婚約破棄され生贄にされた身代わり令嬢、隣国の冷徹皇帝に執着溺愛される〜実は世界最強の聖女なので、今さら戻れと言われても困ります〜

葉山 乃愛

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第16話:深淵からの呼び声

戴冠式の熱気が冷めやらぬ中、帝国はかつてない黄金時代を迎えていた。


シエラの魔力は、もはや帝都だけにとどまらず、
帝国の全土を覆い、飢饉や疫病を過去の遺物へと変えていた。


「……シエラ。あまり根を詰めすぎるなと言ったはずだ」


執務室。
帝国の農地改良図に魔力を注いでいた私の背後から、
低く、少しだけ不機嫌そうな声がした。


ゼノス様は、私の手から魔導書をそっと取り上げると、
そのまま私を椅子から抱き上げ、窓辺のソファへと運んだ。


「陛下。ですが、北方の領地ではまだ冬の魔力が強く……」


「そんなものは、俺の騎士たちに力仕事で解決させればいい。
 お前の魔力は、俺の心を癒やすためだけに使うと決めていただろう?」


ゼノス様は、私の指先に甘く噛みつき、離してくれない。
皇帝としての顔を捨て、私にだけ見せるこの「甘え」と「執着」は、
日を追うごとにその濃度を増している気がする。


「さあ、公務は終わりだ。
 今日は、お前を驚かせようと思ってな……。
 帝国の最南端、絶海の断崖に建つ『白銀の別邸』へ行くぞ」


「別邸……? そんなところに、いつの間に……」


「お前の魔力をより純粋に保つため、海流の魔力を集めるよう設計させた。
 そこで数日間、二人きりで過ごす」


二人きり。
その言葉の響きに、ゼノス様が何を期待しているのかが伝わり、
私の頬は熱を帯びる。




しかし。
その時、穏やかだった帝都の海域が、不自然なほどに静まり返った。




窓の外。
晴天だった空が急激に暗転し、水平線の彼方から、
見たこともないような「黄金の霧」が押し寄せてきた。


(……っ、この魔力は……温かいのに、どこか恐ろしい)


「陛下……あれを!」


ゼノス様の瞳が、瞬時に戦闘の「狼」へと変わる。
霧の中から現れたのは、船ではない。
巨大なクジラのような姿をした、生きた「魔導潜水艦」の群れだった。


それらは帝国の港に停泊することなく、
空中に「黄金の文字」を浮かび上がらせた。


『ヴァルグリーズの皇帝よ。
 我ら「七海連合」は、星の心臓たる聖女を迎えに来た。
 ……期限は三日。引き渡さねば、大陸を沈める海嘯(かいしょう)を放つ』


それは、今まで戦ってきた王国や教国とは比較にならない、
「世界の理(ことわり)」を操る古代勢力からの宣戦布告だった。


ゼノス様は、私の肩を抱く手に力を込め、冷酷に、そして愉悦を孕んだ笑みを浮かべた。


「面白い。シエラ、お前を『石ころ』のように扱った無能共の次は、
 お前を『神の部品』として扱う尊大な連中か」


ゼノス様の背後に、漆黒の狼の幻影が、かつてない大きさで具現化する。


「大陸を沈めたければ沈めるがいい。
 その代わり、海を沸騰させてお前たちの住処(すみか)を干物に変えてやる」


世界を敵に回すことを、彼は迷わず選んだ。
私の手を取り、彼は誓うように口づける。


「安心しろ、シエラ。
 お前がどこへ行こうとも、俺がお前の世界の中心だ」


新たな敵の出現。
それは、シエラとゼノスの愛が、一国を越えて「世界」を塗り替えていく、
果てなき叙事詩の幕開けだった。
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