殺人事件? 知ったことか、俺は定時で帰る。

白山 乃愛

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第17話 定時退社(その1円を吐き出せ)

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【16:55:00】

葛城探偵事務所。
世紀末の形相をした男が一人。

葛城 湊(かつらぎ みなと)。
彼は今、人生の全てを「肉」に捧げていた。

「……あと5分」

「……落ち着きなさい、不審者」

御茶ノ水 聖(おちゃのみず ひじり)が、呆れたように紅茶を啜る。

「……黙れ。……俺は今、獣(ケダモノ)になっている」

湊が窓の外、スーパー『ライフ』を指差す。

「今日の17時05分……あそこで『肉の祭典(カーニバル)』が開催される」

「カーニバル?」

「A5ランク黒毛和牛・シャトーブリアン……通常3万円が……店長の入力ミスで『300円』だ!!」

「……クビになりますよ、その店長」

「知るか! チラシは撒かれた! これは戦争だ! 限定3パック! 行くぞ二階堂!」

「イエス・ボス! 胃袋の準備完了です!」

二階堂アリスが涎を垂らしてスタンバイしている。
二人がドアに向かってクラウチングスタートを切った、その時。

プルルルルル……。

電話が鳴った。
16時58分。
終わりの始まりだ。

「……無視だ。線ごと抜け」

湊が叫ぶが、聖がスピーカーボタンを押した。

『あ、あのぅ……』

お婆さんの震える声。

『飼っているリクガメの「亀吉」が逃げ出してしまって……。あの子、丸くて光るものが大好きで……』

「……チッ、また迷子カメか」

湊が舌打ちする。
カメなら急ぐ必要はない。
カメより牛だ。

「……悪いな婆さん。今、牛を捕まえるので忙しいんだ。カメは来世で探す」

ガチャ。
湊は電話を切った。
非道。
しかし、300円の和牛には代えられない。

「行くぞ! ダッシュだ!」

湊がドアノブに手をかける。
ガチャン。
開かない。

「……あ?」

「……所長」

聖が、冷徹な声で呼び止めた。
手には『小口現金出納帳』。
背後には『千手観音』のようなオーラが見える。

「……『1円』合いません」

「……はい?」

「金庫の残高と帳簿が1円ズレています。……使途不明金です」

「い、1円くらいどうでもいいだろ! 俺のへそくりから出すよ!」

「ダメです。それは『マネーロンダリング』です」

「1円で洗浄もクソもあるかぁぁぁ!!」

「原因を究明するまで、退社は認めません。……『残業強制システム(監獄モード)』起動」

ズズズズズ……ガシャン!

窓とドアに、動物園の檻のような鉄格子が降りた。
16時59分。
あと1分でセール開始。
あと6分で終了。

「鬼ぃぃぃ! 肉が腐るぅぅぅ!」

湊は狂乱した。
そして、床を見た。
以前、1円玉を落とした時に、床板の隙間に吸い込まれていったのを思い出した。

「……二階堂。……俺たちの『埋蔵金』を掘り起こすぞ」

「えっ!?」

「やれ!! 床ごと粉砕しろ!!」

「イエス・ボス!! グランド・クラッシュ!」

アリスが床に拳を叩きつけた。

ドゴォォォォォォォン!!!!!

床板が弾け飛び、下の階(大家さんの寝室)が丸見えになった。
瓦礫の中から、埃まみれの1円玉がキラリと光る。

「あったぁぁぁ! 1円だぁぁぁ!」

湊が1円を拾い上げ、聖のデスクに叩きつける。
17時01分。

「これで文句ねぇな!」

「……認めましょう。……退社を許可します」

「しゃあぁぁぁ! 行くぞ二階堂! ……窓からダイブだ!」

二人は鉄格子の隙間(アリスが素手で広げた)から、3階の窓を突き破って飛び降りた。

   

【17:04:00】

スーパー『ライフ』。
店内は地獄(バーゲン会場)だった。

「……どけぇぇぇ! それは俺のシャトーブリアンだぁぁぁ!」

湊がボロボロのスーツ(着地失敗)で精肉コーナーに突っ込む。
残り1パック。
輝くようなサシの入った肉に、神々しい『300円』のシールが貼られている。

おばちゃんの剛腕が迫る。
湊の手が伸びる。

バチィッ!!

