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本編

5.王位継承権

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 イストリア国ノービレ学院──────


 イタリア語でNobileノービレ……貴族を表す単語の通り……イストリアのノービレ学院は、イストリアにおいての貴族の在り方を学ぶ為の所謂パブリックスクールである。

 13歳になった王侯貴族はノービレ学院で6年間学ぶ。


 学べる分野は多岐に渡り、未来の領主を育成するコース、侍従コース、文官コース、騎士コース、医療従事者コースがある。
 そして卒業と共に成人なので、ノービレ学院の卒業式は成人式も兼ねている。まあ、日本で言うところの寄宿制の中高一貫教育だと思ってくれていい。


 そして私は生まれた時に、この学院に留学する事が決まっていたりする。
 そのおかげで、通行税や関税の撤廃、そしてイストリア王妃であるアリーチェおば様が作り出す最高級のポーションの定期的な流通が約束されている。


 名目上は、ノービレ学院で私を預からせて頂く感謝からのものらしいけど、実際は在学中に愛を育み、結婚を意識させたいという思惑と、在学中にイストリアの正妃教育を施そうという腹づもりがある。



 正妃教育は、とても大変だったけど、ルクレツィオと結婚する為ならと、以前はとても頑張った。それに、学院で築けた友人関係は、卒業後も何かと助けられたので、私にとってかけがえの無いものだというのは嘘ではない。



 だから、ルクレツィオさえ遠ざけてくれるなら、私は留学する事くらい構わない。
 今回は正妃教育なんてないだろうし、のんびり能天気に学院生活を満喫してやるんだ!





「ねぇ、イヴァーノ。私はルクレツィオの王位継承権を一度見直した方が良いと思うのです」




 私がそんな事を考えていたら、アリーチェおば様が突然そんな事を言い出したので、私はビックリした。



「うむ。それについては私も考えていた」


 そして、イヴァーノおじ様の言葉に、私はまたまたビックリした。


 え? え? どういう事?
 イストリアでは跡を継ぐ王子がいる場合、卒業と共に立太子式が行われるのが慣例となっている。エトルリアと違って、魔力量で王位継承が決まるのではなく、イストリアは正妃が産んだ嫡子が嗣子ししであると決まっているのだ。


 だから、1回目でもルクレツィオが王太子だった訳だし。




「アリーチェおば様? イヴァーノおじ様? あの……」
「あら、そのような不安な顔をしなくて良いのですよ。だって、貴方の記憶を見る限り、ルクレツィオに王者としての資質はないもの」
「そうだ。王太子としての責務を全て、其方に押し付けていたのだ。あれならば、ベレニーチェ……其方が次のイストリア王になった方がまだマシだ」




 私は、イヴァーノおじ様の言葉に唖然とした。
 いやいや、いくらなんでも私が次のイストリア王になった方がマシだなんて言ったら、ルクレツィオのプライドがズタズタで、めちゃくちゃ怒ると思う。



「今後、我が国は生まれた順ではなく、能力に応じて王位継承を決めたいと思うのだ」
「ええ、ルクレツィオだけではなく、弟であるステファノにも、妹であるビアンカにも、等しく可能性を与えたいわ」



 ルクレツィオの弟妹であるステファノとビアンカはイヴァーノおじ様にそっくりな双子の兄妹である。
 そして、ビアンカはアリーチェおば様の全属性を受け継いでいて、それだけじゃなく剣術とポーションの研究が趣味というところまで、そっくりの変わり者だ。


 まあ、ビアンカも私に変わり者とか言われたくないと思うけど。私は現代の感覚が強いから、きっとこの世界では変人だと思うし。


 イヴァーノおじ様は、見た目からも優しさが滲み出ていて、フォレストグリーンの瞳に、整った顔で、深緑の髪を肩まで伸ばしている、まるで物語に出てくる王子様みたい方だ。絶対に人を頭ごなしに否定しない。何が適切かを常に話し合って、一緒に考えてくれる紳士的な方。



 だから、そのイヴァーノおじ様に似ているステファノやビアンカも同じようにフォレストグリーンの瞳に深緑の髪をした美形兄妹だ。




 そして、ルクレツィオはアリーチェおば様に似ている。


 アリーチェおば様は勝ち気な翡翠色の瞳に、夜空のような濃紺の髪が、とても綺麗な美人さんだ。裏表なく快活な方で、笑うと凄く素敵なの。噂によると腹筋割れてるらしいよ。剣術が趣味だからね。


