頭喰いのだらだら記

kuro-yo

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定番の始まり ~アルケオ~

月がとっても円い

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 アルケオというところは、三方を森と丘陵に囲まれ、狩猟と農業によりほとんど自給自足で成り立つ小さな田舎町である。大昔にはここに人間の街があったとされ、町全体が遺物の上に建設されているという。この町の夜景は遺物が放つ光と色彩に彩られ、それは見事なものだ。

 が、それを除けばこの町にはとりたてて目を惹くような産品があるわけでもなく、街道筋からも離れている事もあり、商人も好んでこの町で商売をしようとは思わないらしい。観光のために少し立ち寄るとか、険しい古道を通って山越えを試みるとか、余生をのんびり暮らしたいとか、そういう明確な目的でもなければ、敢えてこの町に足を踏み入れようとか思う者はいないだろう。

 そんな町でも、この時期行われる顕月祭けんげつさいの間だけは、少しだけ普段よりも賑わいを見せるのだ。

 私は養父が経営する商店の見習いとして、店の者数人とともに各地の街や国を訪問し、商売を学んでいる。その道中、ちょうどアルケオの顕月祭が行われているというので、話の種にこの町に立ち寄ったのだった。

 まさかそこで人攫いにあう事になるなどとは、少しも想像していなかった。アルケオは自由でのんびりした気風と治安の良さでも知られているが、いやはや、悪者というのはどこにでも顔を覗かせるものだな。供の者達はどうしているだろうか。


 人攫いらしき者共に連れてこられた農家の納屋らしき場所で、私は袋に詰め込まれ、袋の口から首だけ出して全く身動きがとれない状態だ。私を身代金のかたにするなどと嘯いている。ひょっとすると、私の素性を知っているのかもしれない。

 部屋には私より前に拐われていたらしき少女が一人、この状況に似つかわしくない笑顔で床に座らされていた。この少女はむしろ拐われた事を楽しんでいるかのようだったが、しばらく前に盗賊の一人によって納屋から連れ出され、どこかへ運ばれて行った。


 その少女を連れていったはずの盗賊が納屋に戻ってきた。納屋に居た頭目らしき者がそれを見咎めて、言った。

「そのまま街を出ろと言ったろ。なぜ戻って来た。」
「路銀を、忘れちまって、へへ…」
「間抜けめ。必ず日の出前に街を出るんだぞ。いいな。」

 そして、その盗賊は何かを探るようにあたりを見回しながら、いつのまにか私の所へと近づき、小声で、ちょっと辛抱してくれるか、と言いながら懐から布を取り出し、さっと私に目隠しをした。

「お前、一体何やってるんだ?」

 と誰かが呟いた時、いきなり、パンッ、パンッ、という軽く乾いた音が立て続けに、盗賊達がたむろしていた方向から聞こえ、続いてどさどさと人が倒れるような音がした。そのあとには、誰も声をあげない、静かな息づかいだけが聞こえてくる。

 そのうち、床に敷き詰められた藁を踏みしめてこちらに近づいてくる気配を感じ、私は身をこわばらせた。

「ごめんなさい。今すぐ助けてあげたいんですけど、もう少しそのままで辛抱しててもらえますか。」

 若い女の声だった。目隠しはそのままだったが、息が苦しいだろうからと、猿轡を外してくれた。

 そしてなにやらがさごそと音を立てたかと思うと、人が立ち上がり、扉を開けてぞろぞろと出ていく気配を感じた。納屋の外では荷車を牽くようながたがたという音が遠ざかって行く。一体何が起きているのだろうか。

 そしてまもなく、お疲れさま、などと言いながら目隠しをはずしてくれたのは、先に捕らわれていた例の少女だった。出ていった時はワンピース姿だったはずだが、今は旅行者風の出で立ちだった。縛めを解かれた私はぐっと伸びをして、深呼吸した。

「ありがとう。私はマルコと言う。オルタリアの商会で見習いをしている。」
「儂はヘラと言います。旅行者で、一応、冒険者です。よろしくマルコさん。」
「助けてくれて恩に着る。ところでヘラさん。」

 私は自分達二人以外、誰もいない納屋を見回して、疑問を口にした。

「あの連中は一体どこへ?」
「えーと、それはおいおい説明します。とりあえずここを脱出して、街に戻りましょう。」


 私とヘラは、アルケオの町の大半を占める広大な農地の中、遠くに見える街の灯りを頼りに暗い夜道を歩いていた。
 何気なく夜空を見上げると、済んだ空気の中に多くの星が瞬いている。真上を見ると、ちょうど月が顕れ始めたところだった。

 そう、今夜は顕月の夜。

「ヘラさん、ほら月が出てるよ。」
「わぁ!本当ですね!初めて見ました!面白いですよね、月が輪っかの形してるのって。」
「え、月はどこから見ても輪っかでしょ?」

 ヘラがなんかおかしな事を言っている。

 そりゃ、オルタリアから見える月はきれいな輪っかじゃないし、アルケオと違って月が完全に隠れる事もないけど、だいたいどこから見ても月は輪っかなのじゃないだろうか…?

「いえ、こんなきれいな金環蝕みたいな月は初めて見た、って意味です。とっても綺麗ですね。」
「はあ…?」

 聞こえるのは土を踏みしめる二人の足音と何かの生き物の鳴き声のみ。しばらく二人の間に沈黙が続いた。

「…あの、ヘラさん、そろそろ人攫い達がどうなったのか、教えて貰えないかな。どうやってあなたは助かったの?」

 ヘラは、そうねえ、と呟くと、考え込んでしまった。私は彼女と並んで歩きながら、黙って返事を待った。

「端的に言いますと、」
「うん。」
「盗賊さんに、善人になってもらいました。」
「…はい?」

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