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「と、言いますと」
「和子にも原因がある。和子は子供の頃に父親に暴力を振るわれていて、強いトラウマがあった。だから正二がなにかのはずみで暴力を振るったときに、怖がるばかりで反抗的な態度をなにも取れなかったみたいだな。正二は子供のときから暴力やいじめを受けていたタイプの人間だ。そんな奴が暴力を受けても抵抗しない人間を見つけてしまったんだ。善人ならそれでも暴力を振るったりはしないだろうが、正二は十分に心が捻じ曲がっていたから、裏返ったんだろうな」
「裏返った……ですか」
「反動と言ったほうがわかりやすいか。今は子供の頃からの長年の鬱積を晴らせる環境であることに、あの男は気づいてしまったんだな。それからほぼ毎日のように暴力を振るうようになったみたいだぜ」
「娘にもですかね」
近田は少し嫌そうな顔をした。
大道は知っていた。
近田は大人には容赦がないところがあるが、この顔でけっこう子供好きなのだ。
大道が娘のことを聞いてきたが、それを答えるにはいろんなものが心に引っかかるのだろう。
でも近田はちゃんと答えてくれた。
「ああ。娘の好子は今八歳だ。父親が死んだのは二年前。父親による暴力が始まったのは、その二年前くらいだと思われる。つまり好子は四歳のときから父親の暴力を受けていたことになるな」
――四歳だって!
大道は絶句しそうになった。
四歳の女の子が、身体だけは人並み以上に大きな正二の暴力を受けていたとは。
考えただけでぞっとする。
「近所の人におかしいと思った人がいたんだろうな。匿名で児童保護施設に通報があった。それでいろいろと調査はしたんだが、母親も娘も「暴力はない」「ちょっと転んだ」などと言い張ったので、結局手を出すことが出来なかった。正二の暴力を認めたのは、正二が死んでからだ。それだけ正二が怖かったんだろうな、和子は。と言うよりも、和子自身の幼いときのトラウマが、それだけ強かったんだろう。娘の好子については言うまでもない。父親に逆らって真実を述べるには、まだ幼すぎた」
「そうですか。そんなことがあったんですね」
「そんなわけで和子を第一容疑者にしたんだが、正二の死体は県外で見つかった。そして和子は死亡推定時刻には、ご近所恒例のお茶会に顔を出していたんだ。ママ友会とかいうらいいが。死亡推定時刻にはいくらか幅があるが、どの時間にしても和子が正二を殺すことは不可能だった。そして第一容疑者は、あっと言う間に捜査の対象から外された」
「そうだったんですね」
「もちろん和子が誰かに頼んで夫を殺した、という線も洗ってみたそうだが、それに該当するような人物は誰一人浮かんでこなかったそうだ」
「それで、未だに犯人が見つかってないと」
「正二が殺された場所の近辺に、正二と面識のある人物が一人も見つからなくてね。なんであんなところに行ったのか、今でも謎なんだな。犯人が連れて行った可能性もあるが、なぜあそこなのかがわからない。人里離れた山の奥深くというならともかく、個人の畑だぞ。すぐに見つかるに決まっているのに。犯行を隠す気がないと言うなら、わざわざあんなところで殺す理由が不明だ。そんなこんなで正二の周りからは、黒と呼べる人間は一人もいなかったんだ」
「そうですか。ところで一つ借りがありましたね」
「ああ。返してくれるのかい」
「ええ。正木正二が骨折を嫌がっていたのは知っていますよか」
近田が軽く笑った。
「もちろん知っているさ。だからわざわざあんな殺し方をしたんだろうな。ただの嫌がらせにしては手がこみすぎているがな。そんな情報では借りは返せんぞ。残念だけどな」
「では並木がサメを怖がっていたことは」
「もちろん知っているさ。サーフィン仲間の間では有名な話だからな」
「では生田はどうですか。高いところを怖がっていたとか」
「そんな話は聞いていないな。小峠もなにも言っていなかったし。親族に話を聞きに行ったことは、本間から密かに聞いてはいるが」
「そうですか。実は生田は高いところを、高いところから落ちて死ぬことを、異常なまでに怖がっていたそうです。生田の親族から聞いた話ですから、間違いはないですよ」
近田の眉間にしわがよった。
「なんだと! 小峠のやろう、親族から聞いて知っていたのに、黙ってたな。今度会ったら後ろからとび蹴りかましてやる。あと、今後一切俺に隠し事をするなと、きつく言ってやるからな」
「近田さん、これで貸し借りなしというのは、どうでしょうか」
「うーん、正直情報としては薄いな。はなから予想はついていたし。衝撃の新事実には程遠い。しかし小峠の悪行がわかったから、今回だけは特別に認めてやる」
「ありがとうございます」
「和子にも原因がある。和子は子供の頃に父親に暴力を振るわれていて、強いトラウマがあった。だから正二がなにかのはずみで暴力を振るったときに、怖がるばかりで反抗的な態度をなにも取れなかったみたいだな。正二は子供のときから暴力やいじめを受けていたタイプの人間だ。そんな奴が暴力を受けても抵抗しない人間を見つけてしまったんだ。善人ならそれでも暴力を振るったりはしないだろうが、正二は十分に心が捻じ曲がっていたから、裏返ったんだろうな」
「裏返った……ですか」
「反動と言ったほうがわかりやすいか。今は子供の頃からの長年の鬱積を晴らせる環境であることに、あの男は気づいてしまったんだな。それからほぼ毎日のように暴力を振るうようになったみたいだぜ」
「娘にもですかね」
近田は少し嫌そうな顔をした。
大道は知っていた。
近田は大人には容赦がないところがあるが、この顔でけっこう子供好きなのだ。
大道が娘のことを聞いてきたが、それを答えるにはいろんなものが心に引っかかるのだろう。
でも近田はちゃんと答えてくれた。
「ああ。娘の好子は今八歳だ。父親が死んだのは二年前。父親による暴力が始まったのは、その二年前くらいだと思われる。つまり好子は四歳のときから父親の暴力を受けていたことになるな」
――四歳だって!