 ルクレツィオも、アリーチェおば様と同じ翡翠色の瞳で、少しキツめの顔をしてる。髪は黒だけど、実はアリーチェおば様は黒髪で、魔術で染めているらしい。

 


「では、ルクレツィオ様から王位継承権を剥奪すると仰るのですか?」
「そうではない。ルクレツィオが今から頑張り、目まぐるしい成長を見せ、天を味方につける事があるのならば、アレが王位につくこともあり得よう。だが、今のままでは到底不可能だ」



 私が脱線している間に、お母様が突然不穏な事を聞いたから、私はとてもビックリしたけど、イヴァーノおじ様の答えに少し安心もした。



 ルクレツィオは別に無能じゃない。魔力量も決して低くない。というかめちゃくちゃ多い。そりゃ、全属性のビアンカには劣るかもしれないけど、魔術の扱い方には長けている。攻撃系や逃亡系は特に。
 まあ、魔法使うセンスはあるから、兄弟の中で一番強いと思う。


 だから、やれば出来る子なんだよ。
 今の時期のルクレツィオは、まだ手遅れな程には捻くれてはいない。既にワガママで傲慢だけど……まあ、概ね私のせいで。



 だから、甘やかす私がいなくなったら、目を覚まして死に物狂いで頑張って欲しいと思う。
 別に、1回目と2回目は同じ世界であって違う世界でもあるわけだし……パラレルワールドっていうの? そんな感じだと、私は解釈してる。




 だから、此処を生きるルクレツィオは、まだ何もしていない。何もしていないのに、将来の可能性を奪いたくはない。
 あんな目に遭ったのに、私も甘いなとは思うけど、関わらなきゃ済む話で、別に破滅して欲しい訳じゃない。



「私は、それで良いと思います。私はルクレツィオに復讐したい訳でも、可能性を奪いたい訳でもありません。ただ、今回は関わらずに、平穏にのんびりと生きていきたいだけです」
「ベレニーチェは優しいですね。だけど、この憤りはぶつけないと気が済まない事は分かって下さいね。私も親としてルクレツィオの将来を潰したい訳ではないけれど、鉄槌を下さなければいけない時もあるの」




 アリーチェおば様の顔が笑っていない。とても怖い顔をしている。



 そして、私はこの後ルクレツィオがアリーチェおば様に、ボコボコに殴られた事を後で知る。



 まあ、アリーチェおば様は体罰に関しては、何とも思っていない人だ。
 現代を生きた私からしたら、体罰による教育的指導はご法度に感じるけど、アリーチェおば様の師匠である首座司教様も体罰をもって、アリーチェおば様を幼い頃から教育していたらしいし……この世界では、ご法度ではないんだなと思う。



 まあ、体罰を行なうからと言って、虐待している訳ではない。愛情のある指導だと分かる範囲の体罰だ。



 まあ、今回のルクレツィオは行き過ぎなくらい殴られたらしい。
 可哀想と思った反面、少し胸がすいたのも本当。ちょっとくらい痛い目見れば良いと思ってもバチは当たらないと思う……思いたい……。





 そして、おじ様たちが帰った後、お父様は私を膝に乗せて、いっぱい甘やかしてくれた。お母様も、頑張りましたねって、辛かったですねって言って抱き締めてくれた。



「ベレニーチェ、今後は約束してくれ。己で対処出来ない程、状況が悪くなる前に、必ず助けを求めてくれ。悪いようには絶対にしない。其方の意見や希望は必ず聞いてやる。だから、これからは隠して耐えるのではなく、頼ってくれ」
「そうですよ。成人したからと言っても19歳は、まだまだ未熟です。大人の助けや意見を仰いだ方が、事態が好転していくのですよ」



 その点を言えば、今回ちゃんと皆に相談した事は賢かったと、お父様とお母様は褒めてくれた。



 私、折角やり直せたんだし、2回目の人生はのんびり能天気に生きてやる。
 今回は梢さんが言ったように20歳過ぎて生きるんだ。絶対に長生きするんだ。
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