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四十人以上いる村人たちの表情。
ある者は怒りの色をあらわにし、ある者は悲しみを前面に出し、ある者は明らかに戸惑いの表情を見せている。
それまでは能面のような表情しか村人の上に見たことがなかったのに。
四人の男から金属バットで殴られていた女の顔にも、ほとんど感情らしきものはみえなかったのだが。
正也が村人たちを見ていると、陽介が言った。
「こいつらの顔を見たか。やっと人間らしくなってきたぜ。ここまでになるのに、どんだけ時間がかかったことか」
そう言う陽介の声が、いつもよりはかれていることに、正也は気づいた。
体育会系で、どんなに大声を出してもかれないはずの陽介の声が。
「でももうすぐだぜ。あと一押しだ。あと少しだ。もうすぐ嫌でもこいつらは、自分が死んでいることを認めるぜ。ずっとこいつらの顔を見ていたんだ。だから俺にはわかるぜ」
みまが言う。
「陽介はこの人たちが、自分が死んでいることを認めたら、村がなくなって元に戻ると言うの?」
「そうだ。間違いない。俺を信じろ。そうしたら村から出られるぜ」
正也は考えた。
本当にそうなのだろうか。
それが正しいのだろうか。
しかし全面的に肯定はできないが、同時に否定もできないのだ。
要するにわからない。
すると陽介が村人たちに言った。
「ここにいる二人も、あんたらがもう死んでいると知ってるぜ。残念だったな。いくら認めようとしなくても、あんたらが死んでいることは、完全に確定してるんだよな」
陽介の言葉につられて、村人たちは正也とみまを見た。
二人とも陽介を肯定するようなことは言わなかったが、それでも陽介の言う通り、村人がみんな死んでいることは知っているのだ。
それが顔や態度に出ていたのだろう。
すると変化が現れた。
村人たちにとって自分たちが死んでいることを知っている人間が一人から三人に増えたためだろうか。
正也とみまの存在は、結果的に陽介の言うあと一押しとなったのだ。
じっと二人を見ていた村人だが、やがて一人の老婆がさめざめと泣きだした。
それがきっかけとなった。
しくしくと泣く者、号泣する者、黙って涙だけ流す者、頭を抱えて泣く者。
村人たちの間で、まるで伝染するかのように泣く者が増えていき、とうとう全員が泣き始めた。
陽介が高々に言った。
「やっとわかったか。手間かけさせやがって。おまえらもう死んでんだ。さっさと成仏して、村ごと消えちまえ。今すぐにだ」
村人たちは泣いていた。
正也もみまも黙ってそれを見ていた。
陽介もそれ以上何も言わず、ただ村人たちを見ていた。
すると村人の一人の姿が、すうっと消えた。
――!
正也が見ていると、一人、二人と村人たちが消えていく。
陽介が村人に言った。
「ほら、見て見ろ。お仲間は自分が死んだことを認めて、ちゃんと成仏したぜ。おまえらもいつまでも未練がましく残っていないで、さっさと成仏しろ」
すると一人、また一人と村人が次々とその姿を消していった。しばらく見ていると、とうとうそこにいた四十人以上の村人が、すべて消えてしまった。
陽介が叫ぶ。
「やったぜ。おれの思った通りだ。これでこんな村も消えて、家に帰れるぜ」
陽介がそう言った時、正也は思った。
今自分たちがいる村が消える。
するとそこにいる自分たちは、消える村にいる自分たちは、いったいどうなるのだ。
本当に村から出られるのか。
考えていると、突然にとてつもない轟音が響いてきた。
見れば山側から、高い山のような水の壁が迫ってくるのが見えた。
それは正也が初日に夢で見た、山のような質量を持つものそのものだった。
そして理解した。
村が消えると言うことは、ここが現実世界のようにダムの底に沈むと言うことなのだ。
「ひえっ!」
陽介が奇声を上げて逃げ出した。
しかし正也にはわかった。
あの水の量、そしてスピード。
とても逃げ切れられるものではない。
正也は横にいたみまを抱きしめた。
みまも正也を抱きかえした。
その二人の上に、山のように大量の水が押し寄せてきた。
「ママ、見て見て」
幼子が、女の子がそう言う。
母は娘と山の上のキャンプ場に来ていた。
娘の指さす先に、キャンプ場の下に大きなダムがあった。
そのダムの水面が、陽の光を反射して、きらきらと輝いているのだ。
「きれい」
「ほんと、きれいね」
母はそう言うと、娘の頭を愛おしそうになでた。
