深き水の底に沈む

ツヨシ

文字の大きさ
37 / 37

37

しおりを挟む
四十人以上いる村人たちの表情。
ある者は怒りの色をあらわにし、ある者は悲しみを前面に出し、ある者は明らかに戸惑いの表情を見せている。
それまでは能面のような表情しか村人の上に見たことがなかったのに。
四人の男から金属バットで殴られていた女の顔にも、ほとんど感情らしきものはみえなかったのだが。
正也が村人たちを見ていると、陽介が言った。
「こいつらの顔を見たか。やっと人間らしくなってきたぜ。ここまでになるのに、どんだけ時間がかかったことか」
そう言う陽介の声が、いつもよりはかれていることに、正也は気づいた。
体育会系で、どんなに大声を出してもかれないはずの陽介の声が。
「でももうすぐだぜ。あと一押しだ。あと少しだ。もうすぐ嫌でもこいつらは、自分が死んでいることを認めるぜ。ずっとこいつらの顔を見ていたんだ。だから俺にはわかるぜ」
みまが言う。
「陽介はこの人たちが、自分が死んでいることを認めたら、村がなくなって元に戻ると言うの?」
「そうだ。間違いない。俺を信じろ。そうしたら村から出られるぜ」
正也は考えた。
本当にそうなのだろうか。
それが正しいのだろうか。
しかし全面的に肯定はできないが、同時に否定もできないのだ。
要するにわからない。
すると陽介が村人たちに言った。
「ここにいる二人も、あんたらがもう死んでいると知ってるぜ。残念だったな。いくら認めようとしなくても、あんたらが死んでいることは、完全に確定してるんだよな」
陽介の言葉につられて、村人たちは正也とみまを見た。
二人とも陽介を肯定するようなことは言わなかったが、それでも陽介の言う通り、村人がみんな死んでいることは知っているのだ。
それが顔や態度に出ていたのだろう。
すると変化が現れた。
村人たちにとって自分たちが死んでいることを知っている人間が一人から三人に増えたためだろうか。
正也とみまの存在は、結果的に陽介の言うあと一押しとなったのだ。
じっと二人を見ていた村人だが、やがて一人の老婆がさめざめと泣きだした。
それがきっかけとなった。
しくしくと泣く者、号泣する者、黙って涙だけ流す者、頭を抱えて泣く者。
村人たちの間で、まるで伝染するかのように泣く者が増えていき、とうとう全員が泣き始めた。
陽介が高々に言った。
「やっとわかったか。手間かけさせやがって。おまえらもう死んでんだ。さっさと成仏して、村ごと消えちまえ。今すぐにだ」
村人たちは泣いていた。
正也もみまも黙ってそれを見ていた。
陽介もそれ以上何も言わず、ただ村人たちを見ていた。
すると村人の一人の姿が、すうっと消えた。
――!
正也が見ていると、一人、二人と村人たちが消えていく。
陽介が村人に言った。
「ほら、見て見ろ。お仲間は自分が死んだことを認めて、ちゃんと成仏したぜ。おまえらもいつまでも未練がましく残っていないで、さっさと成仏しろ」
すると一人、また一人と村人が次々とその姿を消していった。しばらく見ていると、とうとうそこにいた四十人以上の村人が、すべて消えてしまった。
陽介が叫ぶ。
「やったぜ。おれの思った通りだ。これでこんな村も消えて、家に帰れるぜ」
陽介がそう言った時、正也は思った。
今自分たちがいる村が消える。
するとそこにいる自分たちは、消える村にいる自分たちは、いったいどうなるのだ。
本当に村から出られるのか。
考えていると、突然にとてつもない轟音が響いてきた。
見れば山側から、高い山のような水の壁が迫ってくるのが見えた。
それは正也が初日に夢で見た、山のような質量を持つものそのものだった。
そして理解した。
村が消えると言うことは、ここが現実世界のようにダムの底に沈むと言うことなのだ。
「ひえっ!」
陽介が奇声を上げて逃げ出した。
しかし正也にはわかった。
あの水の量、そしてスピード。
とても逃げ切れられるものではない。
正也は横にいたみまを抱きしめた。
みまも正也を抱きかえした。
その二人の上に、山のように大量の水が押し寄せてきた。

