やり直したい傲慢令嬢は、自分を殺した王子に二度目の人生で溺愛される

Adria

文字の大きさ
19 / 40

謁見

しおりを挟む
「え? 国王陛下から?」

 イヴァーノのお母様とお会いして二週間くらいが経った頃、一度会って話がしたいと召喚命令がくだった。

 お義母様が婚約式を……みたいなとことを言っていたので覚悟はしていたのだけれど、イヴァーノは内心複雑なようだ。

 そうよね……。不安のほうが大きいわよね。

 鬼司教の執務机の前に並んで立つイヴァーノを不安げに盗み見る。すると、鬼司教が大仰な溜息をついた。


「やっとか……。遅いくらいだな」
「だが、今会わせてよいのだろうか? アナクレトゥス、其方はどう思う?」
「ですが、アリーチェをいずれ正妃にと望むのなら避けて通れない道ともいえます。それに、王妃陛下の言うとおり、何かあった時に殿下の正式な婚約者となっていたほうが、色々と都合がよいです。それに覚悟なら、すでにできているのでしょう?」
「ああ、アリーチェは必ず守る」

 二人の深刻な表情と話に、本当に歓迎されていないのだなと、まざまざと思い知る。

 陛下は……私をよく思っていない。それが当たり前なのだ。私の素性を知っているのに好意的なイヴァーノやお義母様のほうが珍しいのだから。

 私は胸元をぎゅっと掴んだ。
 よく思われていないのなら、気に入ってもらえるように頑張ればいい。

 とりあえずはコスピラトーレの件をうまく収めることができれば……陛下の気持ちも少しは良いほうに変わるだろうか? 

 私は認めてもらえるために頑張ろうと、拳を固く握りしめた。


「アリーチェ。不安にさせるようなことばかりを言って悪かった。何があっても必ず守る。だから、父上に会ってくれぬか?」

 イヴァーノが私のほうに向き直り、手を差し出した。私はその手を迷わずに取り、にこっと微笑む。

 私の立場上、不安や懸念があるのは当然のことだ。けれど、それを取り除こうとしてくれる皆の想いに私は応えたい。

 何より、イヴァーノと共に歩みたい。
 私はそのための努力なら惜しまない。

「もちろんです。それに私は簡単なことで折れたりしないので、そんなに心配しないでください。それより、私が神殿を離れている間、また鬼司教に暗殺者が襲ってくるほうが心配です。なので、近衛兵か騎士を貸してくれませんか?」
「愚か者。そんなものいらん。其方に心配してもらわずとも、私は大丈夫だ。それよりも己の心配をしておけ。国王は善人ではない。余計なことを考えていたら、罠に嵌るのは其方だぞ」
「……はい」

 私はしょんぼりと肩を落とした。

 そりゃ、鬼司教は強い。おそらく、この国で一番強い。自分の身くらい、自分で守れるだろう。でも、師を守りたいと思うのが弟子というものなのだ。分かってほしい。

「…………」

 鬼司教は、私が怒ってコスピラトーレと戦うと言い出すと分かっていたから、暗殺者のことを知らせなかったのだと、言った。そして、鬼司教は言ってくれた。「国王の意のままに動く手駒にも、国のために死ぬ英雄にもなる必要はない。己の幸せだけを考えろ」と――

 その想いに報いたいけれど、やっぱり私は大切な人に牙を剥くコスピラトーレを許せない。

 英雄になりたいなんて烏滸がましいことを考えてはいないけれど、陛下に認めてもらえるだけの力は必要だ。

 私はぐっと拳を握り、鬼司教に向き合った。


「鬼司教。実は私、とてもわがままなんですよ。だから、欲しいものは絶対に手に入れてみせます。鬼司教の身の安全も、そして陛下に認めていただくのも。どちらも成し遂げます」
「ならば、さっさと行って婚約式を挙げるという確約でも得てきなさい」
「はい!」

 手でしっしっと示す鬼司教に、私は元気よく返事をした。すると、イヴァーノが「其方は一人ではないのだから、もう少し肩の力を抜け」と言って、肩を抱いてくれる。

 イヴァーノ、ありがとうございます。
 貴方が側にいてくれるから、私は怖いけれど、陛下に立ち向かえるんですよ。

 私は心の中で独り言ちりながら、神子服からイヴァーノが少し前に贈ってくれたドレスに着替え、王宮へと向かった。

 不思議だ。いつもはドレスなんて、重いし動きづらいし、鬱陶しいと思っていたけれど、今は頼もしく感じる。まるで戦闘服を着たみたいに心が引き締まった。

 イヴァーノがプレゼントしてくれたドレスだからかしら? 



