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第一部
20.ルチアとの約束
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その後、城へと転移魔法で戻ると、ルキウスは忙しそうに、何処かへ行ってしまったので、私は湯浴みでもしようと隠し通路からルイーザの部屋へと戻ったのだが……もう、この体がルイーザに戻る事はなかった。
「当たり前だ……私がルイーザの体を捨てたのだから……」
湯船に浸かりながら、私は色々な事が頭の中でぐちゃぐちゃだった。ルイーザに二度目の死を与えてしまった事。ヴェンツェルの想い……そして、マルクスの前で……ルキウスに犯されてしまった己の無力さと弱さ……。
ルドヴィカとしては初めてなのに破瓜の痛みがなかった事や、いつもの様に感じてしまった己にも驚きだが……。まあ、それは別に良いのだ。私の魂はルイーザの体で感覚として経験しているのだから、今更生娘だと宣うつもりもない。
それよりもマルクスに冒涜行為を働いてしまった事の辛さ……従属の焼印をまた押されてしまった事……色々なものが混じり合い、私はもうどうして良いか分からなかった。
正直なところ、参っていたのだと思う。
そのような中、ルキウスが優しくしてきたから、私は馬鹿みたいにルキウスに縋り付いて泣いてしまった。
「…………~っ!」
思い出すと恥ずかしい。ルキウスは決して優しい男ではない。目的の為に私を側に置いているに過ぎない。私を愛してなどおらぬ……。ま、まあ執着はしているとは思うが……。
私だとて……ルキウスを愛している訳ではない。私が愛しているのはマルクスだ。……だが、この想いを持つ事は罪だ。ルチアを傷付ける。死後だからと言って許される訳ではない……。
蘇って……知っている者が誰一人いない不安な世界で……マルクスと同じ顔を持つルキウスが……側にいるからだ。……私がこの城で頼れるのがルキウスだけだから……つい優しくされると揺らいでしまうのだ……。まあ、頼れるより暴力や流血などの嗜虐行為の方が多いが……。いや、まったく頼れてはいないか……。
「はぁ~っ、これからどうすれば良いのだ……」
また従属の焼印を押されてしまった以上、焼印を取り返さねば、逃げられぬし……。私がこの城にかけた魔法に関しては、私自身の体を手に入れても尚、回収する事は無理そうだ。
私の手を離れ、深く深くこの城に根付いてしまっている……。なので、つまりは私がこの城にかけた魔法は、私の魔法でありながら、現在の私にとっては立ちはだかる壁のままだという事だ……。
「もう死にたい……死んで、マルクスの下に還る事が出来たら、どれほど幸せだろう」
私は己の生を終えた人間だ。
それなのに、何故またルドヴィカとしての生を強要されねばならぬのだ。解せぬ。
私の命も体もルキウスの物……。
私はルキウスの言葉を反芻しながら、そっとルキウスが絞めた首の跡に触れた。
もしも……もしも……私が変に歯向かわずに大人しく……先程のマルクスの墓の前みたいに素直でいれば……ルキウスは優しくしてくれるのだろうか?
刃を突き立てたり、殴ったり蹴ったりしなくなるのだろうか……。
先程の雰囲気的に、ルキウスは甘えられる事に慣れていないせいか、甘えられると弱そうだ。素直に泣いて縋られると無下には出来なさそうにも思える……甘い考えだろうか……。
逆に強気に出てしまうと、とても痛い目にも遭ってしまう……。
「ふむ……」
私は正直なところ、疲れていた。どうせ逃げられないのなら、この生活を快適なものにする事に尽力した方が良いに決まっている。
ルキウスさえ油断させる事が出来れば、そのうち逃げる道が出てくるやも知れぬし……。
それにだ。もしも、ルキウスを翻弄し、ルキウスの心を手に入れる事が出来れば、私に怖いものなどなくなるのでは?
何やら準備している戦争だって辞めさせる事が出来るだろうし……。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふははははっ!」
やってやろうではないか! ルキウスに甘え、縋り付き、ルキウスを翻弄させ、ルキウスの心を手に入れてみせる!
そして、私が手のひらでルキウスを転がしてやるのだ! ルキウス・セヴェルス、楽しみにしていろ! じきに私の虜にしてやる!
