深き水の底に沈む

ツヨシ

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――なんて無茶苦茶な連中だ。
女は顔も身体も血だらけになり、なにかを叫んでいたのだが、その状況になっても、その顔には表情と言うものが相変わらず見受けられなかった。
それでもなんだかのダメージはあったのか、女は地面に倒れた。
ところがなんとしたことか、四人は倒れた女にさらに追い打ちをかけていくのだ。
女の後頭部や背中を、金属バットで殴り続けている。
完全に殺す気だ。
ただ腹が立ったからと言う理由だけで。
――こいつら人の心がないのか。
正也がそう思っていると、突然現れた。
あの化け物が。
しかも一体だけではない。
四体同時に四人を囲むようにその姿を見せたのだ。
あまりのことに、さすがの四人も思わず動きを止めた。
そこを化け物の大きな手が襲う。
四人同時に四体の化け物に捕まった。
まだ金属バットを手にしていた四人は、それこそ必死にバットで化け物の手を叩くのだが、どう見ても化け物は何も感じていないように見えた。
そしてそのまま四人の頭を、息を合わせたかのように、がぶりと食べた。
四人の動きが止まり、手から金属バットが落ちる。
その後、怪物は胴体、そして下半身を食べ、全て食べ終えると、化け物の身体はすうっと消えた。
化け物が消えた後、そこには家主の女が立っていた。
完全に表情がなくなった顔で。
さっきまで血だらけだったほずなのだが、その血はきれいさっぱりとなくなっていた。
そして血と同じく傷もダメージも消えてしまったようで、全く何事もなかったかのように、自分の家へと帰って行った。
みなで呆然と見ていたが、やがてはるみが言った。
「また人が食べられるところを見てしまったわ。何度見ても、ほんと胸糞悪いだけだわ。それにしてもあいつら、あんなにも狂暴だったなんて。化け物に食べられて、助かったかもしれないわね。でもあの化け物が四体同時に出てくるだなんて。考えてもみなかったわ」
みまが言う。
「あの化け物、村人を攻撃する四人に合わせて、四体同時に出てきたんじゃないのかしら」
「そう考えた方がいいのかもしれないわね。あの化け物が村人の外の人に対する憎悪が生み出したものなら、村人を攻撃するやからは、明確な敵と言うことになるのかもしれないわね。四人に対してピンポイントで現れたし。私たちのように、運が悪ければ殺されると言うレベルではなかったようね。それにしても襲われた女の人。途中は血だらけになっていたけど、四人と化け物がいなくなったら、血もなくなってけろっとしていたわね。やっぱり生きている人間とはまるで違うわ。生きている人間なら、あれだけやられたら確実に死んでしまうでしょうし」
「でももう死んでいるんだから。生きているつもりで村にとどまっているけど、実際は死んでいるんだから、金属バットでいくら殴ろうが、さらに死んだりなんかはしないわ。全くあの四人、自ら地雷を踏みに行ったみたいね」
「それにしてもあの四人、他人の車をぼこぼこにしたと思ったら、村人を、初老の女性を四人がかりで金属バットで殴りつけるなんて。ほんと絡まなくてよかったわ。かわいそうだけど、死んでくれて助かったわね。会っていたら、いったいどんな目に合ったことか。考えたらぞっとするわ」
「そうよね。あの凶行を見たから、私も死んでくれてよかったと思ったわ。知り合いでも友達でもないし」
「そうね。で、お寺に行く?」
「どうして?」
「四人死んだのよ。狂暴性の塊みたいな連中だったけど、名前もわからないけど、人間には変わりないわ。一応ともらってあげないとね」
「そうよね。それがいいかもしれないわね」
とんでもないものを、四人が気がふれたのではないかと思えるほど暴れた後に、四人そろって怪物に喰われるところを見たと言うのに、はるみとみまの口調はいたって冷静だった。
正也はこの二人は本当に強い、強すぎると思った。
男の自分が取り乱しかけるほどに驚きながら見ていたと言うのに。
今も心臓がばくばくしていると言うのに。
二人が歩き出したので、正也もついて行った。
行先はお寺だ。

お寺に着いた。呼ぶと住職が出てきた。
「どうしました。その様子、なにかあったみたいですが」
はるみがさっきあった出来事を、順に細かく住職に伝えた。
「そうですか。とんでもない人たちだったようですが、もう死んでしまった人たちに追い打ちをかけるようなことは言えませんね。その四人も私がともらっておきましょう。名前がわからないのは、少し残念ではありますが。ただそれにしても……」
「それにしても、なんですか?」
はるみが言うと住職が答えた。
「例の化け物が、四体も同時に現れたんでしょう。それが私には気になってしょうがないのですが」
「四体現れたことの、なにが気になるんですか?」
「四体も同時に現れたのは、喰われた四人の殺意、敵意に反応したのだとは思います。村人を物理的に攻撃していましたからね。もともと怪物は、外の人間に対する恨が生み出したものですし。しかしこれまで四体どころか、二体以上同時に現れたことは、私の知る限りでは一度もありません。それが四体も。その点がやけに気になるのですが」
「それはどう気になるんですか?」
はるみが言うと、住職はとても言いにくそうに言った。
「もともと村人は外の人間の行いによってみんな命を落とし、今は村全体がダムの底に沈んでいることを、心の中では知っています。知っていますが、それを全否定する想いがその上にあるのです。外の人間に対する怨念が化け物を生み出し、そんな悲劇はなかったとする想いが、この村を作り上げています。そんな危うい二重構造がここにはあるのです。ですから今まで化け物も、積極的には外の人を襲いませんでした。たまたますぐ近くにいた時だけです。それが明確に的確に、四人の前に現れて、四人を殺しました。積極的に外の人間を殺したのです。そんな化け物が四体も現れたと言うことは、それがきっかけとなって、今までのバランスが崩れなければいいと思ったのですが」
「バランスが崩れるって。バランスが崩れると、いったいどうなるんですか?」
「それは残念ながら、私にもわかりません。わかりませんが、あまりいいことにはならないような気がします。化け物になんだかの変化が産まれ、それによってなにかが今までと変わってしまうような。そんな感じでしょうか。とにかくみなさん、充分にお気をつけください」
はるみは何も言わなかった。
正也もみまも。
正也は、住職の言うバランスが崩れると言うことが起きれば、いったいどうなるのだろうと考えた。
考えたが、なにもわからなかった。
「そうですか。わかりました。とにかく気をつけてみますね。ありがとうございました」
気をつけると言ったはるみ自身も、なにに気をつけたらいいのか、よくわかってない様子だった。
そのまま住職とあいさつを交わし、三人寺を後にした。
帰りは三人とも無言だった。
と言うか、ここ最近ほとんど会話と言うものをしていない。
おかれた状況が状況なのだ。
深刻かつとても危険な状況。
みな無口にならざるを得ないのだろう。
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