「ママ、見て見て」
幼子が、女の子がそう言う。
母は娘と山の上のキャンプ場に来ていた。
娘の指さす先に、キャンプ場の下に大きなダムがあった。
そのダムの水面が、陽の光を反射して、きらきらと輝いているのだ。
「きれい」
「ほんと、きれいね」
母はそう言うと、娘の頭を愛おしそうになでた。

       終
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

どうしてそこにトリックアートを設置したんですか?

鞠目
ホラー
N県の某ショッピングモールには、エントランスホールやエレベーター付近など、色んなところにトリックアートが設置されている。 先日、そのトリックアートについて設置場所がおかしいものがあると聞いた私は、わかる範囲で調べてみることにした。

それなりに怖い話。

只野誠
ホラー
これは創作です。 実際に起きた出来事はございません。創作です。事実ではございません。創作です創作です創作です。 本当に、実際に起きた話ではございません。 なので、安心して読むことができます。 オムニバス形式なので、どの章から読んでも問題ありません。 不定期に章を追加していきます。 2025/12/16:『よってくる』の章を追加。2025/12/23の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/15:『ちいさなむし』の章を追加。2025/12/22の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/14:『さむいしゃわー』の章を追加。2025/12/21の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/13:『ものおと』の章を追加。2025/12/20の朝8時頃より公開開始予定。 2025/12/12:『つえ』の章を追加。2025/12/19の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/11:『にく』の章を追加。2025/12/18の朝4時頃より公開開始予定。 2025/12/10:『うでどけい』の章を追加。2025/12/17の朝4時頃より公開開始予定。 ※こちらの作品は、小説家になろう、カクヨム、アルファポリスで同時に掲載しています。

百の話を語り終えたなら

コテット
ホラー
「百の怪談を語り終えると、なにが起こるか——ご存じですか?」 これは、ある町に住む“記録係”が集め続けた百の怪談をめぐる物語。 誰もが語りたがらない話。語った者が姿を消した話。語られていないはずの話。 日常の隙間に、確かに存在した恐怖が静かに記録されていく。 そして百話目の夜、最後の“語り手”の正体が暴かれるとき—— あなたは、もう後戻りできない。 ■1話完結の百物語形式 ■じわじわ滲む怪異と、ラストで背筋が凍るオチ ■後半から“語られていない怪談”が増えはじめる違和感 最後の一話を読んだとき、

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

意味が分かると怖い話(解説付き)

彦彦炎
ホラー
一見普通のよくある話ですが、矛盾に気づけばゾッとするはずです 読みながら話に潜む違和感を探してみてください 最後に解説も載せていますので、是非読んでみてください 実話も混ざっております

今日の怖い話

海藤日本
ホラー
出来るだけ毎日怖い話やゾッとする話を投稿します。 一話完結です。暇潰しにどうぞ!

女帝の遺志(第二部)-篠崎沙也加と女子プロレスラーたちの物語

kazu106
大衆娯楽
勢いを増す、ブレバリーズ女子部と、直美。 率いる沙也加は、自信の夢であった帝プロマット参戦を直美に託し、本格的に動き出す。 一方、不振にあえぐ男子部にあって唯一、気を吐こうとする修平。 己を見つめ直すために、女子部への入部を決意する。 が、そこでは現実を知らされ、苦難の道を歩むことになる。 志桜里らの励ましを受けつつ、ひたすら練習をつづける。 遂に直美の帝プロ参戦が、現実なものとなる。 その壮行試合、沙也加はなんと、直美の相手に修平を選んだのであった。 しかし同時に、ブレバリーズには暗い影もまた、歩み寄って来ていた。

処理中です...