45 / 63
第45話:偽りの残響と、名もなき者の進軍
王都の深淵、静寂を切り裂く地響きと共にせり上がったのは、黄金の玉座に鎮座する「建国王の骸」だった。
その眼窩には、私が三年間流し続け、教会が搾取し続けてきた魔力が、紅い炎となって不気味に揺らめいている。
「……数百年の間、この国は死体の延命のために、生きた人間の絶望を吸い上げ続けてきたというわけね」
私は、自らの手の中で砕いた真紅の結晶……その純粋な魔力の残滓を、泥の翼へと吸い込ませた。
沸き上がるのは、圧倒的な全能感。だが、それ以上に私の心を支配していたのは、神話という名の巨大な詐欺に対する、冷徹なまでの怒りだった。
「エリス様。あの骸……ただの死体ではありません。都の全霊脈が、あの黄金の鎧に集束しています」
カイルが私の隣に並び、漆黒の炎を纏った剣を正眼に構えた。
かつて私のために舌を抜かれた少年の面影は、今や一人の冷酷な守護者へと変貌を遂げている。
彼は私を護る盾ではなく、私と共に世界を壊す、鋭利な刃そのものだった。
「……オオ……贄(にえ)ヨ……。我ガ肉トナリ……永久(とわ)ノ……揺リ籠ヘ……」
骸が顎をガクガクと鳴らし、言葉にならない執着を吐き出す。
その瞬間、玉座から放たれた黄金の鎖が、生き残っていた民たちの「影」を強引に引きずり出し始めた。
「あははっ! 面白い! あの骨、みんなの影を食べて自分の肉にしようとしてるんだよ、お姉ちゃん!」
影の中から飛び出したリリィが、泥の爪を振るい、空を舞う鎖を次々と切り裂いていく。
「食べさせてたまるもんですか。この国の民は、今日この時から、私の『私有物』なのですから」
私は泥の翼を大きく羽ばたかせ、黄金の玉座へと肉薄した。
「カイル! 私が正面を叩きます! 貴方はあの鎧の継ぎ目、霊脈の接点を断ちなさい!」
「御意!」
カイルが影に溶けるように姿を消す。次の瞬間、骸の背後から漆黒の斬撃が幾重にも重なり、黄金の鎧に深い亀裂を刻み込んだ。
「オオオォォォッ!!」
骸が咆哮し、玉座の周囲に展開されていた聖域が、強烈な衝撃波となって私たちを襲う。
私はその衝撃を泥の盾で受け止めながら、漆黒の大剣を骸の眉間へと真っ直ぐに突き立てた。
「建国王? 神? ……そんな古い看板、私が今ここで粉々に砕いて差し上げますわ!」
剣先が骸の骨に触れた瞬間、私の中に流れ込んできたのは、初代国王がかつて抱いた「死への恐怖」という、卑小な感情だった。
そう、この国の始まりは、英雄の伝説などではなく、ただ死を恐れた一人の男の執念に過ぎなかったのだ。
「……笑わせないで。貴方のせいで、私は『エリス』という名前すら奪われた身代わりとして地獄を見たのよ」
私は魔力をさらに暴走させ、大剣を力任せに押し込んだ。黄金の鎧が悲鳴を上げ、亀裂からまばゆい光が溢れ出す。
だが、骸の骨が砕け散る寸前。
玉座の影から、もはや肉体の形すら保てていない「本物のエリス」の魂が、私を嘲笑うように浮かび上がった。
「……ねえ、お母様たちが言わなかった? 私こそが、この国の真の『器』だって。……偽物の貴女に、私は殺せない」
光の渦の中から現れたのは、私と瓜二つの顔を持ちながら、瞳の奥に邪悪な「正統」を宿した、真実の令嬢だった。
彼女の手には、私が今まで一度も見たことがない、クロムウェル家に代々伝わる「真の聖剣」が握られていた。
その眼窩には、私が三年間流し続け、教会が搾取し続けてきた魔力が、紅い炎となって不気味に揺らめいている。
「……数百年の間、この国は死体の延命のために、生きた人間の絶望を吸い上げ続けてきたというわけね」
私は、自らの手の中で砕いた真紅の結晶……その純粋な魔力の残滓を、泥の翼へと吸い込ませた。
沸き上がるのは、圧倒的な全能感。だが、それ以上に私の心を支配していたのは、神話という名の巨大な詐欺に対する、冷徹なまでの怒りだった。
「エリス様。あの骸……ただの死体ではありません。都の全霊脈が、あの黄金の鎧に集束しています」
カイルが私の隣に並び、漆黒の炎を纏った剣を正眼に構えた。
かつて私のために舌を抜かれた少年の面影は、今や一人の冷酷な守護者へと変貌を遂げている。
彼は私を護る盾ではなく、私と共に世界を壊す、鋭利な刃そのものだった。
「……オオ……贄(にえ)ヨ……。我ガ肉トナリ……永久(とわ)ノ……揺リ籠ヘ……」
骸が顎をガクガクと鳴らし、言葉にならない執着を吐き出す。
その瞬間、玉座から放たれた黄金の鎖が、生き残っていた民たちの「影」を強引に引きずり出し始めた。
