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第3話 英雄の晩餐は毒の味
しおりを挟む「……っぐ、う……!」
俺の肋骨が悲鳴を上げている。
場所は王城の大広間。
さっきまで俺を殺そうとしていた国王主催の、「英雄カイト様・歓迎の宴」の真っ最中だ。
テーブルには山のような御馳走。
周囲には媚びへつらう貴族たち。
そして俺の膝の上には、真紅のドレスを着た絶世の美女――元ドラゴンのルビィが乗っている。
「ああん、マスター♡ 私のために宴を開いてくれるなんて! さあ、あーんしてくださいまし!」
「……ルビィ、頼むから降りてくれ。重い。物理的に重い」
「まあ! 私の愛が重いなんて、嬉しいですわ!」
「ちげえよ!」
会話が成立しない。
こいつ、人間になっても体重(質量)はドラゴンのままなんじゃないか?
膝の皿が粉砕されるまで、あと数分。俺の寿命は風前の灯火だ。
「さあマスター。まずは栄養補給を。王家の厨房を脅して……いえ、お願いして焼かせた『天空鳥の丸焼き』です!」
ルビィが差し出してきたフォークの先には、肉の塊――いや、岩石のような物体が刺さっていた。
表面が鋼鉄のように輝いている。湯気からは、明らかに人体に有害な魔力の波動を感じる。
(……これ、食い物か?)
俺は冷や汗を流しながら周囲を見渡した。
国王や貴族たちは、キラキラした目でこちらを見守っている。
「おお……あれは、一口食べれば常人なら魔力中毒で即死すると言われる『天空鳥』!」
「さすがはカイト様だ。あのような猛毒……いや、珍味を平然と食そうとしている!」
詰んだ。
食わなきゃ「俺の料理が食えないのか」とルビィが暴れ、食えば俺が死ぬ。
逃げ場なし。俺の異世界生活、第2章のタイトルは『食中毒』で決まりそうだ。
(……ええい、ままよッ!)
俺は覚悟を決め、その凶器を口の中に放り込んだ。
ガリッ!!
奥歯が欠ける音がした。
味? しない。砂利を食ってる気分だ。
だが、ここで吐き出せば「最強の魔神」のメッキが剥がれる。
俺は涙目で、喉から食道が裂けるような激痛に耐えながら、無理やり飲み下した。
「……ん、悪くない」
精一杯の強がり。
だが、その一言で広間がどっと沸いた。
「すげええええ! あの硬度を咀嚼したぞ!」
「やはり内臓まで金剛石でできているに違いない!」
勝手に勘違いしてろ。こっちは今、胃の中で石が暴れまわってるんだよ。
「――失礼、英雄殿」
宴の熱気を冷ますような、鋭い声が響いた。
人垣が割れ、一人の男が歩み出てくる。
銀髪を短く刈り込んだ、目つきの悪い男。近衛騎士団長のゼクスだ。
奴は最初から、俺を値踏みするような嫌な目で見ていた。
「カイト殿。ドラゴンを手懐けた手腕、実に見事でした。……ですが」
ゼクスは腰の剣に手を置き、口の端を歪めた。
「我ら騎士団には、古くからの習わしがありましてな。新たな英雄を迎えた際は、団長と軽く『手合わせ』をすることになっているのです」
嘘つけ。今作っただろそのルール。
俺はルビィの抱擁(※万力レベル)から逃れるフリをして、体勢を直した。
「手合わせ、だと?」
「ええ。もちろん、貴殿のような『神』に近い御方が相手だ。真剣勝負とは言いません。ただ……その力が本物か、私の剣で確かめさせていただきたい」
広間が静まり返る。
ルビィの瞳が、爬虫類特有の縦長の虹彩に変わった。
「……不愉快ですね。マスターに剣を向けるなど。――灰にしますか?」
ルビィの手のひらに、チリチリと青い炎が灯る。
まずい。ここでこいつが暴れたら、俺が「ドラゴンを使役している」事実は証明できるが、俺自身の「底の浅さ」がバレる。
何より、ゼクスの狙いはそこだ。
俺がルビィの後ろに隠れるか、自分で戦うかを見極めようとしている。
(……性格の悪い野郎だ)
断れば「臆病者」のレッテル。戦えば秒殺。
俺はゆっくりと立ち上がった。
心臓の音で耳がおかしくなりそうだ。膝が笑うのを、必死にテーブルの下で隠す。
