嘘つきは英雄の始まり

ひふみ黒

文字の大きさ
3 / 8

第3話 英雄の晩餐は毒の味

しおりを挟む


「……っぐ、う……!」


俺の肋骨が悲鳴を上げている。

場所は王城の大広間。

さっきまで俺を殺そうとしていた国王主催の、「英雄カイト様・歓迎の宴」の真っ最中だ。


テーブルには山のような御馳走。

周囲には媚びへつらう貴族たち。

そして俺の膝の上には、真紅のドレスを着た絶世の美女――元ドラゴンのルビィが乗っている。


「ああん、マスター♡ 私のために宴を開いてくれるなんて! さあ、あーんしてくださいまし!」


「……ルビィ、頼むから降りてくれ。重い。物理的に重い」


「まあ! 私の愛が重いなんて、嬉しいですわ!」


「ちげえよ!」


会話が成立しない。

こいつ、人間になっても体重(質量)はドラゴンのままなんじゃないか?

膝の皿が粉砕されるまで、あと数分。俺の寿命は風前の灯火だ。


「さあマスター。まずは栄養補給を。王家の厨房を脅して……いえ、お願いして焼かせた『天空鳥の丸焼き』です!」


ルビィが差し出してきたフォークの先には、肉の塊――いや、岩石のような物体が刺さっていた。

表面が鋼鉄のように輝いている。湯気からは、明らかに人体に有害な魔力の波動を感じる。


(……これ、食い物か?)


俺は冷や汗を流しながら周囲を見渡した。

国王や貴族たちは、キラキラした目でこちらを見守っている。

「おお……あれは、一口食べれば常人なら魔力中毒で即死すると言われる『天空鳥』!」

「さすがはカイト様だ。あのような猛毒……いや、珍味を平然と食そうとしている!」


詰んだ。

食わなきゃ「俺の料理が食えないのか」とルビィが暴れ、食えば俺が死ぬ。

逃げ場なし。俺の異世界生活、第2章のタイトルは『食中毒』で決まりそうだ。


(……ええい、ままよッ!)


俺は覚悟を決め、その凶器を口の中に放り込んだ。


ガリッ!!


奥歯が欠ける音がした。

味? しない。砂利を食ってる気分だ。

だが、ここで吐き出せば「最強の魔神」のメッキが剥がれる。

俺は涙目で、喉から食道が裂けるような激痛に耐えながら、無理やり飲み下した。


「……ん、悪くない」


精一杯の強がり。

だが、その一言で広間がどっと沸いた。


「すげええええ! あの硬度を咀嚼したぞ!」

「やはり内臓まで金剛石でできているに違いない!」


勝手に勘違いしてろ。こっちは今、胃の中で石が暴れまわってるんだよ。


「――失礼、英雄殿」


宴の熱気を冷ますような、鋭い声が響いた。

人垣が割れ、一人の男が歩み出てくる。

銀髪を短く刈り込んだ、目つきの悪い男。近衛騎士団長のゼクスだ。

奴は最初から、俺を値踏みするような嫌な目で見ていた。


「カイト殿。ドラゴンを手懐けた手腕、実に見事でした。……ですが」


ゼクスは腰の剣に手を置き、口の端を歪めた。


「我ら騎士団には、古くからの習わしがありましてな。新たな英雄を迎えた際は、団長と軽く『手合わせ』をすることになっているのです」


嘘つけ。今作っただろそのルール。

俺はルビィの抱擁(※万力レベル)から逃れるフリをして、体勢を直した。


「手合わせ、だと?」


「ええ。もちろん、貴殿のような『神』に近い御方が相手だ。真剣勝負とは言いません。ただ……その力が本物か、私の剣で確かめさせていただきたい」


広間が静まり返る。

ルビィの瞳が、爬虫類特有の縦長の虹彩に変わった。


「……不愉快ですね。マスターに剣を向けるなど。――灰にしますか?」


ルビィの手のひらに、チリチリと青い炎が灯る。

まずい。ここでこいつが暴れたら、俺が「ドラゴンを使役している」事実は証明できるが、俺自身の「底の浅さ」がバレる。

何より、ゼクスの狙いはそこだ。

俺がルビィの後ろに隠れるか、自分で戦うかを見極めようとしている。


(……性格の悪い野郎だ)


