闇の中の黒い闇

ツヨシ

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虐待を受けていた人間が、逆に虐待する側に落ちるという話は、本間も聞いたことがあった。

しかしそれが自分の目の前で展開されることになるとは、全く考えていなかった。

何十発殴っただろうか。

ようやく和子の攻撃が止まった。

好子はぐったりとして動かなかった。

そんな好子を一瞥してから、和子は夕食の後片付けに向かった。

好子はそのままぴくりとも動かなかった。

物心つく前から父親から虐待を受けていたという好子。

その父親が殺されて、平穏な生活をやっと手に入れたかと思ったのもつかの間、今度は母親の暴力が始まったのだ。

本間はそのまま見ていた。

母親の姿は消え、好子は動かない。

――まったく、なんてことだ。

本間が望遠鏡から目を逸らそうとしたとき、好子が顔を上げた。

そして本間のほうを見た。

それは以前見た、顔だけこっちを向いている状態で、本間にピントは合っていなかった。

本間は好子の目を見た。

眠たげでけだるそうで、どこを見ているのかわからない目だった。

――こっちは見ていないな。うん、こっちは見ていない。こっちは……見ていない。

本間はまるでなにかに取り付かれでもしたかのように、好子を凝視していた。

好子は相変わらず、ぼやけた目で顔だけを本間のほうに向けていた。

――やっぱり俺を見ているわけではないな。うん、こっちは見ていない。こっちは見ていない。こっちは……。

本間の身体をなにかの衝撃が貫いた。

頭のてっぺんから足のつま先まで、身体中のいたるところがそれを強く感じた。

本間は玄関までの短い距離を全力で走り、そのまま部屋の外に出た。

――こ、こんなことがあるなんて。信じられん!

本間は走り続け、どこかへと姿を消した。


近田が署に顔を出すと、ちょっとした騒ぎになっていた。

声を荒げているのは小峠だった。

近田は何事もなかったかのように小峠に近づくと言った。

「おい、どうした」

小峠が振り返り、ぶっきらぼうに言った。

「ああ、本間のやろうが急に「今回の殺人事件の担当から外してくれ」とか言い出したんだ。もちろんすんなりと「はいそうですか」なんて言うわけがない。文句を言ったらあいつ、署長に直訴しやがった。署長もでかいカミナリを落としたそうだが、本間はまったく引くことなく、今度は「担当を外してくれないのなら、刑事を辞めます」とか言いだしたんだ」

「刑事をやめるって、言ったのか?」

「だからそう言っただろう。これはさすがの署長も慌てたみたいだ。今度はなだめにかかったそうだが、本間のほうは「担当を外せ」の一点張りだ」

「で、どうなった」

小峠は苦虫を噛み潰したような顔をした。

「今度は署長にゲンさんも加わって、三者会議中だ」
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