「………………」
一頻り、風呂で笑った後、私は寝衣に身を包みながら、どうすれば良いか考えていた。
取り敢えず、暫くは先程のように傷心なふりでもしておくか……。
そんな事を考えていたら腹が鳴ったので、私はルキウスの部屋に戻り女官を呼び、夕食の準備を頼んだ。
「ル……いえ、殿下はまだお仕事なのですか?」
給仕をしてくれている女官に尋ねると、女官たちは顔を見合わせながら、頷いた。
「確か、執務室でご政務をなさっていると思われます。ずっと籠もっておられますので……」
「そうなのですね。ありがとうございます」
ふーん。まあ、私の墓だけじゃなく、マルクスの墓へも行ったからな。後々の予定に差し支えて、今頃悲鳴をあげているのだろうな。はんっ、ざまあみろ。
私はルイーザの言葉遣いを真似ながら、その後は女官たちと他愛無い話を楽しんだ。
ルイーザの記憶では、女官たちや侍女たちとの関わりは、必要最低限のみだが、私はどんどん交流していきたいと思う。彼女たちは情報の宝庫だし、彼女たちを味方につけておけば、後々私にとっても有益だろう。
女官や侍女は、ただの使用人と思って侮ってはならぬ。彼女たちの情報網をなめてはいけない。
私は食後、眠る気になれずに回復薬の研究を始めた。ルキウスが戻ってこないので、快適だ。
本来の回復薬……所謂ポーションと呼ばれるものは戦いにおいて負った怪我や疲労を回復する……。だが、私は怪我の回復を抜いた疲労回復のみに特化した回復薬と身体強化に特化した薬を何とかして作りたい。
何故なら、ルキウスからの無茶振りに耐えるには、この老体には堪えるのだ……。見た目は若く見えるかもしれぬが、私は100歳だぞ。マルクスが68歳で死んだ事を考えれば、長生きした方だと思う。
ヴェンツェルは91歳まで生きたが……、結局私が最後まで生き残ってしまったのだ……。まあ、ヴェンツェルの子や孫たちは良い奴らだったので、退屈はしなかったが……。
……あの墓はヴェンツェルが生きている時に手配をしていたのだろうか……。何故言ってくれなかったのだろう……。
あの時、ヴェンツェルの想いを知ったら、私はどうしたのだろうか。
私は薬草を煎じている手を止め、ふとルチアの事を考えた。
……そういえば、ルチアは何歳で死んだのだろうか。マルクスの死後、私がこの城を離れる時は、まだまだ元気そうだったが……。
『何故、出て行くというのですか? 貴方はマルクスの願いに背くというのですか?』
『そうではない。ルチア……平和な世となった今、私の力はもう必要がない。それに私は馬鹿だから、政治や権力というものが、よく分からぬ。其方らの子を苛つかせるだけなら、居ない方がマシだ』
ルチアとマルクスの子……第2代皇帝は野心家で、私の魔力を帝国内に満たし、他の国との違いを見せつけ、帝国の威信を確定的なものとしたいとか訳が分からぬ事を言っていた。
そもそも、帝国内に魔力を満たすって、何だ? どうやるのだ? 私が毎日毎日首を傾げていたら、とうとうあやつらは怒り出してしまった。
毎日の口論に疲れた私は、城を飛び出す事を決めたのだ。
『ですが、わたくしは不安なのです。貴方の加護がないこの国は本当に大丈夫なのでしょうか?』
『大丈夫に決まっているだろう。マルクスが築いた強大な帝国と軍事力を信じろ。それに、私は例え離れていても、何か有事の際は駆け付ける』
『本当ですか? 約束ですよ!』
私がそう頷き、ルチアに抱きつくとルチアは泣きながら私を抱き締めてくれた。
『誓おう。いついかなる時も私、ルドヴィカ・カスティリオーネの力は常に貴方のために。皇太后陛下』
『ふふっ。では、約束ですよ。いつか貴方が必要になった時、それが何十年後でも何百年後でも、わたくしは貴方を呼び戻します。その時は必ず帰ってきて下さいね』
『ああ、約束しよう』
そう言って、城を出て、私はヴェンツェルの下へと向かったのだ。まあ、マルクスの子達からしたら、私が怒りに任せて飛び出したように思えるだろうが、実際はルチアの許可は得ているのだ。
ルチアは言った。私の力が必要な時はそれが何百年後であっても呼び戻すと……お互い生きていなさそうだがと思いながらも、その約束がルチアの心の安定に繋がるならと、私は快諾した……。
