平穏なβ人生の終わりの始まりについて（完結）

早とちり

｢･･･妊娠してないんですか？｣
診察した医者におれはそういった。
バースの揺らぎとやらで高校の頃から定期的に通わせられた病院に俺は一人で来ていた。

｢山岸様は最初のヒートを京極様のラットに誘発される形で迎えられましたよね。
その時の山岸様の生殖器には、まだ多少未成熟な部分があったのかもしれません。
今回のヒートで妊娠しなかった理由それではないかと考えられます。｣

そんなことがあるのか。というか山岸様って呼び方は何なんだ。高校生の時は山岸君と呼ばれていたし、直近では山岸さんがせいぜいだったはずだ。問診票の保護者欄には確かに京極の名を書いたが、それにまで様をつけるって。


｢今検査した所では、そのような所は見受けられませんでしたので、次に自然にヒートを迎えられたら妊娠されると思いますよ。

但し、後天性Ωは性転換後 数年はヒート周期が不安定になるとされていて、その期間に妊娠出産する事は母体にも胎児にも負荷がかかると言われています。

ですので、ヒート周期が安定してからの妊娠が強く推奨されているのです。
この度妊娠しなかったのは体のためには良かったと言えるかもしれませんね。
ヒート前に飲む避妊薬を処方しておきますので、これからは服用してくださいね。｣

病院の処方箋窓口前の待合の椅子に座りながら、俺は脱力していた。
子供を妊娠していると思い込んでいた俺は、今後の仕事の調整の為に強制入所を避けたかったのと、奴の執着から逃げるのは不可能であると早々に判断したこと、あとは何より子供のためになると思って、やるならさっさとやってしまおうとホテルを出た足で、そのまま京極と役所に行って入籍を済ましてしまっていたのだ。

完全に早まったな、これは･･･
今さら奴が婚姻解消するとはとても思えない。
役所に婚姻届を提出する時の奴の顔は、蜂蜜に練乳をかけてザラメをトッピングしたかのような甘い空気を垂れ流していた。

今日の検診については、奴には特に何も言ってない。
保護者様にも妊娠していなかったことを連絡しておくかと 携帯を手にしたところでそれが鳴った。
京極だった。
病院で聞いたことを奴に伝えると、すぐに迎えに行くと言われたが断った。

病院を出て、コーヒーショップに入って久しぶりのコーヒーを堪能する。
ヒート明けからずっと、アルコールの類いとカフェインを断っていたので、それはやけに旨かった。
コーヒーを片手に、思わずため息が細く出た。