「そういえば、陛下が善人ではないというのはどういう意味ですか?」
「そのままの意味だ。と言っても、あの方は母上のように勘が鋭いわけでもなく、ただの小物ゆえに、気をつけていれば、それほど問題はない」
「そんな……イヴァーノのお父様なのに……」

 馬車の道中、気になっていたことを訊ねると、イヴァーノが苦虫を噛み潰したような顔でそう言った。

 そういえば、お母様が「お兄様は優しいけれど、下衆なところが玉に瑕なのよね」と言っていた気がする。あの時は、国王陛下が下衆? と首を傾げたものだけれど、イヴァーノの話を聞く限り、嘘ではないのかもしれない……。


「アリーチェ。あの方は、表面上和やかに優しく其方を認めてくれるだろう。だが、目に映るものだけを決して信じるな……」
「イヴァーノ……?」
「あの方は、全て己の手駒だと考えている。どれほど、楽に国を治められ、己の利益になるかくらいしか考えていない。そのために邪魔になるのなら、アリーチェでも私でも消すだろう」
「そんな……」
「あの方には親子の情などない。アリーチェ、私は父上の思惑通りに其方を失うつもりなどない。しがみつけ。絶対に、私の手を離すな。私は絶対にこの手を――アリーチェを離さぬ。アリーチェ、何があっても必ず其方を守ると誓おう」

 力強く握ってくれるイヴァーノの手を、戸惑いがちに見つめる。

 そんなことってある?
 私なら分かるけれど、イヴァーノまで消すだなんて……。

 私は唇をきゅっと引き結んだ。

 きっと以前も今も、イヴァーノは父親の愛情を知らないのだ。だから、あのように冷たいイヴァーノができあがったのかもしれない……。

 私はイヴァーノにぎゅっと抱きついた。そして、いつも彼がしてくれているように頭を撫でる。


「イヴァーノ。私がいます。私が陛下の分も、いえ、それ以上にイヴァーノを愛します」

 私が考えている以上に、イヴァーノを取り巻く環境も脆く危ういんだ……。イヴァーノを守れるくらい強くならないと。

「私もイヴァーノを絶対に離しません。それに、守られているだけなのはしょうに合いません。私もイヴァーノを守ります。そのために強くなります。だから、イヴァーノの抱えているものを私にも持たせてください」
「アリーチェ……」

 お互いの視線が絡み合う。
 見つめあったまま、イヴァーノの手が私の頬にそっと伸ばされ、ゆっくりと顔が近づいてきた。

 あ、口付けだと思って、目を閉じようとしたのと同時に、「殿下、到着いたしました」という従者の声が聞こえる。

「きゃあっ!」

 その声に驚いた私は、ついイヴァーノを突き飛ばしてしまう。その瞬間、イヴァーノがむすっとした顔をした。


「ち、違うんです。これは嫌とかではなくて、王宮に着いたから……」
「気にするな。分かっている。この謁見が終われば、アリーチェから口付けをしてもらうから気にするな」
「は、はい。は……い? え?」

 私から口付け?

 イヴァーノの言葉に固まると、彼はクスクス笑いながら、馬車からさっと降り手を差し出した。その手を取りながら、「イヴァーノ……」と困ったように名を呼ぶと、ぐっと引き寄せられる。

「アリーチェ、先程の続きはあとで……」
「~~~っ」


 ◆     ◇     ◆


「よく来たな」

 謁見の間に通され、イヴァーノと一緒に跪いて待っていると、陛下がゆったりと入ってくる。

 あら? 一人なのかしら? お義母様は?

 小さく視線を動かして、イヴァーノのお母様を探す。その途端、陛下と目が合った。その目が蛇のようでなんだか居心地が悪くて、私はごくっと生唾を呑み込み、小さく深呼吸をして、頭を下げる。


「お初にお目にかかります、国王陛下。ヴィターレ・カンディアーノの娘、アリーチェと申します。お目通りいただき、心より感謝いたします。以後、お見知りおきを」
「あの時に潰してしまわなくて本当に良かった。マリアンナには感謝だな……」

 あの時に潰す……?