「あははっ! 面白い! あの骨、みんなの影を食べて自分の肉にしようとしてるんだよ、お姉ちゃん!」
影の中から飛び出したリリィが、泥の爪を振るい、空を舞う鎖を次々と切り裂いていく。
「食べさせてたまるもんですか。この国の民は、今日この時から、私の『私有物』なのですから」
私は泥の翼を大きく羽ばたかせ、黄金の玉座へと肉薄した。
「カイル! 私が正面を叩きます! 貴方はあの鎧の継ぎ目、霊脈の接点を断ちなさい!」
「御意!」
カイルが影に溶けるように姿を消す。次の瞬間、骸の背後から漆黒の斬撃が幾重にも重なり、黄金の鎧に深い亀裂を刻み込んだ。
「オオオォォォッ!!」
骸が咆哮し、玉座の周囲に展開されていた聖域が、強烈な衝撃波となって私たちを襲う。
私はその衝撃を泥の盾で受け止めながら、漆黒の大剣を骸の眉間へと真っ直ぐに突き立てた。
「建国王? 神? ……そんな古い看板、私が今ここで粉々に砕いて差し上げますわ!」
剣先が骸の骨に触れた瞬間、私の中に流れ込んできたのは、初代国王がかつて抱いた「死への恐怖」という、卑小な感情だった。
そう、この国の始まりは、英雄の伝説などではなく、ただ死を恐れた一人の男の執念に過ぎなかったのだ。
「……笑わせないで。貴方のせいで、私は『エリス』という名前すら奪われた身代わりとして地獄を見たのよ」
私は魔力をさらに暴走させ、大剣を力任せに押し込んだ。黄金の鎧が悲鳴を上げ、亀裂からまばゆい光が溢れ出す。
だが、骸の骨が砕け散る寸前。
玉座の影から、もはや肉体の形すら保てていない「本物のエリス」の魂が、私を嘲笑うように浮かび上がった。
「……ねえ、お母様たちが言わなかった? 私こそが、この国の真の『器』だって。……偽物の貴女に、私は殺せない」
光の渦の中から現れたのは、私と瓜二つの顔を持ちながら、瞳の奥に邪悪な「正統」を宿した、真実の令嬢だった。
彼女の手には、私が今まで一度も見たことがない、クロムウェル家に代々伝わる「真の聖剣」が握られていた。
あなたにおすすめの小説
死にゆく私に「愛さない」と誓った旦那様。約束通り、私は貴方を愛したまま、貴方の知らない場所で死んであげます。
しょくぱん
恋愛
「君を愛することはない」冷酷な公爵の言葉に、余命僅かなエリスは安堵した。愛されなければ、私の死で彼を傷つけることはない。彼女は彼を深く愛したまま、その心を隠して彼から逃亡する。一人静かに息を引き取るために。しかし彼女の死は、公爵の狂おしい後悔と執着を呼び覚ましてしまう。決して交わらない二人の、結末。
もう我慢の限界ですわ〜私は、ただの都合の良い婚約者ではありません――もう、二度と私に話しかけないでくださいませ
野良うさぎ(うさこ)
恋愛
男爵家令嬢の私には、婚約者がいた。
その婚約者は、公爵令嬢の護衛で大忙し。
その婚約者の家は、男尊女卑が強くて、私のことをただの便利で都合の良い令嬢としか見ていなくて――
もう我慢の限界ですわ
婚約者を支え続けていたのは未来を視る令嬢でした ~婚約破棄後、自分の成功が彼女のおかげだったと知っても、もう遅い~
しばゎんゎん
ファンタジー
伯爵令嬢アリス・ハインツには、「少しだけ未来を見る力」があった。
だが、その力を誇ることはない。
彼女はただ、婚約者である侯爵令息トーマス・ヴァルディスの失敗を、誰にも知られぬよう支え続けていた。
契約の破綻。 交渉の失敗。 政務上の見落とし。
そのすべてを、静かに未然に防ぎながら。
しかし、トーマスは自分の成功を当然だと思い込み、やがて「君は地味でつまらない」と、アリスとの婚約を破棄する。
新たに選んだのは、分かりやすく自分を称賛してくれる令嬢だった。
その後。
アリスがいなくなった彼の周囲では、少しずつ歯車が狂い始める。
そして彼は、ようやく知ることになる。
自分が有能だったのではない。
未来を視る彼女が、陰で支え続けていただけだったのだと。
これは、地味と思われながら、影から婚約者を支えていた才女の物語。
家も婚約者も、もう要りません。今の私には、すべてがありますから
有賀冬馬
恋愛
「嫉妬深い女」と濡れ衣を着せられ、家も婚約者も妹に奪われた侯爵令嬢エレナ。
雨の中、たった一人で放り出された私を拾ってくれたのは、身分を隠した第二王子でした。
彼に求婚され、王宮で輝きを取り戻した私が舞踏会に現れると、そこには没落した元家族の姿が……。
ねぇ、今さら私にすり寄ってきたって遅いのです。だって、私にはもう、すべてがあるのですから。
元の世界に帰らせていただきます!
