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――どうしようか?
迷ったが、そのままにしてすむような顔を女はしていない。
桜井は不審者の塊のような女が目の前にいるドアを開けた。
「突然のことでさぞびっくりしただろう。私は本部いくえという者だ。おぬしに少し大事な話があってな」
見た目は目つき以外、どこにでもいる中年女性だが、そのしゃべり方は男に近かった。
「話ってなんですか?」
「おぬし、妹の仇を打ちたくはないか」
「妹の!」
あまりのことに桜井は驚いた。
桜井はテレビのニュースでも取り上げられているので、自分のことを知っている人間は多い。
そして当然のことながら妹のことも。
でも問題はそこではない。
この女は仇を打ちたくはないかといったのだ。
それは妹が自殺ではなく誰かに殺されたもので、そのうえこの女はそいつを知っているということになる。
「妹の仇! それは誰ですか?」
「びらん」
「びらん?」
「少し長い話になるが、いいかな」
「どうぞ。ぜひ詳しく聞きたいです」
「うむ。詳しく聞かせよう」
――この女、眼力といい雰囲気といい、妙な迫力があるな。
桜井は言った。
「妹の仇とは。びらんとはなんですか?」 本部は先ほどとはうって変わった落ち着いた目になり、とても穏やかに話を始めた。
「その昔、青森に百人ちょっとの小さな集落があった。その百人を超えるくらいの集落で、半年の間に七人もの転落死が出た。事故と言われたり自殺と言われたりしたものだが、七人がみんな高いところから落ちて死んだことにはかわりがない」
「七人が転落死ですか……」
「そう。このマンションでも同じようなことが起こっているな」
「ええ」
「その話を聞きつけた青森のとある神社の神主が、その集落を調べたんだな。するととんでもない悪霊がいることに気づいた。そしてその名もわかった。集落の人は、そいつをびらんと呼んでいたんだ」
「そいつが今このマンションに」
「そういうことだ。神主は粘り強く調査したが、あまり進展はなかったようだ。それはこの集落の人が、びらんについて多くを語ろうとはしなかったからだ。びらんとはどんな漢字を書くのかも、とにかく口頭で聞いただけなのでわからなかった。それでもなんとか少しはわかった。この集落に親子がいた。まだ若い母親と三歳くらいの少女が。その親子になにかがあった。なにかはわからないが、悲劇的で不幸なことだと思えるが。そしてその二人がびらんとなって、集落の人に災いをなした。つまり七人を殺したんだな」
「……」
「それ以上はどんなに調べてもわからなかったそうだ。しかし幸いなことに、その神主には人並外れた霊力があった。そしてびらんと対峙し、木箱に封印したんだ」
「びらんは封印されたんですか?」
「そうその時はな。しかしおぬしも知っている通り、今このマンションにはびらんがいる。詳しいことは言えんが、このマンションでびらんの封印を解いた者がいるんだ」
桜井は聞き入っていた。
その表情、語り口。
誰に何を言っても信じさせるような不思議な力がこの女には宿っていた。
言っている内容は、まるでどこかの怪談話のようで、現実離れもおびただしい。
なのにその話を桜井は信じ始めている。
桜井が真剣なまなざしで本部を見ていると、本部が言った。
「びらんの話はこれで終わりだ。で、最初の話に戻るが」
「妹の仇、ですよね」
「そうだ。わしとあと数人でびらんを封印する。それにおぬしも参加してほしいんだ」
「私が、ですか?」
「そう。何度も言うが妹の仇をうちたくはないか」
「うちたいです」
本部は笑った。
「その目、その顔。いい顔だ。決意も十分とみた。これなら大丈夫だな」
「私には霊能力なんてありませんが」
桜井がそう言うと、本部は再び笑った。
「霊能力というのは実は誰にでもあるものだ。その存在と使い方を知らないだけで。もちろん天性の分というものがあって、その生まれによって力の差は違うが、人間が体を鍛えるように鍛えることも可能だ。そして霊能力を使えない人でも、それに近い力を使うことができる」
「できる……私がですか?」
本部は桜井の目をじっと見た。
「できる。想いだよ。びらんの呪いもおそらく恨みの念によるものだ。つまり想いだ。想いに対抗するにはこちらも想いをぶつけてやればいい。妹に対する愛情。びらんに対する恨み。そういった想いが強ければ、びらんの呪いに対抗できる力となりうる。ただ気を付けなければならないことがあるが」
「気を付けなければならないこと?」
「びらんを怖がらないこと。そして途中で諦めないこと。この二つだな。恐怖は想いを消し去る。そして諦めたらその途端、想いは消える。つまり無力になる。そるとびらんのやりたい放題だ。それだけは避けなければならない」
「そうですか……」
本部は桜井の顔を覗き込んだ。
「うん、心配かな。心配する必要はないぞ。私が見たところ、桜井さんの妹に対する愛情は本物だ。だからびらんを怖がったり、途中で封印を諦めることなんてないだろう。でもその二つはとにかく伝えておかないと思ったから、一応伝えてみたまでだ。桜井さんならまず大丈夫だ。自信を持ちなさい」
「そうですか」
「じゃあわかったようだから、これから行こう」
「行こう。どこへですか。封印をしに行くんですか?」
「いやもう一人の仲間を誘うんだ」
「もう一人の仲間?」
「大場さや。死んだ岡田たまきの妹だ。今、姉が死んだ部屋に住んでいる」
聞いたことがある。
桜井は思った。
少し前に噂になった女だ。
そうかあの女は岡田たまきの妹だったのか。
