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あるホテルマンの話
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《日曜日の日の出前》
「失礼いたします」
声を極力抑えて一言で言い切ると、数人で手早く仕事に取りかかる。
京極様と花嫁様が浴室から出てこられる前に全てを終わらせるのだ。
ベッドの周辺には冷蔵庫に入っていたゼリー飲料や固形食、スポーツドリンク、水のペットボトルが散乱している。それらを手早く回収。
寝具を総取り替えし、散らばっている服を回収しホテルのクリーニングに回す。
そして下着を含めた新しい服一式をクローゼットに納めた。
一部萎れはじめた花器の花を全て引き抜き、新しいものに取り変える。花は、フェロモンの香りを邪魔しない無香のものが選ばれている。
テーブルには軽食とサラダ、フルーツとデザートをセットし、各種飲み物を取りそろえたワゴンを用意した。
花嫁様が緑茶を好まれるとのことで、白湯の入ったポット、茶器、お好きな銘柄の茶葉も抜かりなくご用意しておく。
やがて全てを速やかに終わらせ、我々は静かに退室をした。
《日曜日の正午前》
このホテルの最上階フロアは、長きに渡り京極家によって契約されて来た、京極専用の空間だった。そしてそこは地下階と最上階を直通で繋ぐ専用のエレベーターでしか出入りできないようになっていた。
チェックアウトの連絡を受けた専用受付担当者に緊張が走った。
間もなく最上階からエレベーターが降りてきて扉が音もなく開くと、中から京極様と花嫁様らしき男性のお姿が現れた。
思わず目を見張ってしまった。
恐ろしいほどに美しく、感情を決して表に表さず。ともすれば冷酷にも見える最上位αであった正臣様。
それが・・・正臣様の周りに春風が吹いていた。
花が綻ぶよう、そんな甘やかな微笑を浮かべて花嫁様を見つめておられた。
かたや 足取り重く疲れた様子の花嫁様を、正臣様がエスコート・・・させてはもらえていないご様子だったが、京極の迎えの車にお二人で乗って行かれた。
花嫁様は、さっぱりとしたご容貌で我々がご用意した細身のスーツをすっきりと着こなし、ビジネスバッグを片手にしているのが様になるご様子だった。
けして見苦しくなく清潔感もある。
しかし、儚げで艶やかなΩにはとても見えなかった。
なんというか、まっとうな若手リーマンといった感じで、いい意味でごく普通だった。そう、いい意味で!
しかし正臣様が花嫁様を見る視線は確かにαが番に向けるもので、いや、それ以上であったかもしれない。
いつもは無機質な正臣様の瞳からは、甘くむせかえるような求愛が垂れ流されていた。
京極の異端にして氷血の公子と言われる正臣様。
そのお方の α本来のお姿を拝見できたとは。
信じられない思いでお車を見送ったのだった。
「失礼いたします」
声を極力抑えて一言で言い切ると、数人で手早く仕事に取りかかる。
京極様と花嫁様が浴室から出てこられる前に全てを終わらせるのだ。
ベッドの周辺には冷蔵庫に入っていたゼリー飲料や固形食、スポーツドリンク、水のペットボトルが散乱している。それらを手早く回収。
寝具を総取り替えし、散らばっている服を回収しホテルのクリーニングに回す。
そして下着を含めた新しい服一式をクローゼットに納めた。
一部萎れはじめた花器の花を全て引き抜き、新しいものに取り変える。花は、フェロモンの香りを邪魔しない無香のものが選ばれている。
テーブルには軽食とサラダ、フルーツとデザートをセットし、各種飲み物を取りそろえたワゴンを用意した。
花嫁様が緑茶を好まれるとのことで、白湯の入ったポット、茶器、お好きな銘柄の茶葉も抜かりなくご用意しておく。
やがて全てを速やかに終わらせ、我々は静かに退室をした。
《日曜日の正午前》
このホテルの最上階フロアは、長きに渡り京極家によって契約されて来た、京極専用の空間だった。そしてそこは地下階と最上階を直通で繋ぐ専用のエレベーターでしか出入りできないようになっていた。
チェックアウトの連絡を受けた専用受付担当者に緊張が走った。
間もなく最上階からエレベーターが降りてきて扉が音もなく開くと、中から京極様と花嫁様らしき男性のお姿が現れた。
思わず目を見張ってしまった。
恐ろしいほどに美しく、感情を決して表に表さず。ともすれば冷酷にも見える最上位αであった正臣様。
それが・・・正臣様の周りに春風が吹いていた。
花が綻ぶよう、そんな甘やかな微笑を浮かべて花嫁様を見つめておられた。
かたや 足取り重く疲れた様子の花嫁様を、正臣様がエスコート・・・させてはもらえていないご様子だったが、京極の迎えの車にお二人で乗って行かれた。
花嫁様は、さっぱりとしたご容貌で我々がご用意した細身のスーツをすっきりと着こなし、ビジネスバッグを片手にしているのが様になるご様子だった。
けして見苦しくなく清潔感もある。
しかし、儚げで艶やかなΩにはとても見えなかった。
なんというか、まっとうな若手リーマンといった感じで、いい意味でごく普通だった。そう、いい意味で!
しかし正臣様が花嫁様を見る視線は確かにαが番に向けるもので、いや、それ以上であったかもしれない。
いつもは無機質な正臣様の瞳からは、甘くむせかえるような求愛が垂れ流されていた。
京極の異端にして氷血の公子と言われる正臣様。
そのお方の α本来のお姿を拝見できたとは。
信じられない思いでお車を見送ったのだった。
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