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定番の始まり ~アルケオ~
買取と納税
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私の名前はリリ。布地を販売する小さなお店を営んでいるよ。
私は、他の商人のように定番の品を沢山仕入れて売るのではなく、少量でもできるだけ沢山の種類の布地を行商しながら仕入れている。隠里で商いをしている亜人族から珍しい布地を買い入れたりして、品揃えにはちょっと自信があるよ。
その私が今、目の前にある、今まで見たことのない布地に呆然としている。
「あの、買っていただけるでしょうか…」
「…。」
私は黙って、カウンターの下から顕微鏡を取り出して、布地をよく観察してみた。
「おお、双眼実体顕微鏡だ!」
「リリさんは道具にも結構こだわりがあるんですよ。鑑定に便利そうなので私も一つ欲しいんですけどね。上司が買ってくれないんです。」
「…。」
なんかお客とウイルが話しているけど、言葉が右から左に抜けていく。
材質は魔蚕糸で間違いない。でもこんな、太さが均一で繊維の長いものは見たことがない。これだけでもう値段がつけられないよ。
そのうえ見た事のない織り方で、私の知ってるどんな布地とも違う。お客のヘラさんは隠里で手にいれたって言ってるけど、近場の里の製品は全て把握してると自負する私でも、どこの里のものか分からないよ。
私は顔をあげて、お客が着ている服をしげしげと観察した。
「えーと、リリさん???」
「あ、そういえば、ヘラさんの服の布地もこれと一緒ですね。」
「…。」
私は、顕微鏡をもとの位置に戻し、背筋を伸ばして、ヘラさんの顔を真正面から見つめた。
「これ、本当はどこで手に入れました?」
「はい?」
「隠れ里で織られたものだとしたら、少なくとも世界の表側じゃ手に入らないものですよ、これ。」
ちなみに、この世界は、表と呼ばれる、大陸が集まってできている地域と、裏と呼ばれる、海と多くの小さな島々からなる地域に大きく分けられている。この街はもちろん表側。
「あ、えーと、昔の事ですので、儂もちょっと覚えてないです…」
私は、じと目でヘラさんを見つめた。ウイルが横から口を挟む。
「まあまあいいじゃないか、商売の秘密は誰にでもあるでしょう。」
「ウイルさん、儂は本当に思い出せないんです。…リリさん、ごめんなさい。」
いや、明らかに何か隠してるよね、この子は。私はため息を一つ吐いて、言った。
「まあいいでしょう。正直言って値段がつけられないのよ。仕入先でもわかれば何か参考になるかと思っただけ。とりあえずこれくらいでどうかしら。」
と、金額をさらさらと小切手に書いた。それを見ているウイルがちょっとのけぞっている。
「…正気?」
「正気よ。あなたも鑑定人ならわかるでしょ。」
「それはまあそうなんだけどね…、リリさん、この布地一つで借金する気?」
それを聞いてヘラさんが驚いている。
「え、借金!?そ、そんなに!?」
「ええ、そんなによ。大丈夫、私がこれを商えばちゃんと元がとれるわよ。心配しないで。」
「はあ…」
そして恐縮した様子のヘラさんは、深々と頭を下げ、よろしくお願いします、と言ったよ。
…それで何故か私は、ウイルとヘラさんと一緒に役所に来ているよ。
ウイルによると、ヘラさんは今日住民登録をするんだとか。登録税を納付する必要があるんだけど、小切手の金額が多すぎるので、財布代わりに着いてきて欲しいと頼まれたよ。もう、ウイルが立て替えてあげればいいじゃない。まあ、私も商業ギルドに用ができたからいいんだけどね。
「ウイルさんリリさん、なんか住民税を何年分かまとめて払えるみたいなんですけど、どうしましょう。」
「いいですねそれ。払っちゃいましょう。」
「待ちなさいよ、立て替えるのは私なのよ!?」
「ところでヘラさんはこの街に住むんですか?」
「儂は旅行者になりたいんです。」
「え、てっきり冒険者になるんだとばかり思ってました。」
「それはなりゆきでして。」
「でもそれなら、是非、私の家を拠点にして下さい。空いてる部屋はあるし、ヘラさんなら大歓迎です。遠慮はなしですよ。」