にゃみ3
恋愛
淡い夢物語のように、望む全てが叶うとは限らない。
そう分かっていたとしても、私は敵ばかりの世界で妬まれ、嫌われ、疎まれることに、耐えられなかったの。
「ごめんね、バイバイ……」
限界なので、元いた世界に帰らせていただきます。
・・・
数話で完結します、ハピエン!
偽物公女は、冷酷皇太子にだけ名前を呼ばれる~本物が帰ってきた日、私は初めて自分の居場所を選びました~
なつめ
恋愛
平民上がりの少女、エルセリナ・ヴェルクレアは、失踪した公女に似ているという理由で公爵家に引き取られた。
与えられたのは、公女の名と、誰かの代わりとして生きる役目。
けれど家族も使用人も学園も、彼女を本当の公女とは認めなかった。
「偽物のくせに」
「本物の席を奪った女」
「痛みを知らなければ、身の程も覚えないのね」
叱責、懲罰、食事抜き、冷たい床の懲罰室。
学園では教師に手を打たれ、使用人には命じてもいない失敗の罰を押しつけられる。
それでもエルセリナは、公爵家の帳簿、社交記録、領地報告、家族の失態処理を黙って背負い続けていた。
痛みで取り乱す夜もある。怖くて泣く日もある。
けれど彼女は、泣き寝入りでは終わらない。
その日、誰が何を言い、誰が嘘をつき、何を押しつけたのか。すべて記録に残していた。
そんな彼女を初めて“偽物”と呼ばなかったのは、冷酷で怪物と恐れられる皇太子、アシュレイド・ヴァルデオス。
「名を言え。お前自身の口で」
誰も聞かなかった彼女の言葉を、皇太子だけが聞いた。
誰も信じなかった彼女の記録を、皇太子だけが信じた。
やがて、失踪していた本物の公女が帰ってくる。
公爵家は歓喜し、社交界は美談に酔い、エルセリナは完全に居場所を失っていく。
しかし、本物の帰還をきっかけに、公爵家と王宮に隠されていた嘘が少しずつ崩れ始める。
これは、偽物と呼ばれた少女が、冷酷皇太子と共に真実を暴き、自分の名前と愛される場所を取り戻す物語。
婚約破棄されたので、もう頑張りません 〜静かな公爵に放っておかれたら、本当の人生が始まりました〜
あう
恋愛
王太子の婚約者として、
完璧であることを求められ続けてきた令嬢エリシア。
だがある日、彼女は一方的に婚約を破棄される。
理由は簡単だった。
「君は役に立ちすぎた」から。
すべてを失ったはずの彼女が身を寄せたのは、
“静かな公爵”と呼ばれるアルトゥール・クロイツの屋敷。
そこで待っていたのは――
期待も、役割も、努力の強要もない日々だった。
前に出なくていい。
誰かのために壊れなくていい。
何もしなくても、ここにいていい。
「第二の人生……いえ、これからが本当の人生です」
婚約破棄ざまぁのその先で描かれる、
何者にもならなくていいヒロインの再生と、
放っておく優しさに満ちた静かな溺愛。
これは、
“役に立たなくなった”令嬢が、
ようやく自分として生き始める物語。