大道は絶句しそうになった。
四歳の女の子が、身体だけは人並み以上に大きな正二の暴力を受けていたとは。
考えただけでぞっとする。
「近所の人におかしいと思った人がいたんだろうな。匿名で児童保護施設に通報があった。それでいろいろと調査はしたんだが、母親も娘も「暴力はない」「ちょっと転んだ」などと言い張ったので、結局手を出すことが出来なかった。正二の暴力を認めたのは、正二が死んでからだ。それだけ正二が怖かったんだろうな、和子は。と言うよりも、和子自身の幼いときのトラウマが、それだけ強かったんだろう。娘の好子については言うまでもない。父親に逆らって真実を述べるには、まだ幼すぎた」
「そうですか。そんなことがあったんですね」
「そんなわけで和子を第一容疑者にしたんだが、正二の死体は県外で見つかった。そして和子は死亡推定時刻には、ご近所恒例のお茶会に顔を出していたんだ。ママ友会とかいうらいいが。死亡推定時刻にはいくらか幅があるが、どの時間にしても和子が正二を殺すことは不可能だった。そして第一容疑者は、あっと言う間に捜査の対象から外された」
「そうだったんですね」
「もちろん和子が誰かに頼んで夫を殺した、という線も洗ってみたそうだが、それに該当するような人物は誰一人浮かんでこなかったそうだ」
「それで、未だに犯人が見つかってないと」
「正二が殺された場所の近辺に、正二と面識のある人物が一人も見つからなくてね。なんであんなところに行ったのか、今でも謎なんだな。犯人が連れて行った可能性もあるが、なぜあそこなのかがわからない。人里離れた山の奥深くというならともかく、個人の畑だぞ。すぐに見つかるに決まっているのに。犯行を隠す気がないと言うなら、わざわざあんなところで殺す理由が不明だ。そんなこんなで正二の周りからは、黒と呼べる人間は一人もいなかったんだ」
「そうですか。ところで一つ借りがありましたね」
「ああ。返してくれるのかい」
「ええ。正木正二が骨折を嫌がっていたのは知っていますよか」
近田が軽く笑った。
「もちろん知っているさ。だからわざわざあんな殺し方をしたんだろうな。ただの嫌がらせにしては手がこみすぎているがな。そんな情報では借りは返せんぞ。残念だけどな」
「では並木がサメを怖がっていたことは」
「もちろん知っているさ。サーフィン仲間の間では有名な話だからな」
「では生田はどうですか。高いところを怖がっていたとか」
「そんな話は聞いていないな。小峠もなにも言っていなかったし。親族に話を聞きに行ったことは、本間から密かに聞いてはいるが」
「そうですか。実は生田は高いところを、高いところから落ちて死ぬことを、異常なまでに怖がっていたそうです。生田の親族から聞いた話ですから、間違いはないですよ」
近田の眉間にしわがよった。
「なんだと! 小峠のやろう、親族から聞いて知っていたのに、黙ってたな。今度会ったら後ろからとび蹴りかましてやる。あと、今後一切俺に隠し事をするなと、きつく言ってやるからな」
「近田さん、これで貸し借りなしというのは、どうでしょうか」
「うーん、正直情報としては薄いな。はなから予想はついていたし。衝撃の新事実には程遠い。しかし小峠の悪行がわかったから、今回だけは特別に認めてやる」
「ありがとうございます」
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