君の瞳に囚われて

ビスケット

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侯爵の憂鬱

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グラン侯爵当主の執務室では、先ほどまで受けていた報告について考える侯爵がいた。

それは六年前、友人の一人であった子爵家嫡男のロイドが病に倒れたと、伯爵位以上の高位貴族が集められた 王家主催の夜会に出席した時に 耳にした事から始まった。

酒の入ったグラスを片手に、伯爵嫡男のレドモンドが隣に座ると、学生時代からの友人の気安さで 陽気に言った。
「よう、ゼビウス。新侯爵就任おめでとう。」
ゼビウスはグラスをチンと軽く当てると、
「ありがとう。まぁ ますます忙しくなるばかりで、めでたいかはどうかは分からんがな。」
「何言ってる。ヘレネ王女が降嫁されてグラン侯爵家は安泰じゃないか。」

グラン侯爵家では 20年ほど前に、ゼビウスの父である侯爵が早世してからというもの、当時まだ幼かった嫡男ゼビウスが成長するまで、父の弟、すなわちゼビウスの伯父が長く侯爵の代理を務めていた。
そして、三年前にゼビウスがヘレネ王女を娶るのを機に 引き継ぎが始まり、侯爵位を正式に継いだ所だった。

そんなとき、ふと思い出したようにレドモンドが話し始めた。
「ところで聞いたか? 少し前、ロイドが原因不明の熱病にかかって倒れたらしいぞ。治癒師に見せても一向に治らないらしい。見舞いの品を贈ったが、どうも危ないらしいって話だ。」

ロイドは1年ほど前に、少々遅い結婚式を上げたばかりだったはずだ。妻となった年若い女性を傍らに、とても照れくさそうに、しかし幸せそうに笑っていた事が思い出される。それがなぜ。

レドモンドの話によると、ロイドが倒れてからというもの、子爵家では腕の良い治癒師を方々捜して診てもらったらしいが、原因が分からないまま弱っていくばかりらしい。

ゼビウスは 夜が更けても なお続く宴からぬけだし、転移魔法を発動し子爵家の一室に転移した。
認識阻害を自らにかけ、ロイドの部屋を探していると、ある部屋の中から、子爵家の一族が ロイド亡き後の家督について話しているのが聞こえてきた。
ロイドの具合のことはそっちのけに、子爵家の行く末に汲々とする者達に鼻じらみながら、とうとうロイドの寝室に辿り着いた。

部屋には誰もいなかったが、暗く落とされた光に照らされて、額にタオルを乗せたロイドが臥せっていた。

ロイドは、細い呼吸を繰り返し、眠っているようだった。その顔色のあまりの青白さに、一瞬 目的を忘れてしまいそうになったが、すぐに我に返ると、家人が来る前に 為すべきことを為すため、ゼビウスはロイドに向き合った。そうして治癒魔法を発動したのだった。

光が消え、ロイドが意識を回復し 目を開く瞬間を待っていた。
しかし、何も起こらなかった。

まさかと思い、その後も何度も最高レベルの治癒魔法をほどこした。しかし、ロイドは回復することはなかった。

ついにゼビウスは意を決して再生魔法をかけることにした。
グラン侯爵家の誇る秘術である再生魔法は、王家の承認が必要とされている。 
目の前のロイドに、承認を待っている時間的余裕があるとは思えなかったことと、魔力が余りにも少なすぎる中堅貴族に、王家からの承認が下りない可能性が捨てきれなかったことから、ゼビウスは今 ここで再生魔法をかけることを決めたのだった。

過去、一度だけ承認無しにこの魔法をかけたのも瀕死のロイドであったと、ゼビウスは感慨深く思いながら再生魔法を発動させたのだった。

再生魔法の光が消えたとき、かつてのようにその瞼が開かれ、あの美しい瞳がのぞくものだと、ゼビウスはロイドの顔から視線を外さずにその時を待っていた。

しかし、無駄だった。何をどうしても、死に向かって遠ざかっていくロイドを押しとどめることはできなかったのだ。

どんなに危険な魔獣を前にしても、魑魅魍魎うごめく貴族社会に身をおいても、常に冷静に、かつ狡猾に対処してきた自分が 思考停止に陥っていることがゼビウスには信じられなかった。
そうしている間にも 生命力がぬけていく友を前に、立ち尽くすしかないゼビウスなのであった。

そんなとき、 扉が開き、ロイドの新妻のメアリーが盥を手に戻ってきたのであった。
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