湊が競り勝った。
パックを掴み取る。

「……獲った……! 獲ったどぉぉぉぉ!!」

湊が勝利の雄叫びを上げる。
奇跡の勝利。

「先輩! 足元! 足元!」

アリスが叫ぶ。
湊の足元に、何かがいた。

ノッシ、ノッシ、ノッシ……。

体長50センチのリクガメ。
甲羅には『亀吉』の文字。
亀吉は、スーパーの床に落ちていた『パチンコ玉(誰かが落とした)』を追って、ここまで来たようだ。

「……あいつ、本当に光る物狙いで来てたのかよ」

湊が呆れる。
だが、今はカメより会計だ。
17時05分までにレジを通さねばならない。

「……よし、ついでだ。亀吉も保護してやる。……二階堂、亀を持て!」

「ラジャっす!」

二人はレジへ走った。

   

【17:04:50】

レジ前。
湊は息を切らしてカゴを置いた。

「……会計! 頼む!」

「いらっしゃいませー。……ポイントカードはお持ちですかー?」

店員の声。
聞き覚えのある、絶対零度の声。

「……ん?」

湊が顔を上げる。
ネームプレート『研修中・御茶ノ水』。
サンバイザーを被った聖が、死神のような笑顔で立っていた。

「……な、なんで……お前が……?」

「副業です」

聖がバーコードリーダーを構える。

「所長の借金返済が滞っているので、スキマ時間でバイトを始めました。……私のレジ打ちは、音速を超えます」

「……そ、そうか。……ま、まあいい。早くしてくれ。あと10秒だ」

「かしこまりました」

聖が商品をスキャンする。
ピッ。

「……お肉、300円。……消費税込みで、324円になります」

「安い! 神よ!」

湊は財布を開く。
中身は323円。
1円足りない。

「……あ」

湊が青ざめる。
そうだ、さっきの1円玉は、聖のデスクに置いてきてしまった。

「……1円、足りませんね」

聖がニッコリ笑う。

「では、商品回収……」

「ま、待てぇぇぇ! ある! あるぞ!」

湊がポケットを探る。
奇跡的に、床下の瓦礫から紛れ込んだ『もう1枚の1円玉』が出てきた。

「あったぁぁぁ! 俺の1円んんん!」

湊が歓喜して1円玉をレジ台に置いた。
キラリ。
1円玉が、蛍光灯の光を反射して輝いた。

その瞬間。

パクッ。

アリスが抱えていた亀吉の首が伸びた。
電光石火の早業で、レジ台の上の1円玉を咥え込んだ。

「…………あ」

湊、アリス、聖の動きが止まる。
亀吉は1円玉を飲み込みはしなかったが、硬い嘴(くちばし)でガッチリと咥え込み、絶対に離そうとしない。
『光るもの』への執着心が、ロック機能を発動させたのだ。

「……おい」

湊が震える声で言う。

「……おい、亀吉。……それは餌じゃない。……俺の未来だ。……返せ」

湊が亀吉の口をこじ開けようとする。
しかし、リクガメの顎の力は万力並みだ。
ビクともしない。

「……離せ! 離せぇぇぇ! 時間が! 時間がぁぁぁ!」

湊が半狂乱で亀を振る。
亀は1円を咥えたまま、手足を引っ込めて「完全防御形態」に入った。
もはや、1円玉が入った『硬い石』だ。

その時。

「……ピピッ」

聖の腕時計が、無情な時報を鳴らした。

「……17時05分01秒。……タイムセール終了です」

「あああああああ!!」

湊が絶叫して崩れ落ちる。

「……お客様」

聖が悪魔の笑顔を見せる。

「タイムセール時間を過ぎましたので、定価での買取となります。……3万2400円です」

「ふざけんなぁぁぁ! 金はあるんだ! ここ(亀の口)にあるんだ!」

湊は錯乱した。
そして、1円を咥えた亀吉を持ち上げ、聖に突き出した。

「……これで払う!!」

「は?」

「この亀の中には1円がある! つまり、この亀は『1円玉』だ! 受け取れ!」

「……お客様」

聖は、亀吉(1円内蔵)を冷静に見つめた。

「当店では、『爬虫類払い』は対応しておりません」

「通貨だ! 生きた通貨だぞ!」

「さらに」

聖がレジの画面を操作する。

「店内での『ペットによる業務妨害』および『1円玉の横領』……罰金として、このお肉は没収させていただきます」

シュッ!
聖が肉を没収し、自分のカゴに入れた。

「……これは私の『賄(まかな)い』にしますね」

「悪魔ァァァァァ!! 亀ェェェェェ!! 俺の1円んんん!!」

   

【19:00:00】

事務所の跡地(床に大穴)。

湊とアリスは、亀吉が残したレタスの芯(硬い部分)を、ライターで炙って食べていた。
亀吉は、お婆さんに引き取られ、お礼として『高級メロン』を貰って帰っていった(アリスが食べた)。

「……先輩。……レタスの芯、苦くて美味しいですね」

「……うるさい。……噛み締めろ。……これが『亀(かめ)』の味だ」

一方、聖からは写真付きのメッセージが届いた。
『シャトーブリアン、溶けるように柔らかかったです。……あ、床の修理費100万円と、レジでの精神的苦痛(亀を突きつけられた)、請求しておきますね』

添付された写真には、極上のステーキと、ワイングラスを傾ける聖のドヤ顔が写っていた。

夜空に、湊の悲鳴と、空腹の虫の音が虚しく響き渡った。
1円を笑い、亀を無視した男の末路は、あまりにも残酷だった。
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