郵便受けの中

ツヨシ

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郵便受けの中

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 「一日目」


ある日、俺のもとに一通の手紙が届いていた。

封筒には差出人の住所も名前もなく、表に俺の名前だけが黒々と太い字で書かれてあった。

切手もどこにも見当たらない。

どうやらこれは、郵便受けの中に直接放り込んだものらしい。

「誰からだろう?」

不審に思いながら中を開けると、そこには小さな紙が一枚入っているだけだった。

それにはただ、数字の「5」とだけ書かれてある。

「何だ? これは」

たぶん近所の子供のいたずらだろうと思い、さして気にもとめなかった。



 「二日目」


次の日仕事から帰ってくると、また郵便受けの中に手紙が入っていた。

昨日と同じ封筒に同じ筆跡で、やはり俺の名だけが書かれている。

そして中には「4」と書かれた小さな紙が入っていた。

「……」



 「三日目」


次の日も同じ手紙が郵便受けに入っていた。

そこには「3」と書かれた紙が一枚入っていた。




こうなると俺もいささか薄気味悪くなってきた。

幸い明日は仕事が休みである。

誰がこんな変なものをよこしてくるのか、つきとめてろうかと考えはじめた。

やがてそれが――何が何でもつきとめてやる! ――に変わるまでに、それほど時間はかからなかった。

とは言っても、一日中郵便受けの前で待ち伏せしているわけにもいかない。

それに俺がいたのでは、手紙を放り込むやつが俺に気がついて、逃げだしてしまうかもしれない。

そこでおれはビデオカメラを使うことにした。



 「四日目」


俺はカメラを二階のベランダに備え付けた。

ここからだと郵便受けが、死角なくすべて見える。

そして百八十分テープを二倍速で回した。

これでカメラは六時間郵便受けを撮り続けることになる。

俺は何事もなかったようにふらり町に出かけて行き、映画を一本見て、ゆっくりと食事をしてから家に帰った。



郵便受けを見ると、中にあの手紙が入っていた。

中には予想通り「2」と書かれた紙が入っている。

薄ら笑いが自然にこみ上げてくる。

俺は家の中に入り、そしてビデオを見た。



途中早送り再生もしたが、朝までかかって何度も何度も見直した。

間違いない。

自信をもって言う。

見落としなど絶対にない! 

しかしビデオは、郵便受けに近づいた人間が誰一人いなかったことを、明確に告げていた。



 「五日目」


これはいったいどういうことだ。

まるでわけがわからない。なにがなんやら。

呆然としたままふらふらと家を出た。

太陽はとっくに昇っている。

いい天気だ。

いつもならさわやかな朝と言ったところだが、俺は言いがたい恐怖にとらわれていた。

気がつくと郵便受けの前に立っていた。

おそるおそる中をのぞいたが、中には何も入っていなかった。

俺は大きく一息つくと、家に戻ろうとした。

するとその時――パサッ――という乾いた音がはっきりと、郵便受けの中から俺の耳に向かって響いた。

反射的に振り返り、周りを見わたした。

このあたりは俺の家しかなく、周りには畑と細い道があるだけだ。

木の一本すら生えていない。

冬が近いこの時期、畑は土の色に染まり、なにも植えられてはいなかった。

子猫一匹隠れる場所さえない。

それなのに、誰一人見当たらないのだ。

俺は郵便受けの中をのぞいた。

中にはやはりあの手紙があった。

そしてそこには考えたくないことだが、見たくもないものだが、俺の思っていたとおり、「1」と書かれた紙が、そこには入っていた。



その日の夜は眠れなかった。

これで二日続けて徹夜だ。


明日も手紙は来るのか。

もし来るとしたら、中には何が書かれているのか。

いったいどんなやつが、手紙を届けているのか。

そして一番重要なことだか、その時俺は、いったいどうなってしまうのか。



 「六日目」


夜があけた。郵便受けを見に行こうと思ったが、やめた。

ふとんを頭からかぶり、じっとしていた。



どうやらそのまま眠ってしまったらしい。

太陽はもう沈みかけている。

郵便受けの中が気になった。

はっきり言って怖い。

しかし恐怖よりも好奇心のほうがまさった。

異常なまでに高ぶった落ち着かない気分は、あの手紙を見るまでは、おさまりそうにはないのだ。

俺は勢いよくまっすぐに郵便受けに向かって歩き、その中に手を突っ込んだ。

手紙はあった。いつもと同じやつだ。

「どうせ「0」と書かれてあるに、決まっているんだ!」

大声でわめきながら中を見た。

しかしそこには何も書かれていない白紙の小さな紙が一枚あるだけだった。

俺は思わず呻いた。

「どういう意味だ? これは」

「それは、こういう意味だ」

突然に声がした。

「誰だ!」

俺は狂ったように辺りを見回した。しかし人影はおろか、何ひとつ見あたらなかった。

「説明してやろう」

再び声がした。

「お前という存在は、この世から消えてなくなってしまうのさ。完全なる無、全くの白紙というわけだ」

俺は気づいた。

この手紙がしゃべっているのだ。

こいつが本体だったのだ。

その時、その小さな紙切れは突然大きく広がり、生きているかのように素早く動き、逃げる間も与えず俺を完全に包み込んだ。

そしてそれは、俺を包み込んだまま、ゆっくりともとの小さな紙切れに戻った。

庭におちた一枚の紙切れは、やがてかき消すように、すうっと消えた。

この世に何一つ残すことのない、完全なる無。



 「七日目」


恵子が会社から帰ってくると、郵便受けの中に手紙が入っていた。

封筒には恵子の名前だけが黒々と書かれていて、その中には「5」と書かれた小さな紙が入っていた。

            

      終
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