まさか……その呼び戻す必要な時期が今だったりして……。ははっ、まさかな。
ルチアは魔力も何の力もない、か弱い女性だ。死後、不思議な事象を起こし、今世の私……ルイーザの体へと私の記憶を蘇らせる事など出来るわけがない。
私すら及ばない不思議な力が、ルチアが原因な訳などない。
ははっ、疲れているのだ。疲れているから変なことを思い出し、それに無理矢理関連づけてしまうのだ。はぁ、もう寝るとするか。
「当たり前だ……私がルイーザの体を捨てたのだから……」
湯船に浸かりながら、私は色々な事が頭の中でぐちゃぐちゃだった。ルイーザに二度目の死を与えてしまった事。ヴェンツェルの想い……そして、マルクスの前で……ルキウスに犯されてしまった己の無力さと弱さ……。
ルドヴィカとしては初めてなのに破瓜の痛みがなかった事や、いつもの様に感じてしまった己にも驚きだが……。まあ、それは別に良いのだ。私の魂はルイーザの体で感覚として経験しているのだから、今更生娘だと宣うつもりもない。
それよりもマルクスに冒涜行為を働いてしまった事の辛さ……従属の焼印をまた押されてしまった事……色々なものが混じり合い、私はもうどうして良いか分からなかった。
正直なところ、参っていたのだと思う。
そのような中、ルキウスが優しくしてきたから、私は馬鹿みたいにルキウスに縋り付いて泣いてしまった。
「…………~っ!」
思い出すと恥ずかしい。ルキウスは決して優しい男ではない。目的の為に私を側に置いているに過ぎない。私を愛してなどおらぬ……。ま、まあ執着はしているとは思うが……。
私だとて……ルキウスを愛している訳ではない。私が愛しているのはマルクスだ。……だが、この想いを持つ事は罪だ。ルチアを傷付ける。死後だからと言って許される訳ではない……。
蘇って……知っている者が誰一人いない不安な世界で……マルクスと同じ顔を持つルキウスが……側にいるからだ。……私がこの城で頼れるのがルキウスだけだから……つい優しくされると揺らいでしまうのだ……。まあ、頼れるより暴力や流血などの嗜虐行為の方が多いが……。いや、まったく頼れてはいないか……。
「はぁ~っ、これからどうすれば良いのだ……」
また従属の焼印を押されてしまった以上、焼印を取り返さねば、逃げられぬし……。私がこの城にかけた魔法に関しては、私自身の体を手に入れても尚、回収する事は無理そうだ。
私の手を離れ、深く深くこの城に根付いてしまっている……。なので、つまりは私がこの城にかけた魔法は、私の魔法でありながら、現在の私にとっては立ちはだかる壁のままだという事だ……。
「もう死にたい……死んで、マルクスの下に還る事が出来たら、どれほど幸せだろう」
私は己の生を終えた人間だ。
それなのに、何故またルドヴィカとしての生を強要されねばならぬのだ。解せぬ。
私の命も体もルキウスの物……。
私はルキウスの言葉を反芻しながら、そっとルキウスが絞めた首の跡に触れた。
もしも……もしも……私が変に歯向かわずに大人しく……先程のマルクスの墓の前みたいに素直でいれば……ルキウスは優しくしてくれるのだろうか?
刃を突き立てたり、殴ったり蹴ったりしなくなるのだろうか……。
先程の雰囲気的に、ルキウスは甘えられる事に慣れていないせいか、甘えられると弱そうだ。素直に泣いて縋られると無下には出来なさそうにも思える……甘い考えだろうか……。
逆に強気に出てしまうと、とても痛い目にも遭ってしまう……。
「ふむ……」
私は正直なところ、疲れていた。どうせ逃げられないのなら、この生活を快適なものにする事に尽力した方が良いに決まっている。
ルキウスさえ油断させる事が出来れば、そのうち逃げる道が出てくるやも知れぬし……。
それにだ。もしも、ルキウスを翻弄し、ルキウスの心を手に入れる事が出来れば、私に怖いものなどなくなるのでは?
何やら準備している戦争だって辞めさせる事が出来るだろうし……。
「ふっ、ふっ、ふっ、ふははははっ!」
やってやろうではないか! ルキウスに甘え、縋り付き、ルキウスを翻弄させ、ルキウスの心を手に入れてみせる!
そして、私が手のひらでルキウスを転がしてやるのだ! ルキウス・セヴェルス、楽しみにしていろ! じきに私の虜にしてやる!