断れば「臆病者」のレッテル。戦えば秒殺。

俺はゆっくりと立ち上がった。

心臓の音で耳がおかしくなりそうだ。膝が笑うのを、必死にテーブルの下で隠す。


「……いいだろう」


「ほう?」


「だが、ゼクスと言ったか。一つ忠告しておく」


俺は、今までで一番「退屈」そうな声を意識して絞り出した。

詐欺師の鉄則その3。『相手の想像力を利用しろ』。


「俺の剣はな、抜けば最後。この国の半分が灰になる呪いがかかっている」


俺は腰に下げた、王家から貸し出されただけの儀礼用の剣――刃もついていないナクラ――の柄に、ゆっくりと指をかけた。


「手加減はできんぞ。……それでも、その『棒切れ』で俺に触れるつもりか?」


《信仰率20%……35%……》


低い。

さっきのドラゴン戦で「味方」だと思われたせいで、恐怖による信仰が薄れている。

これじゃスキルが発動しても、剣がちょっと光る程度で終わる。


ゼクスは鼻で笑った。

「構いませんよ。灰になるのは私一人で十分だ。さあ、英雄殿。その『国を滅ぼす剣』、見せていただこう!」


ゼクスが踏み込んでくる。

速い。達人の踏み込みだ。

俺の動体視力じゃ、奴がいつ剣を抜いたのかすら見えない。


(終わった。……いや、まだだ! 俺は詐欺師だ! 自分の命さえも、嘘で騙し取ってやる!)


俺は目を閉じた。

そして、今この場にいる全員が「最も恐れている状況」を、叫んだ。


「――来るなッ! 封印が、漏れるぞ!!」


俺は、剣を鞘から「一ミリ」だけ抜いた。


カチッ。


その微かな音が、広間の静寂に響く。


《信仰率、急上昇……80%に到達》

《事象改変――『終末の重圧(プレッシャー)』を発現します》


ズンッ……!!


空気が、質量を持ったかのように重くなった。


「な、なんだ!?」「体が、動かん!」「空が……割れているのか!?」


ゼクスの剣先が、俺の鼻先数センチでピタリと止まった。

いや、止まったんじゃない。

奴にかかっている重力が、俺の嘘(スキル)によって数十倍に膨れ上がり、力ずくで床にねじ伏せたのだ。


「ガ、ハッ……!? なんだ……この、デタラメな……重みは……ッ!」


ゼクスが床に這いつくばり、苦悶の声を漏らす。

全身の鎧がミシミシと音を立てて歪んでいく。


「言ったはずだ。抜けば『終わる』とな」


俺は、震えそうになる右手を必死に押さえ込みながら、ゆっくりと剣を鞘に戻した。

カチン。

その音が合図だったかのように、会場を支配していた重圧が霧散する。


「……剣を抜くことすら許されない、というのか……。これが、格の違い……」


ゼクスは戦慄に染まった目で俺を見上げ、そのまま糸が切れたように意識を失った。


勝った。

今回も、薄氷を踏むようなハッタリで。


俺は平静を装って椅子に深く腰掛け、震える手でワインを煽った。

味なんてしない。ただ、喉が焼けるようなアルコールの感覚だけが、生きている実感をくれた。


(もう無理だ。明日、誰にも見つからないうちにこの国を逃げ出してやる……)


金も持った。名声も得た。あとは逃げるだけだ。

そう決意した瞬間、国王の浮かれた声が耳に届いた。


「素晴らしい! これほどの実力があれば、現在国境に集結している『魔王軍・四天王』も、鼻歌まじりに殲滅できるでしょうな!」


「……は?」


「予言によれば、四天王は明日にも総攻撃を仕掛けてくるとか。――さっそくカイト様には、最前線へ向かっていただきます!」


待て。

俺、今「逃げ出す」って決めたばっかりなんだが?

四天王? 総攻撃?


俺の隣で、ルビィが嬉しそうに翼をバサッと広げた。

「まあ! マスターと初陣ですね! 新婚旅行(ハネムーン)が戦場なんてロマンチックですわ! 二人で魔王の首を獲りに参りましょう♡」


違う。

俺が望んでるのはスローライフだ。デスマーチじゃない。


「え、あの、俺はちょっと用事が……」


「カイト様!」「英雄様!」「人類の希望!」


会場中から湧き上がるカイトコール。

逃げられない。


俺の異世界生活。

どうやら明日、最終回(物理)を迎えるらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

冤罪で辺境に幽閉された第4王子

satomi
ファンタジー
主人公・アンドリュート=ラルラは冤罪で辺境に幽閉されることになったわけだが…。 「辺境に幽閉とは、辺境で生きている人間を何だと思っているんだ!辺境は不要な人間を送る場所じゃない!」と、辺境伯は怒っているし当然のことだろう。元から辺境で暮している方々は決して不要な方ではないし、‘辺境に幽閉’というのはなんとも辺境に暮らしている方々にしてみれば、喧嘩売ってんの?となる。 辺境伯の娘さんと婚約という話だから辺境伯の主人公へのあたりも結構なものだけど、娘さんは美人だから万事OK。

処理中です...