深き水の底に沈む

ツヨシ

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「バス停の時刻表なんて、見たことがないんですが」
「ありますよ。二体のお地蔵さんのところに」
「何日もこの村にいますけど、バスなんて見たことがないんですが」
「来ますよ。毎日一回必ず来ます」
「それ以外でこの村を出る方法はありませんか」
「村の道は一本道だから、東か西に行けば村から出られますよ」
「それはさっき聞きました」
「車がないんなら、バスが一日一本来ますよ。二体のお地蔵さんが並んでいるところに」
「それもさっき聞きました」
「そうですか。それ以外はこれといってないですねえ」
二人の会話はかみ合っているとは言えなかった。
はるみがいらだち、言った。
「そうですか。あなたは村から出る時は、どうしてるんですか?」
「私はバスですねえ。町の病院に入院しているばあさんの見舞いに、朝バスに乗って夕方帰ってきます。毎日行ってますよ」
正也はそれは信じられなかった。
幽霊が毎日バスに乗って、町の病院に行っているとはとても思えないし、そんなことよりもこの老人の家の前は何回か通ったことがある。
そして昼過ぎに通った時に、この老人が庭先にいるのを見たことがあるのだ。
おそらく自分の実際の行動と記憶が、一致していないのだろうと思われる。
なにせ本当のところこの村はダムの底に沈んでいて、住人の全てが死んでいるのだから。
その存在しない村に住む幽霊となった住人が、生きている人間と同じであるはずがないのだ。
自分たちが死んでいることをどこかでわかっているはずなのに、それを全否定して存在しているのだから。
この村の住人は、そんな矛盾した思考の中で、今ここにいるのだ。
「そうですか。それはご苦労なことです。大変ですね。いろいろとありがとうございました」
はるみは諦めた。
最初は普通にしゃべっていたが、最後のありがとうございましたが、明らかに突き放すような言い方になっていた。
「次に行きましょうか」
少し離れた隣の家に向かう。
つぎも結果から言えば、ほぼ同じだった。
会話は一軒目とコピーのように変わらない。
そして二軒目。
さらに三軒目も、嫌になるくらいに同じ。
そして何度も心が折れそうになるのをひたすら我慢して、二十軒ほどの家を全部まわったところで、あたりが暗くなってきた。
全て同じような対応、同じようなかみ合っているようでかみ合っていない会話。
抑揚のない話し方。
表情が欠落した顔。
老人も中年も、たまにいる若者も一人だけいた小学生くらいの子供も。
一人残らず同じしゃべり方で、同じ会話となったのだ。
無駄なことの繰り返し。
その連続だった。
「もう、帰りましょうか」
はるみが小さく言った。
これまでのはるみからは想像できないほどに、気を落としている。
みまが優しく肩をたたいた。
「はるみさんは十分頑張ったわ。まだ全ての希望が消えたわけじゃないわ」
「ありがとう。優しいのね」
正也はなにか言おうとしたが、口のはさむのを止めた。
ここはみまに任せた方がいいと判断したのだ。
そのままいつもの洞窟に帰る。
そしてそのまま、おやすみを言うことなく、三人ばらばらに眠りについた。

正也はまた夢を見た。
前回と同じく、真っ暗中でもがき続ける夢だ。
正也は夢の中で何度も、これは夢だ、夢なんだ、と唱え続けた。
夢の中なのに、苦しい。
夢だとわかっているのに、苦しくてたまらない。
正也は必死で、夢だ夢だと唱え続けた。
そうしていると、いつの間にか夢が終わった。
そしてまた朝がやって来る。
こんなにも朝日と空気が気持ちいいのに、心は晴れない。
晴れるどころかまるで暴風雨だ。
起きている時もつらい現実の中で、その上夢までもが苦しいと来ている。
――いつまでこれが続くやら……。
そう考えたが、思考を取り合えず現実に戻してみた。
そうすると、真っ先に思い浮かぶもの。
果たして今日はどうしようか、と。
そう思う。
はるみもみまもおそらく同じだろう。
二人とももう起きているが、ただ座っているだけだ。
はるみは空いた穴から外を、みまは洞窟の床を見つめている。
正也はそのまま二人を交互に見ていたが、やがて立ち上がった。
そして何も言わずに洞窟を出てゆく。
二人が黙ってついてくる。
もちろん正也にあてなどあるわけがない。
しかしただじっとしているわけにはいかないと思ったからだ。
洞窟を出て、そのまま村に入る。
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