迷ったが、そのままにしてすむような顔を女はしていない。
桜井は不審者の塊のような女が目の前にいるドアを開けた。
「突然のことでさぞびっくりしただろう。私は本部いくえという者だ。おぬしに少し大事な話があってな」
見た目は目つき以外、どこにでもいる中年女性だが、そのしゃべり方は男に近かった。
「話ってなんですか?」
「おぬし、妹の仇を打ちたくはないか」
「妹の!」
あまりのことに桜井は驚いた。
桜井はテレビのニュースでも取り上げられているので、自分のことを知っている人間は多い。
そして当然のことながら妹のことも。
でも問題はそこではない。
この女は仇を打ちたくはないかといったのだ。
それは妹が自殺ではなく誰かに殺されたもので、そのうえこの女はそいつを知っているということになる。
「妹の仇! それは誰ですか?」
「びらん」
「びらん?」
「少し長い話になるが、いいかな」
「どうぞ。ぜひ詳しく聞きたいです」
「うむ。詳しく聞かせよう」
――この女、眼力といい雰囲気といい、妙な迫力があるな。
桜井は言った。
「妹の仇とは。びらんとはなんですか?」 本部は先ほどとはうって変わった落ち着いた目になり、とても穏やかに話を始めた。
「その昔、青森に百人ちょっとの小さな集落があった。その百人を超えるくらいの集落で、半年の間に七人もの転落死が出た。事故と言われたり自殺と言われたりしたものだが、七人がみんな高いところから落ちて死んだことにはかわりがない」
「七人が転落死ですか……」
「そう。このマンションでも同じようなことが起こっているな」
「ええ」
「その話を聞きつけた青森のとある神社の神主が、その集落を調べたんだな。するととんでもない悪霊がいることに気づいた。そしてその名もわかった。集落の人は、そいつをびらんと呼んでいたんだ」
「そいつが今このマンションに」
「そういうことだ。神主は粘り強く調査したが、あまり進展はなかったようだ。それはこの集落の人が、びらんについて多くを語ろうとはしなかったからだ。びらんとはどんな漢字を書くのかも、とにかく口頭で聞いただけなのでわからなかった。それでもなんとか少しはわかった。この集落に親子がいた。まだ若い母親と三歳くらいの少女が。その親子になにかがあった。なにかはわからないが、悲劇的で不幸なことだと思えるが。そしてその二人がびらんとなって、集落の人に災いをなした。つまり七人を殺したんだな」
「……」
「それ以上はどんなに調べてもわからなかったそうだ。しかし幸いなことに、その神主には人並外れた霊力があった。そしてびらんと対峙し、木箱に封印したんだ」
「びらんは封印されたんですか?」
「そうその時はな。しかしおぬしも知っている通り、今このマンションにはびらんがいる。詳しいことは言えんが、このマンションでびらんの封印を解いた者がいるんだ」
桜井は聞き入っていた。
その表情、語り口。
誰に何を言っても信じさせるような不思議な力がこの女には宿っていた。
言っている内容は、まるでどこかの怪談話のようで、現実離れもおびただしい。
なのにその話を桜井は信じ始めている。
桜井が真剣なまなざしで本部を見ていると、本部が言った。
「びらんの話はこれで終わりだ。で、最初の話に戻るが」
「妹の仇、ですよね」
「そうだ。わしとあと数人でびらんを封印する。それにおぬしも参加してほしいんだ」
「私が、ですか?」
「そう。何度も言うが妹の仇をうちたくはないか」
「うちたいです」
本部は笑った。
「その目、その顔。いい顔だ。決意も十分とみた。これなら大丈夫だな」
「私には霊能力なんてありませんが」
桜井がそう言うと、本部は再び笑った。
「霊能力というのは実は誰にでもあるものだ。その存在と使い方を知らないだけで。もちろん天性の分というものがあって、その生まれによって力の差は違うが、人間が体を鍛えるように鍛えることも可能だ。そして霊能力を使えない人でも、それに近い力を使うことができる」
「できる……私がですか?」
本部は桜井の目をじっと見た。
「できる。想いだよ。びらんの呪いもおそらく恨みの念によるものだ。つまり想いだ。想いに対抗するにはこちらも想いをぶつけてやればいい。妹に対する愛情。びらんに対する恨み。そういった想いが強ければ、びらんの呪いに対抗できる力となりうる。ただ気を付けなければならないことがあるが」
「気を付けなければならないこと?」
「びらんを怖がらないこと。そして途中で諦めないこと。この二つだな。恐怖は想いを消し去る。そして諦めたらその途端、想いは消える。つまり無力になる。そるとびらんのやりたい放題だ。それだけは避けなければならない」
「そうですか……」
本部は桜井の顔を覗き込んだ。
「うん、心配かな。心配する必要はないぞ。私が見たところ、桜井さんの妹に対する愛情は本物だ。だからびらんを怖がったり、途中で封印を諦めることなんてないだろう。でもその二つはとにかく伝えておかないと思ったから、一応伝えてみたまでだ。桜井さんならまず大丈夫だ。自信を持ちなさい」
「そうですか」
「じゃあわかったようだから、これから行こう」
「行こう。どこへですか。封印をしに行くんですか?」
「いやもう一人の仲間を誘うんだ」
「もう一人の仲間?」
「大場さや。死んだ岡田たまきの妹だ。今、姉が死んだ部屋に住んでいる」
聞いたことがある。
桜井は思った。
少し前に噂になった女だ。
そうかあの女は岡田たまきの妹だったのか。
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