「ええっ、いいんですか。それじゃそれで手続きしてきますね!」
ウイルはヘラさんと一晩で仲良くなったみたいだよ。しかもヘラさんもわりと遠慮がないね。
「ウイルはヘラさんの事、随分気に入ったみたいね。」
「うん、なんかそばにいてくれたら面白そうだと思ってね。」
「面白い、っていうかなんか秘密が多そうよ。」
「まあね。あり得ない品質の魔蚕や布もそうだけど、ヘラさんが着てる服、あんな服は初めてみたよ…」
「私もよ。全く縫い目がない服なんて…」
ヘラさんが無事住民登録を終えて戻ってきたので、三人で今後の予定を話し合った。
「私はそろそろ冒険者ギルドに行くよ。まあ、この時期は行ってもあまり仕事がないんですけどね。」
「出勤してもしなくても良いなんて、結構アバウトな職場なんですね、冒険者ギルドって。」
「一応、古文書の整理とか、仕事はあるんですけどね。興味があるのは私だけみたいで…」
「ヘラさんはこれからどうするの?」
「まず旅行者ギルドに行って加入手続きですね。それから、…あ、そうそう、どこかで毛染めを売ってる雑貨屋さんありませんか?」
「「毛染め!?」」
ウイルと私は顔を見合わせた。
「え、儂、変な事いいました?」
「い、いえ、」
「なんでもないです。」
私たちはヘラさんに、知り合いの雑貨屋を教えてあげた。
「ありがとう。リリさん、いろいろありがとう。儂はこれで。ウイルさん、あとで冒険者ギルドに顔出しますね。」
「はい待ってますね。リリさん、商業ギルドに行くんでしょ、途中まで一緒にいきましょう。」
「そうね。またね、ヘラさん。」
ヘラさんは旅行者ギルドの方へと歩いていく。
「まさか毛染めとはねえ…」
「何色に染めるつもりなんでしょうかね。」
「綺麗な髪なのに、もったいないわよ。でも本人としては髪の色を隠したいのね。スカーフとフードで頭髪を隠してるものね…眉毛とまつげでばればれだけど。」
「確かに、虹色の髪は目立ちますよね。」
「ほんと、謎が多い子よ。」
「ね、面白そうでしょ?」
「そういえば、私の顕微鏡、『双眼実体顕微鏡』って名前だったのね。」
「私も今日初めて知ったよ。」
私は、他の商人のように定番の品を沢山仕入れて売るのではなく、少量でもできるだけ沢山の種類の布地を行商しながら仕入れている。隠里で商いをしている亜人族から珍しい布地を買い入れたりして、品揃えにはちょっと自信があるよ。
その私が今、目の前にある、今まで見たことのない布地に呆然としている。
「あの、買っていただけるでしょうか…」
「…。」
私は黙って、カウンターの下から顕微鏡を取り出して、布地をよく観察してみた。
「おお、双眼実体顕微鏡だ!」
「リリさんは道具にも結構こだわりがあるんですよ。鑑定に便利そうなので私も一つ欲しいんですけどね。上司が買ってくれないんです。」
「…。」
なんかお客とウイルが話しているけど、言葉が右から左に抜けていく。
材質は魔蚕糸で間違いない。でもこんな、太さが均一で繊維の長いものは見たことがない。これだけでもう値段がつけられないよ。
そのうえ見た事のない織り方で、私の知ってるどんな布地とも違う。お客のヘラさんは隠里で手にいれたって言ってるけど、近場の里の製品は全て把握してると自負する私でも、どこの里のものか分からないよ。
私は顔をあげて、お客が着ている服をしげしげと観察した。
「えーと、リリさん???」
「あ、そういえば、ヘラさんの服の布地もこれと一緒ですね。」
「…。」
私は、顕微鏡をもとの位置に戻し、背筋を伸ばして、ヘラさんの顔を真正面から見つめた。
「これ、本当はどこで手に入れました?」
「はい?」
「隠れ里で織られたものだとしたら、少なくとも世界の表側じゃ手に入らないものですよ、これ。」
ちなみに、この世界は、表と呼ばれる、大陸が集まってできている地域と、裏と呼ばれる、海と多くの小さな島々からなる地域に大きく分けられている。この街はもちろん表側。
「あ、えーと、昔の事ですので、儂もちょっと覚えてないです…」
私は、じと目でヘラさんを見つめた。ウイルが横から口を挟む。