 陛下は私を見て、そう言った。言われていることの意味が分からず、こそっとイヴァーノを見ると、彼は怪訝な表情で首を傾げていた。

「父上、それはどういう意味ですか?」
「本来ならば、アリーチェはコスピラトーレの王女として、魔力を封じる塔で生涯幽閉されながら育てられるはずだったのだ」

 え……?

 私とイヴァーノは、その言葉に目を見張った。

 私、本当に人質生活を送るところだったんだ……。けれど、私は一度目の人生でも、今の人生でも、そんな生活は送っていない。とても自由だ。

 すべてはお母様のおかげ……。それが分かると、瞳の奥が熱くなった。

「だが、マリアンナが罪のない赤子にそのようなことを強いるのは許さないと、とても怒り、実の娘として育てると決めた。私としては、どんな形であれ、我が国が其方の命を握っておられるならば、マリアンナのわがままを聞いてやるくらい些末なことだった」

 陛下が事の顛末を教えてくれる。

 戦争が終わった時――当時王太子妃であったコスピラトーレの現王妃は懐妊中だった。そのために、見せしめとしてお腹の子を人質として要求したらしいけれど、お母様が私を引き取ってくれたので、幽閉できなかったと陛下は言った。

「だが、其方は全属性の魔力を持ち、首座司教の座を継げる力を示した。私も其方の見方を改めねばならぬ時が来たようだ……」
「陛下……」
「私は失敗するところだった。其方を魔力を封じ込める塔に幽閉していれば、それを知ることすら叶わなかったのだからな」

 陛下は私をにやにやと嗤いながら見つめ、言葉を続けた。微笑んでいるけれど、その笑顔が嘲るようなものに感じる。優しい口調に反して、決して好意的ではない笑みに、皆の忠告の意味が分かった気がした。


「マリアンナが大切に育てたことで、我が国はとても素晴らしい力を得た。私はマリアンナに救われたのだ。アリーチェ、イストリアのために、その身を捧げてくれるか?」
「はい。私はイストリアが大切です。イストリアのためなら、なんでもいたします」
「ほう、なんでもか……。ならば、其方とイヴァーノの婚約を認めよう。但し、コスピラトーレを必ず消すと誓え」
「父上。言っておきますが、まずは牽制が先です」
「それは分かっておる。だが、どのみち消えてもらわねば困る。イヴァーノ、其方もだ。アリーチェが欲しくば成果を上げろ」

 ……やっぱり、陛下にとってもコスピラトーレは邪魔な存在なんだ。

 必ず消す。それはとても重い言葉だ。
 陛下の言葉に、いつかは軍事衝突を避けられないのだと悟った。

 ならば、私は覚悟を決めなければならない。元より、私の取るべき道は――取りたい道は決まっている。


「然るべき時が来ましたら、必ずご期待に応えてみせます」
「よく言った」

 私はこの時の陛下の恐ろしい笑みと、イヴァーノがずっと握ってくれていた手の温かみを、決して忘れない。
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

裏切られた令嬢は、30歳も年上の伯爵さまに嫁ぎましたが、白い結婚ですわ。

夏生 羽都
恋愛
王太子の婚約者で公爵令嬢でもあったローゼリアは敵対派閥の策略によって生家が没落してしまい、婚約も破棄されてしまう。家は子爵にまで落とされてしまうが、それは名ばかりの爵位で、実際には平民と変わらない生活を強いられていた。 辛い生活の中で母親のナタリーは体調を崩してしまい、ナタリーの実家がある隣国のエルランドへ行き、一家で亡命をしようと考えるのだが、安全に国を出るには貴族の身分を捨てなければいけない。しかし、ローゼリアを王太子の側妃にしたい国王が爵位を返す事を許さなかった。 側妃にはなりたくないが、自分がいては家族が国を出る事が出来ないと思ったローゼリアは、家族を出国させる為に30歳も年上である伯爵の元へ後妻として一人で嫁ぐ事を自分の意思で決めるのだった。 ※作者独自の世界観によって創作された物語です。細かな設定やストーリー展開等が気になってしまうという方はブラウザバッグをお願い致します。

