空気が、質量を持ったかのように重くなった。
「な、なんだ!?」「体が、動かん!」「空が……割れているのか!?」
ゼクスの剣先が、俺の鼻先数センチでピタリと止まった。
いや、止まったんじゃない。
奴にかかっている重力が、俺の嘘(スキル)によって数十倍に膨れ上がり、力ずくで床にねじ伏せたのだ。
「ガ、ハッ……!? なんだ……この、デタラメな……重みは……ッ!」
ゼクスが床に這いつくばり、苦悶の声を漏らす。
全身の鎧がミシミシと音を立てて歪んでいく。
「言ったはずだ。抜けば『終わる』とな」
俺は、震えそうになる右手を必死に押さえ込みながら、ゆっくりと剣を鞘に戻した。
カチン。
その音が合図だったかのように、会場を支配していた重圧が霧散する。
「……剣を抜くことすら許されない、というのか……。これが、格の違い……」
ゼクスは戦慄に染まった目で俺を見上げ、そのまま糸が切れたように意識を失った。
勝った。
今回も、薄氷を踏むようなハッタリで。
俺は平静を装って椅子に深く腰掛け、震える手でワインを煽った。
味なんてしない。ただ、喉が焼けるようなアルコールの感覚だけが、生きている実感をくれた。
(もう無理だ。明日、誰にも見つからないうちにこの国を逃げ出してやる……)
金も持った。名声も得た。あとは逃げるだけだ。
そう決意した瞬間、国王の浮かれた声が耳に届いた。
「素晴らしい! これほどの実力があれば、現在国境に集結している『魔王軍・四天王』も、鼻歌まじりに殲滅できるでしょうな!」
「……は?」
「予言によれば、四天王は明日にも総攻撃を仕掛けてくるとか。――さっそくカイト様には、最前線へ向かっていただきます!」
待て。
俺、今「逃げ出す」って決めたばっかりなんだが?
四天王? 総攻撃?
俺の隣で、ルビィが嬉しそうに翼をバサッと広げた。
「まあ! マスターと初陣ですね! 新婚旅行(ハネムーン)が戦場なんてロマンチックですわ! 二人で魔王の首を獲りに参りましょう♡」
違う。
俺が望んでるのはスローライフだ。デスマーチじゃない。
「え、あの、俺はちょっと用事が……」
「カイト様!」「英雄様!」「人類の希望!」
会場中から湧き上がるカイトコール。
逃げられない。
俺の異世界生活。
どうやら明日、最終回(物理)を迎えるらしい。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
もしかして寝てる間にざまぁしました?
ぴぴみ
ファンタジー
令嬢アリアは気が弱く、何をされても言い返せない。
内気な性格が邪魔をして本来の能力を活かせていなかった。
しかし、ある時から状況は一変する。彼女を馬鹿にし嘲笑っていた人間が怯えたように見てくるのだ。
私、寝てる間に何かしました?
砂の揺籠
哀川アルマ
ファンタジー
ハーブロート公爵家の愛人の子、レイラ・ハーブロート公爵令嬢は、典型的な我儘令嬢でどうしようもないと噂される。
義母も相当な放蕩な女で、苦労している姉のシローヌ・ハーブロート公爵令嬢に同情の声が寄せられ、ハーブロート公爵の名声は地に落ちつつあった。
王太子妃の開いたお茶会でも暴れるレイラだが…?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
初の投稿です。
楽しんでいただければ幸いです。
遊び人の侯爵嫡男がお茶会で婚約者に言われた意外なひと言
夢見楽土
恋愛
侯爵嫡男のエドワードは、何かと悪ぶる遊び人。勢いで、今後も女遊びをする旨を婚約者に言ってしまいます。それに対する婚約者の反応は意外なもので……
短く拙いお話ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。
このお話は小説家になろう様にも掲載しています。
短編)どうぞ、勝手に滅んでください。
黑野羊
恋愛
二度も捨てられた聖女です。真実の愛を見つけたので、国は救いません。
あらすじ)
大陸中央にあるルオーゴ王国で、国を守る結界を維持してきた聖女ロザリア。
政略のため王太子と婚約していた彼女は、突如『真の聖女』が現れたとして婚約を破棄され、聖女の座を追われてしまう。さらに、代わりに婚姻しろと命じられた聖騎士からも拒絶され、実家にも見捨てられたロザリアは、『最果ての修道院』へと追放された。
けれど彼女はそこで、地位や栄光、贅沢などとはほど遠い、無条件に寄り添ってくれる『真実の愛』と穏やかな日々を手にいれる。
やがて聖女を失った王国は、崩壊へ向かっていき――。
ーーー
※カクヨム、なろうにも掲載しています
婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした
ふわふわ
恋愛
婚約破棄――
それは、多くの令嬢にとって人生を揺るがす一大事件。
けれど彼女は、泣き叫ぶことも、復讐に走ることもなかった。
「……では、私は日常に戻ります」
派手なざまぁも、劇的な逆転劇もない。
彼女が選んだのは、線を引き、基準を守り、同じ判断を繰り返すこと。
王宮では改革が進み、領地では生活が整えられていく。
誰かが声高に称えられることもなく、
誰かが悪役として裁かれることもない。
それでも――
混乱は起きず、争いは減り、
人々は「明日も今日と同じである」ことを疑わなくなっていく。
選ばない勇気。
変えない決断。
名を残さず、英雄にならない覚悟。
これは、
婚約破棄をきっかけに
静かに日常を守り続けた一人の令嬢と、
その周囲が“当たり前”を取り戻していく物語。
派手ではない。
けれど、確かに強い。
――それでも、日常は続く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる