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「そうです。並木さんのことはご存知ですね」
「もちろん知っているとも。あの日もいっしょにサーフィンをしてたんだ」
「あの日と言いますと?」
大道は、あの日の意味がわかったが、とぼけてみた。
このほうが相手が説明する体勢になるので、より多くのことを聞ける場合があるからだ。
「あの日だよ。並木さんがサメを見たと騒いだ日だね。仲間うちでは有名な話でね、みんなあの日と言えばそれで通るんだ。ここ最近では、最大のイベントだったね」
「そうですか」
「みんなで朝イチに出かけてね。海に着いたのは十時を過ぎていたけど、それから三十分もしないうちに並木さんが「サメだ。サメだ。サメだ」と連呼しだして、そのまま浜に上がったきりさ。その後夕方近くまでサーフィンやったけど、誰もサメなんか見なかったし、並木さんも海に入ろうとはしなかった。みんなで何度となく誘ったんだけど。並木さんが密かに。密かにと言ってもみんな知っているけど。並木さん、隠しているつもりなんだろうけど、想いっきり顔に出ていたからね。その並木さんお気に入りの女の子にも声をかけてもらったんだけどね。あの子は並木さんがあんまり好きではない、というか嫌っていたんで、自主的に声をかけようとはしなかったから、そこはみんなでお願いして声をかけてもらったんだけど、それでも海には入らなかったな。びびりにも程があると、後でみんなで大笑いさ」
「そうでしたか。ところで並木さんがサメを怖がったことは、みんな知っているんですよね」
「あったりまえでしょ。こんな面白い話、広まらないわけがない。あのおっさん、いもしないサメを怖がって、サーフィンやめちゃったぜ、ってね。もう噂がサーフィン業界を駆け巡りまくってね。ネットで北海道から九州の人間にまで広まったよ」
――そんなにも広まっているのか。
そこまで広まっていると、容疑者の数が増えすぎて困る。と言う考えが一瞬大道の脳裏をかすめたが、すぐに否定した。
殺人、それもやり方はいまだ不明だが、かなり手の込んだ方法で人を殺しているのだから、並木と直接面識のない人間がやったとは考えにくい。
やはり犯人はこのシー・オブ・クィーンの常連と見るのが、常等であろう。
目の前のおつむの軽い男は、どうも違うような気がするが。
「じゃあもういいかな。もう帰りたいんで」
「ええ、いいですよ。ありがとうございました」
「じゃあ」
男はそのまま車に乗り込むと、どこかへ走り去った。
夕方、もう一人の客がやって来た。
その男は並木と同い年くらいで並木とは当然面識はあったが、あの日のサーフィンには参加していなかった。
ただそれとは別の情報を提供してくれた。
「並木さんが、みんな来いよと何度も誘うもんだから、ほぼ毎週のように土曜日の夜に並木さんのマンションで騒いでいましたね」
大道がマンションの住人から聞いた話だ。
「それで、近所の人は苦情を言って来なかったんですか?」
「そりゃあ言って来ましたよ。私が参加したのは二回だけですけど。二回とも誰かが苦情を言って来ましたね。二回目の時は、三人が入れ替わり立ち代りで言って来ました。そこで並木さんに、もっと静かにしようとか、もうやめようとか言ったんですけど、並木さんは、大丈夫大丈夫としか言わなくて。参加者はみんな私よりも若いし、お酒も入っているもんで、そうだそうだ、みたいな感じになってしまって。私はあれ以来参加していませんが。私だけでなくて、週末の並木家ホームパーティは、だんだん参加者が減っていったみたいですね。やっぱりいつも誰かが苦情を言いに来ることは、お酒が抜けたらみんな多少は気にしていたみたいですし。まあ気にするのが当然ですけど。参加者が減りだしたら並木さんの誘いがどんどん強引になってきて。それでみんながよけいに敬遠するようになって。並木さん、なんにしても強引で勝手なところがありましたからね。ようは人望がなかったということですか。日ごろの行いって大切ですから」
「そうですか」
一見穏やかに話を進めるこの男に、はっきりとした言葉や感情はなかったが、大道は記者のカンで気がついた。
この男が並木をそうとう嫌っているということを。
この男から、それ以上の情報は得られなかった。
その日客は、この二人だけだった。
三日間張り込んで計十一人から話を聞いたが、どれも同じような内容だった。
同じ人間のことを聞いているのだから、そうなっても不思議はないのだが。
一つだけ違っていたのは最後の十一人目の男。聞いた中では一番若いと思われた男が言ったことだ。
「そんなわけで並木さんは、ただでさえ普段からあまりよくは思われていなかったのに、ともちゃんのことで余計に評判落としていたからね。サーフィンしなくなって、せいせいしたわ」
「ともちゃんとは?」
「みんなのアイドルですよ。そのなかでも並木さんが特に入れあげていたんだけど、ともちゃんのほうは並木さんのことをよく思っていなかったなあ。なのに並木さんは「ともちゃんは俺にほれている」なんてことを回りに言いふらしていたから。当然それはともちゃんの耳にも入って。よけいに嫌われちゃったから。バカだよねえ。ほんと正真正銘のバカ。ともちゃんの彼氏なんか、普段はとっても温厚な人なのに、まわりがびっくりするくらいに起こっていたからねえ」
「ともちゃんの彼氏とは」
「山上さんですよ。口数は少ないけど、結構人気があってね。人徳というやつかな。並木さんとは正反対の人だよね。ともちゃんが好きになるのもわかるような気がするなあ。僕もともちゃんは気に入っていたんで、ちょっぴり悔しいけど」
「そうですか」
「そんなわけで、並木さんはバカだから気がついていなかったけど、うちらの仲間内ではかなり浮いていたなあ。サメ怖い騒ぎがなかったとしても、そのうち総スカン食らっていたと思うよ。並木さんがサーフィンやめると言ったとき、社交辞令はともかく本気で止めた人は一人もいなかったなあ」
「なるほど」
この年の割には横柄な印象を受けた男も、一応終り。
大道は、山上という男のことが気になった。
「もちろん知っているとも。あの日もいっしょにサーフィンをしてたんだ」
「あの日と言いますと?」
大道は、あの日の意味がわかったが、とぼけてみた。
このほうが相手が説明する体勢になるので、より多くのことを聞ける場合があるからだ。
「あの日だよ。並木さんがサメを見たと騒いだ日だね。仲間うちでは有名な話でね、みんなあの日と言えばそれで通るんだ。ここ最近では、最大のイベントだったね」
「そうですか」
「みんなで朝イチに出かけてね。海に着いたのは十時を過ぎていたけど、それから三十分もしないうちに並木さんが「サメだ。サメだ。サメだ」と連呼しだして、そのまま浜に上がったきりさ。その後夕方近くまでサーフィンやったけど、誰もサメなんか見なかったし、並木さんも海に入ろうとはしなかった。みんなで何度となく誘ったんだけど。並木さんが密かに。密かにと言ってもみんな知っているけど。並木さん、隠しているつもりなんだろうけど、想いっきり顔に出ていたからね。その並木さんお気に入りの女の子にも声をかけてもらったんだけどね。あの子は並木さんがあんまり好きではない、というか嫌っていたんで、自主的に声をかけようとはしなかったから、そこはみんなでお願いして声をかけてもらったんだけど、それでも海には入らなかったな。びびりにも程があると、後でみんなで大笑いさ」
「そうでしたか。ところで並木さんがサメを怖がったことは、みんな知っているんですよね」
「あったりまえでしょ。こんな面白い話、広まらないわけがない。あのおっさん、いもしないサメを怖がって、サーフィンやめちゃったぜ、ってね。もう噂がサーフィン業界を駆け巡りまくってね。ネットで北海道から九州の人間にまで広まったよ」
――そんなにも広まっているのか。
そこまで広まっていると、容疑者の数が増えすぎて困る。と言う考えが一瞬大道の脳裏をかすめたが、すぐに否定した。
殺人、それもやり方はいまだ不明だが、かなり手の込んだ方法で人を殺しているのだから、並木と直接面識のない人間がやったとは考えにくい。
やはり犯人はこのシー・オブ・クィーンの常連と見るのが、常等であろう。
目の前のおつむの軽い男は、どうも違うような気がするが。
「じゃあもういいかな。もう帰りたいんで」
「ええ、いいですよ。ありがとうございました」
「じゃあ」
男はそのまま車に乗り込むと、どこかへ走り去った。
夕方、もう一人の客がやって来た。
その男は並木と同い年くらいで並木とは当然面識はあったが、あの日のサーフィンには参加していなかった。
ただそれとは別の情報を提供してくれた。
「並木さんが、みんな来いよと何度も誘うもんだから、ほぼ毎週のように土曜日の夜に並木さんのマンションで騒いでいましたね」
大道がマンションの住人から聞いた話だ。
「それで、近所の人は苦情を言って来なかったんですか?」
「そりゃあ言って来ましたよ。私が参加したのは二回だけですけど。二回とも誰かが苦情を言って来ましたね。二回目の時は、三人が入れ替わり立ち代りで言って来ました。そこで並木さんに、もっと静かにしようとか、もうやめようとか言ったんですけど、並木さんは、大丈夫大丈夫としか言わなくて。参加者はみんな私よりも若いし、お酒も入っているもんで、そうだそうだ、みたいな感じになってしまって。私はあれ以来参加していませんが。私だけでなくて、週末の並木家ホームパーティは、だんだん参加者が減っていったみたいですね。やっぱりいつも誰かが苦情を言いに来ることは、お酒が抜けたらみんな多少は気にしていたみたいですし。まあ気にするのが当然ですけど。参加者が減りだしたら並木さんの誘いがどんどん強引になってきて。それでみんながよけいに敬遠するようになって。並木さん、なんにしても強引で勝手なところがありましたからね。ようは人望がなかったということですか。日ごろの行いって大切ですから」
「そうですか」
一見穏やかに話を進めるこの男に、はっきりとした言葉や感情はなかったが、大道は記者のカンで気がついた。
この男が並木をそうとう嫌っているということを。
この男から、それ以上の情報は得られなかった。
その日客は、この二人だけだった。
三日間張り込んで計十一人から話を聞いたが、どれも同じような内容だった。
同じ人間のことを聞いているのだから、そうなっても不思議はないのだが。
一つだけ違っていたのは最後の十一人目の男。聞いた中では一番若いと思われた男が言ったことだ。
「そんなわけで並木さんは、ただでさえ普段からあまりよくは思われていなかったのに、ともちゃんのことで余計に評判落としていたからね。サーフィンしなくなって、せいせいしたわ」
「ともちゃんとは?」
「みんなのアイドルですよ。そのなかでも並木さんが特に入れあげていたんだけど、ともちゃんのほうは並木さんのことをよく思っていなかったなあ。なのに並木さんは「ともちゃんは俺にほれている」なんてことを回りに言いふらしていたから。当然それはともちゃんの耳にも入って。よけいに嫌われちゃったから。バカだよねえ。ほんと正真正銘のバカ。ともちゃんの彼氏なんか、普段はとっても温厚な人なのに、まわりがびっくりするくらいに起こっていたからねえ」
「ともちゃんの彼氏とは」
「山上さんですよ。口数は少ないけど、結構人気があってね。人徳というやつかな。並木さんとは正反対の人だよね。ともちゃんが好きになるのもわかるような気がするなあ。僕もともちゃんは気に入っていたんで、ちょっぴり悔しいけど」
「そうですか」
「そんなわけで、並木さんはバカだから気がついていなかったけど、うちらの仲間内ではかなり浮いていたなあ。サメ怖い騒ぎがなかったとしても、そのうち総スカン食らっていたと思うよ。並木さんがサーフィンやめると言ったとき、社交辞令はともかく本気で止めた人は一人もいなかったなあ」
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大道は、山上という男のことが気になった。
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