「……いいだろう」
「ほう?」
「だが、ゼクスと言ったか。一つ忠告しておく」
俺は、今までで一番「退屈」そうな声を意識して絞り出した。
詐欺師の鉄則その3。『相手の想像力を利用しろ』。
「俺の剣はな、抜けば最後。この国の半分が灰になる呪いがかかっている」
俺は腰に下げた、王家から貸し出されただけの儀礼用の剣――刃もついていないナクラ――の柄に、ゆっくりと指をかけた。
「手加減はできんぞ。……それでも、その『棒切れ』で俺に触れるつもりか?」
《信仰率20%……35%……》
低い。
さっきのドラゴン戦で「味方」だと思われたせいで、恐怖による信仰が薄れている。
これじゃスキルが発動しても、剣がちょっと光る程度で終わる。
ゼクスは鼻で笑った。
「構いませんよ。灰になるのは私一人で十分だ。さあ、英雄殿。その『国を滅ぼす剣』、見せていただこう!」
ゼクスが踏み込んでくる。
速い。達人の踏み込みだ。
俺の動体視力じゃ、奴がいつ剣を抜いたのかすら見えない。
(終わった。……いや、まだだ! 俺は詐欺師だ! 自分の命さえも、嘘で騙し取ってやる!)
俺は目を閉じた。
そして、今この場にいる全員が「最も恐れている状況」を、叫んだ。
「――来るなッ! 封印が、漏れるぞ!!」
俺は、剣を鞘から「一ミリ」だけ抜いた。
カチッ。
その微かな音が、広間の静寂に響く。
《信仰率、急上昇……80%に到達》
《事象改変――『終末の重圧(プレッシャー)』を発現します》
ズンッ……!!
空気が、質量を持ったかのように重くなった。
「な、なんだ!?」「体が、動かん!」「空が……割れているのか!?」
ゼクスの剣先が、俺の鼻先数センチでピタリと止まった。
いや、止まったんじゃない。
奴にかかっている重力が、俺の嘘(スキル)によって数十倍に膨れ上がり、力ずくで床にねじ伏せたのだ。
「ガ、ハッ……!? なんだ……この、デタラメな……重みは……ッ!」
ゼクスが床に這いつくばり、苦悶の声を漏らす。
全身の鎧がミシミシと音を立てて歪んでいく。
「言ったはずだ。抜けば『終わる』とな」
俺は、震えそうになる右手を必死に押さえ込みながら、ゆっくりと剣を鞘に戻した。
カチン。
その音が合図だったかのように、会場を支配していた重圧が霧散する。
「……剣を抜くことすら許されない、というのか……。これが、格の違い……」
ゼクスは戦慄に染まった目で俺を見上げ、そのまま糸が切れたように意識を失った。
勝った。
今回も、薄氷を踏むようなハッタリで。
俺は平静を装って椅子に深く腰掛け、震える手でワインを煽った。
味なんてしない。ただ、喉が焼けるようなアルコールの感覚だけが、生きている実感をくれた。
(もう無理だ。明日、誰にも見つからないうちにこの国を逃げ出してやる……)
金も持った。名声も得た。あとは逃げるだけだ。
そう決意した瞬間、国王の浮かれた声が耳に届いた。
「素晴らしい! これほどの実力があれば、現在国境に集結している『魔王軍・四天王』も、鼻歌まじりに殲滅できるでしょうな!」
「……は?」
「予言によれば、四天王は明日にも総攻撃を仕掛けてくるとか。――さっそくカイト様には、最前線へ向かっていただきます!」
待て。
俺、今「逃げ出す」って決めたばっかりなんだが?
四天王? 総攻撃?
俺の隣で、ルビィが嬉しそうに翼をバサッと広げた。
「まあ! マスターと初陣ですね! 新婚旅行(ハネムーン)が戦場なんてロマンチックですわ! 二人で魔王の首を獲りに参りましょう♡」
違う。
俺が望んでるのはスローライフだ。デスマーチじゃない。
「え、あの、俺はちょっと用事が……」
「カイト様!」「英雄様!」「人類の希望!」
会場中から湧き上がるカイトコール。
逃げられない。
俺の異世界生活。
どうやら明日、最終回(物理)を迎えるらしい。
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