「………………」
一頻り、風呂で笑った後、私は寝衣に身を包みながら、どうすれば良いか考えていた。
取り敢えず、暫くは先程のように傷心なふりでもしておくか……。
そんな事を考えていたら腹が鳴ったので、私はルキウスの部屋に戻り女官を呼び、夕食の準備を頼んだ。
「ル……いえ、殿下はまだお仕事なのですか?」
給仕をしてくれている女官に尋ねると、女官たちは顔を見合わせながら、頷いた。
「確か、執務室でご政務をなさっていると思われます。ずっと籠もっておられますので……」
「そうなのですね。ありがとうございます」
ふーん。まあ、私の墓だけじゃなく、マルクスの墓へも行ったからな。後々の予定に差し支えて、今頃悲鳴をあげているのだろうな。はんっ、ざまあみろ。
私はルイーザの言葉遣いを真似ながら、その後は女官たちと他愛無い話を楽しんだ。
ルイーザの記憶では、女官たちや侍女たちとの関わりは、必要最低限のみだが、私はどんどん交流していきたいと思う。彼女たちは情報の宝庫だし、彼女たちを味方につけておけば、後々私にとっても有益だろう。
女官や侍女は、ただの使用人と思って侮ってはならぬ。彼女たちの情報網をなめてはいけない。
私は食後、眠る気になれずに回復薬の研究を始めた。ルキウスが戻ってこないので、快適だ。
本来の回復薬……所謂ポーションと呼ばれるものは戦いにおいて負った怪我や疲労を回復する……。だが、私は怪我の回復を抜いた疲労回復のみに特化した回復薬と身体強化に特化した薬を何とかして作りたい。
何故なら、ルキウスからの無茶振りに耐えるには、この老体には堪えるのだ……。見た目は若く見えるかもしれぬが、私は100歳だぞ。マルクスが68歳で死んだ事を考えれば、長生きした方だと思う。
ヴェンツェルは91歳まで生きたが……、結局私が最後まで生き残ってしまったのだ……。まあ、ヴェンツェルの子や孫たちは良い奴らだったので、退屈はしなかったが……。
……あの墓はヴェンツェルが生きている時に手配をしていたのだろうか……。何故言ってくれなかったのだろう……。
あの時、ヴェンツェルの想いを知ったら、私はどうしたのだろうか。
私は薬草を煎じている手を止め、ふとルチアの事を考えた。
……そういえば、ルチアは何歳で死んだのだろうか。マルクスの死後、私がこの城を離れる時は、まだまだ元気そうだったが……。
『何故、出て行くというのですか? 貴方はマルクスの願いに背くというのですか?』
『そうではない。ルチア……平和な世となった今、私の力はもう必要がない。それに私は馬鹿だから、政治や権力というものが、よく分からぬ。其方らの子を苛つかせるだけなら、居ない方がマシだ』
ルチアとマルクスの子……第2代皇帝は野心家で、私の魔力を帝国内に満たし、他の国との違いを見せつけ、帝国の威信を確定的なものとしたいとか訳が分からぬ事を言っていた。
そもそも、帝国内に魔力を満たすって、何だ? どうやるのだ? 私が毎日毎日首を傾げていたら、とうとうあやつらは怒り出してしまった。
毎日の口論に疲れた私は、城を飛び出す事を決めたのだ。
『ですが、わたくしは不安なのです。貴方の加護がないこの国は本当に大丈夫なのでしょうか?』
『大丈夫に決まっているだろう。マルクスが築いた強大な帝国と軍事力を信じろ。それに、私は例え離れていても、何か有事の際は駆け付ける』
『本当ですか? 約束ですよ!』
私がそう頷き、ルチアに抱きつくとルチアは泣きながら私を抱き締めてくれた。
『誓おう。いついかなる時も私、ルドヴィカ・カスティリオーネの力は常に貴方のために。皇太后陛下』
『ふふっ。では、約束ですよ。いつか貴方が必要になった時、それが何十年後でも何百年後でも、わたくしは貴方を呼び戻します。その時は必ず帰ってきて下さいね』
『ああ、約束しよう』
そう言って、城を出て、私はヴェンツェルの下へと向かったのだ。まあ、マルクスの子達からしたら、私が怒りに任せて飛び出したように思えるだろうが、実際はルチアの許可は得ているのだ。
ルチアは言った。私の力が必要な時はそれが何百年後であっても呼び戻すと……お互い生きていなさそうだがと思いながらも、その約束がルチアの心の安定に繋がるならと、私は快諾した……。
まさか……その呼び戻す必要な時期が今だったりして……。ははっ、まさかな。
ルチアは魔力も何の力もない、か弱い女性だ。死後、不思議な事象を起こし、今世の私……ルイーザの体へと私の記憶を蘇らせる事など出来るわけがない。
私すら及ばない不思議な力が、ルチアが原因な訳などない。
ははっ、疲れているのだ。疲れているから変なことを思い出し、それに無理矢理関連づけてしまうのだ。はぁ、もう寝るとするか。
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