終
ある者は怒りの色をあらわにし、ある者は悲しみを前面に出し、ある者は明らかに戸惑いの表情を見せている。
それまでは能面のような表情しか村人の上に見たことがなかったのに。
四人の男から金属バットで殴られていた女の顔にも、ほとんど感情らしきものはみえなかったのだが。
正也が村人たちを見ていると、陽介が言った。
「こいつらの顔を見たか。やっと人間らしくなってきたぜ。ここまでになるのに、どんだけ時間がかかったことか」
そう言う陽介の声が、いつもよりはかれていることに、正也は気づいた。
体育会系で、どんなに大声を出してもかれないはずの陽介の声が。
「でももうすぐだぜ。あと一押しだ。あと少しだ。もうすぐ嫌でもこいつらは、自分が死んでいることを認めるぜ。ずっとこいつらの顔を見ていたんだ。だから俺にはわかるぜ」
みまが言う。
「陽介はこの人たちが、自分が死んでいることを認めたら、村がなくなって元に戻ると言うの?」
「そうだ。間違いない。俺を信じろ。そうしたら村から出られるぜ」
正也は考えた。
本当にそうなのだろうか。
それが正しいのだろうか。
しかし全面的に肯定はできないが、同時に否定もできないのだ。
要するにわからない。
すると陽介が村人たちに言った。
「ここにいる二人も、あんたらがもう死んでいると知ってるぜ。残念だったな。いくら認めようとしなくても、あんたらが死んでいることは、完全に確定してるんだよな」
陽介の言葉につられて、村人たちは正也とみまを見た。
二人とも陽介を肯定するようなことは言わなかったが、それでも陽介の言う通り、村人がみんな死んでいることは知っているのだ。
それが顔や態度に出ていたのだろう。
すると変化が現れた。
村人たちにとって自分たちが死んでいることを知っている人間が一人から三人に増えたためだろうか。
正也とみまの存在は、結果的に陽介の言うあと一押しとなったのだ。
じっと二人を見ていた村人だが、やがて一人の老婆がさめざめと泣きだした。
それがきっかけとなった。
しくしくと泣く者、号泣する者、黙って涙だけ流す者、頭を抱えて泣く者。
村人たちの間で、まるで伝染するかのように泣く者が増えていき、とうとう全員が泣き始めた。
陽介が高々に言った。
「やっとわかったか。手間かけさせやがって。おまえらもう死んでんだ。さっさと成仏して、村ごと消えちまえ。今すぐにだ」
村人たちは泣いていた。
正也もみまも黙ってそれを見ていた。
陽介もそれ以上何も言わず、ただ村人たちを見ていた。
すると村人の一人の姿が、すうっと消えた。
――!
正也が見ていると、一人、二人と村人たちが消えていく。
陽介が村人に言った。
「ほら、見て見ろ。お仲間は自分が死んだことを認めて、ちゃんと成仏したぜ。おまえらもいつまでも未練がましく残っていないで、さっさと成仏しろ」
すると一人、また一人と村人が次々とその姿を消していった。しばらく見ていると、とうとうそこにいた四十人以上の村人が、すべて消えてしまった。
陽介が叫ぶ。
「やったぜ。おれの思った通りだ。これでこんな村も消えて、家に帰れるぜ」
陽介がそう言った時、正也は思った。
今自分たちがいる村が消える。
するとそこにいる自分たちは、消える村にいる自分たちは、いったいどうなるのだ。
本当に村から出られるのか。
考えていると、突然にとてつもない轟音が響いてきた。
見れば山側から、高い山のような水の壁が迫ってくるのが見えた。
それは正也が初日に夢で見た、山のような質量を持つものそのものだった。
そして理解した。
村が消えると言うことは、ここが現実世界のようにダムの底に沈むと言うことなのだ。
「ひえっ!」
陽介が奇声を上げて逃げ出した。
しかし正也にはわかった。
あの水の量、そしてスピード。
とても逃げ切れられるものではない。
正也は横にいたみまを抱きしめた。
みまも正也を抱きかえした。
その二人の上に、山のように大量の水が押し寄せてきた。
「ママ、見て見て」
幼子が、女の子がそう言う。
母は娘と山の上のキャンプ場に来ていた。
娘の指さす先に、キャンプ場の下に大きなダムがあった。
そのダムの水面が、陽の光を反射して、きらきらと輝いているのだ。
「きれい」
「ほんと、きれいね」
母はそう言うと、娘の頭を愛おしそうになでた。
終
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