女とじゃイケなかったので男としたらめくるめく経験をして恋に落ちました。

乃木のき

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 電車に揺られながら遊里のことを想う。
 折り返しの電話がかかってこない。きっとスタジオに詰めているんだろう。新しアルバムの制作で忙しいのかもしれない。

 この前初めてテレビに映る遊里を見た。
 かっこよくスタイリングされた遊里がギターをかき鳴らしながらカメラに目線を向ける。すっと目を細めると瞼の際に引かれた赤いラインが色っぽく扇情的だった。
 ハードというには可愛らしい歌声の高田ちゃんと顔を合わせるとまるでキスをするかのような距離で絡まり合う。
 二人の顔のアップをまともに見ていられなくて目をそらした。

 仕事だってわかっているし、遊里にそんな気がないことだって承知だ。
 あいつの気持ちは痛いくらいにわかっているし疑う事なんて全くないのに気分が悪かった。

 そんな仕事してんなよ、と思ってしまった。
 彰仁以外を誘うような顔をすんな。

 こんなに会いたいのに今、遊里はあの子といるのかと思うとのんびりと走る電車がまどろっこしかった。

 約束もしていないのに遊里の家に向かう。
 待っていたって会える保証もないけれど、ただ遊里のそばに行きたかった。合鍵で入ると遊里と香水のまじった懐かしい匂いが彰仁を包み込んだ。

「お邪魔します……」

 勝手に入ったことを咎められないとわかっているけど少しだけ悪いことをしている気分だ。
 部屋の電気をつけるときれいに整えられあまり生活の跡が見られなかった。冷蔵庫をあけるとほとんど空っぽだった。ビールだけが数本転がっているだけだ。

 とりあえずもらってきた母の料理を入れさせてもらう。保存容器が並ぶと少しだけ冷蔵庫が生き生きとして見えた。

「大丈夫かあいつ」

 元々食に対して執着のない男だったけれど、この冷蔵庫の状況からまともな食生活を送っているとは考えられない。
 ハードな生活で身体を壊さないか心配になる。

「母さんもよく、たくさん食べろって言ったけどこんな気持ちだったのかな」

 冷蔵庫を閉め部屋を見渡しても生活感というものがあまり感じられなかった。唯一遊里の大事にしているベースだけが丁寧に壁につるされている。他にもいくつもの楽器が大切に保管されているのを見ながら、ソファに腰かけた。

 遊里の部屋の中にあるのはそれだけだ。
 彼にとって大切なものはきっと数えるほどなんだろう。

 ふいにカバンの中のスマホが震えた。
 見ると遊里からで通話ボタンを押すと懐かしい声が聞こえる。

「彰仁さん」

 周りはまだ騒がしく仕事の休憩にでもかけてくれたのだろう。

「ごめんね、電話くれたのに出れなくて」
「いいよ忙しかったんだろ」
「うーん、っていうかなんか毎日こんな感じで」
「そっか大変だな。……あの、ごめんな」

 勝手に家に入っていることを謝ると遊里は声を潜めた。

「まじで? 今いるの、彰仁さんが俺んちに?」
「会いたかったから……いないってわかってたんだけど」
「ちょっと待って、帰る。今すぐ帰るから待ってて」
「えっ、いや邪魔する気はなくて。仕事して来いよ」
「いやいや俺いなくてもいい感じだし。30分後ね」

 そして止めるのも聞かずに通話は切れた。
 呆気にとられながらも可笑しくて吹いた。
 テレビ画面の中であんなにかっこつけていたくせ、本当のところは何も変わっていない遊里にちょっとだけ安心した。

 あれだけ華やかな世界にいて変わらないことは難しいのに、彰仁に会いたい一心で無茶をする。本当は大人なんだから仕事を優先しろよと言わなきゃいけなんだけど、今日だけはごめん。
 やっぱりどうしても会って話がしたい。

 あと30分で帰ってくる。
 どうする、先にシャワーを使わせてもらう? でもそれだとやる気満々すぎて恥ずかしいような。でも絶対そういう流れになる。
 その時に一緒に入る? でも汗もかいてるからさっぱりしたいし。ああ、なんで遊里が相手だとこんな初心な子のようになってしまうんだろう。

 それなりの経験が全く役に立たない。
 スマートでかっこいい王子様の彰仁をことごとく壊してくる。

 だけど迷っているうちに遊里が帰ってきてしまった。
 はあはあと息を切らして玄関を入ってくるなり彰仁を抱きしめた。

「本物だ」
「お帰り、遊里」
「彰仁さん、マジで本物だよね。夢じゃないよね」
「本物だよ」

 すぐに深いキスを交わした。
 触れているお互いが消えてなくならないように、がむしゃらに抱き合った。膝が崩れるまで続けて、やっと見つめ合った時には息が上がって仕方がなかった。

 乱れる息のまま静かに互いを感じ合う。

「会えるって思ってなかったからマジでヤバイな」
「仕事抜けてきて大丈夫だったのか?」
「うーん、なんていうか、別にこれ毎日やる必要あります? みたいなことばっかりでさ。いい加減うんざりしてたところだったから。地獄から天国に来たみたい」
 
 遊里は確かめるように彰仁の頬を包むとじっと目を合わせた。
 それはテレビで見た遊里とは違う、彰仁の遊里の顔をしている。ホッとして笑いかけると眩しそうに瞬いた。
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