「地味で無能」と捨てられた令嬢は、冷酷な【年上イケオジ公爵】に嫁ぎました〜今更私の価値に気づいた元王太子が後悔で顔面蒼白になっても今更遅い

腐ったバナナ
恋愛
伯爵令嬢クラウディアは、婚約者のアルバート王太子と妹リリアンに「地味で無能」と断罪され、公衆の面前で婚約破棄される。 お飾りの厄介払いとして押し付けられた嫁ぎ先は、「氷壁公爵」と恐れられる年上の冷酷な辺境伯アレクシス・グレイヴナー公爵だった。 当初は冷徹だった公爵は、クラウディアの才能と、過去の傷を癒やす温もりに触れ、その愛を「二度と失わない」と固く誓う。 彼の愛は、包容力と同時に、狂気的な独占欲を伴った「大人の愛」へと昇華していく。

最愛の番に殺された獣王妃

望月 或
恋愛
目の前には、最愛の人の憎しみと怒りに満ちた黄金色の瞳。 彼のすぐ後ろには、私の姿をした聖女が怯えた表情で口元に両手を当てこちらを見ている。 手で隠しているけれど、その唇が堪え切れず嘲笑っている事を私は知っている。 聖女の姿となった私の左胸を貫いた彼の愛剣が、ゆっくりと引き抜かれる。 哀しみと失意と諦めの中、私の身体は床に崩れ落ちて―― 突然彼から放たれた、狂気と絶望が入り混じった慟哭を聞きながら、私の思考は止まり、意識は閉ざされ永遠の眠りについた――はずだったのだけれど……? 「憐れなアンタに“選択”を与える。このままあの世に逝くか、別の“誰か”になって新たな人生を歩むか」 謎の人物の言葉に、私が選択したのは――

働かないつもりでしたのに、気づけば全部うまくいっていました ――自由に生きる貴族夫人と溺愛旦那様』

鷹 綾
恋愛
前世では、仕事に追われるだけの人生を送り、恋も自由も知らないまま終わった私。 だからこそ転生後に誓った―― 「今度こそ、働かずに優雅に生きる!」 と。 気づけば貴族夫人、しかも結婚相手は冷静沈着な名門貴族リチャード様。 「君は何もしなくていい。自由に過ごしてくれ」 ――理想的すぎる条件に、これは勝ち確人生だと思ったのに。 なぜか気づけば、 ・屋敷の管理を改善して使用人の待遇が激変 ・夫の仕事を手伝ったら経理改革が大成功 ・興味本位で教えた簿記と珠算が商業界に革命を起こす ・商人ギルドの顧問にまで祭り上げられる始末 「あれ? 私、働かない予定でしたよね???」 自分から出世街道を爆走するつもりはなかったはずなのに、 “やりたいことをやっていただけ”で、世界のほうが勝手に変わっていく。 一方、そんな彼女を静かに見守り続けていた夫・リチャードは、 実は昔から彼女を想い続けていた溺愛系旦那様で――。 「君が選ぶなら、私はずっとそばにいる」 働かないつもりだった貴族夫人が、 自由・仕事・愛情のすべてを“自分で選ぶ”人生に辿り着く物語。 これは、 何もしないはずだったのに、幸せだけは全部手に入れてしまった女性の物語。

王太子妃専属侍女の結婚事情

蒼あかり
恋愛
伯爵家の令嬢シンシアは、ラドフォード王国 王太子妃の専属侍女だ。 未だ婚約者のいない彼女のために、王太子と王太子妃の命で見合いをすることに。 相手は王太子の側近セドリック。 ところが、幼い見た目とは裏腹に令嬢らしからぬはっきりとした物言いのキツイ性格のシンシアは、それが元でお見合いをこじらせてしまうことに。 そんな二人の行く末は......。 ☆恋愛色は薄めです。 ☆完結、予約投稿済み。 新年一作目は頑張ってハッピーエンドにしてみました。 ふたりの喧嘩のような言い合いを楽しんでいただければと思います。 そこまで激しくはないですが、そういうのが苦手な方はご遠慮ください。 よろしくお願いいたします。

処理中です...