「まあまあいいじゃないか、商売の秘密は誰にでもあるでしょう。」
「ウイルさん、儂は本当に思い出せないんです。…リリさん、ごめんなさい。」
いや、明らかに何か隠してるよね、この子は。私はため息を一つ吐いて、言った。
「まあいいでしょう。正直言って値段がつけられないのよ。仕入先でもわかれば何か参考になるかと思っただけ。とりあえずこれくらいでどうかしら。」
と、金額をさらさらと小切手に書いた。それを見ているウイルがちょっとのけぞっている。
「…正気?」
「正気よ。あなたも鑑定人ならわかるでしょ。」
「それはまあそうなんだけどね…、リリさん、この布地一つで借金する気?」
それを聞いてヘラさんが驚いている。
「え、借金!?そ、そんなに!?」
「ええ、そんなによ。大丈夫、私がこれを商えばちゃんと元がとれるわよ。心配しないで。」
「はあ…」
そして恐縮した様子のヘラさんは、深々と頭を下げ、よろしくお願いします、と言ったよ。
…それで何故か私は、ウイルとヘラさんと一緒に役所に来ているよ。
ウイルによると、ヘラさんは今日住民登録をするんだとか。登録税を納付する必要があるんだけど、小切手の金額が多すぎるので、財布代わりに着いてきて欲しいと頼まれたよ。もう、ウイルが立て替えてあげればいいじゃない。まあ、私も商業ギルドに用ができたからいいんだけどね。
「ウイルさんリリさん、なんか住民税を何年分かまとめて払えるみたいなんですけど、どうしましょう。」
「いいですねそれ。払っちゃいましょう。」
「待ちなさいよ、立て替えるのは私なのよ!?」
「ところでヘラさんはこの街に住むんですか?」
「儂は旅行者になりたいんです。」
「え、てっきり冒険者になるんだとばかり思ってました。」
「それはなりゆきでして。」
「でもそれなら、是非、私の家を拠点にして下さい。空いてる部屋はあるし、ヘラさんなら大歓迎です。遠慮はなしですよ。」
「ええっ、いいんですか。それじゃそれで手続きしてきますね!」
ウイルはヘラさんと一晩で仲良くなったみたいだよ。しかもヘラさんもわりと遠慮がないね。
「ウイルはヘラさんの事、随分気に入ったみたいね。」
「うん、なんかそばにいてくれたら面白そうだと思ってね。」
「面白い、っていうかなんか秘密が多そうよ。」
「まあね。あり得ない品質の魔蚕や布もそうだけど、ヘラさんが着てる服、あんな服は初めてみたよ…」
「私もよ。全く縫い目がない服なんて…」
ヘラさんが無事住民登録を終えて戻ってきたので、三人で今後の予定を話し合った。
「私はそろそろ冒険者ギルドに行くよ。まあ、この時期は行ってもあまり仕事がないんですけどね。」
「出勤してもしなくても良いなんて、結構アバウトな職場なんですね、冒険者ギルドって。」
「一応、古文書の整理とか、仕事はあるんですけどね。興味があるのは私だけみたいで…」
「ヘラさんはこれからどうするの?」
「まず旅行者ギルドに行って加入手続きですね。それから、…あ、そうそう、どこかで毛染めを売ってる雑貨屋さんありませんか?」
「「毛染め!?」」
ウイルと私は顔を見合わせた。
「え、儂、変な事いいました?」
「い、いえ、」
「なんでもないです。」
私たちはヘラさんに、知り合いの雑貨屋を教えてあげた。
「ありがとう。リリさん、いろいろありがとう。儂はこれで。ウイルさん、あとで冒険者ギルドに顔出しますね。」
「はい待ってますね。リリさん、商業ギルドに行くんでしょ、途中まで一緒にいきましょう。」
「そうね。またね、ヘラさん。」
ヘラさんは旅行者ギルドの方へと歩いていく。
「まさか毛染めとはねえ…」
「何色に染めるつもりなんでしょうかね。」
「綺麗な髪なのに、もったいないわよ。でも本人としては髪の色を隠したいのね。スカーフとフードで頭髪を隠してるものね…眉毛とまつげでばればれだけど。」
「確かに、虹色の髪は目立ちますよね。」
「ほんと、謎が多い子よ。」
「ね、面白そうでしょ?」
「そういえば、私の顕微鏡、『双眼実体顕微鏡』って名前だったのね。」
「私も今日初めて知ったよ。」
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