女とじゃイケなかったので男としたらめくるめく経験をして恋に落ちました。

乃木のき

文字の大きさ
31 / 36
2

31

しおりを挟む
 なんだか変な空気が流れてしまった。
 お互いにその気にも慣れなくて、ただ抱き合って眠った。朝になると遊里の姿は無くて、置手紙が置いてあるだけだった。
 しばらくまた仕事が忙しいとだけ書いてある。

 ベッドの中にはまだ遊里の匂いが残っているのにぬくもりは消えている。彰仁はベッドに腰を掛けながらどうするべきか迷った。

 両親のことをあんな風に言っていたけどどこかちぐはぐなイメージだ。何かを誤魔化しているような。
 頑なに何かを見ないふりをしているような気がする。

 愛情のない親に育てられたらあんな優しさが生まれるだろうか。
 彰仁を包み込む体温はあたたかい。それはちゃんと愛情を知っている人だからじゃないのか。

「勝手に調べたら怒るよな……」

 だけど遊里の中のわだかまりをそのままにしておきたくない。もし何かわかったとしてそれが遊里に不利ならば知らないことにしてしまえばいいし。
 他人が勝手に探っていい事ではないし遊里を傷つけたくない。そう思うのに何かが彰仁を逸らせた。
 
 迷った末に彰仁がとった行動は母に聞くことだった。
 養護施設の所長とは今でも親しくしているという。もしかして過去にいた遊里のことを知らないかと聞いてみて欲しいと頼み込んだのだ。
 他人の過去に首を突っ込むのは感心しないと最初は母に断られた。

「あなたが興味本位で誰かを傷つけるとは思えないけど、でもいろんな過去を持っている人はいるから。誰にも知られたくない。もう二度と思い出したくない。なかったことにしたい……そういう危ない橋を渡ることになるのよ」
「わかってる。でも知りたいんだ」

 いくら恋人でも知られたくない過去があるだろう。
 痛いほどわかっている。自分勝手に何をしてるんだと怒られて当然だ。最悪縁を切られることも。だけどこのまま放置していたくなかった。

 粘る彰仁に呆れたように母は息をついた。

「あなたがそんな風にこだわるなんてよっぽどなのね。わかったわ聞いてみる。でも知らないって言われたらそこで終わり。深入りはしないわよ」
「それでいい。ありがとう!」

 ごめんな、と心の中で謝った。
 遊里の許可の得ないで勝手なことをして。だけどお前だって過去に囚われているはずだ。それを解く手助けが出来たら……自己満足だってわかっているけど許してくれ。

 そうして数日が経って母から来た連絡は「花村康介こうすけって調べてみて」という一言だった。

「花村康介」

 花村って遊里の苗字だよな。それが肉親の名前なのか?
 検索エンジンに打ち込むとたくさんの情報が流れてきた。遠い昔に亡くなっていることもすぐにわかった。

 世界的ジャズピアニスト。
 日本ではあまり表立って有名ではなかったけれどコアなファンは多かったそうだ。どちらかといえば海外での活動が多く、彼のステージはすぐにソールドアウトになるという。
 そして妻の更織さおりも有名なジャズシンガーだったそうだ。
 それが遊里の母なんだろう。

 彰仁は夢中になって検索し続けた。
 会ったことのない彼らの歴史がネットの中に広がっていく。
 華やかな若い日々の伝説。二人のステージは情熱的で愛にあふれていたというファンの声も読んだ。

 どこを読んでも愛された人たちだとわかる。
 
 だけどたった一つの不幸がすべてを壊した。
 遊里を出産した更織は体調を崩しがちになり入退院を繰り返し始めたということだ。
 幼い遊里といることを選んだ更織。
 更織と遊里と過ごすことを選んだ康介。
 華やかだった日々は小さな世界に閉じこもり始める。

 その頃から情報が一気に減った。
 活動を縮小して家族で暮らすことを選んだ彼らがどんな日々を送ったのか彰仁にわからない。だけどきっと幸せだったはずだ。
 楽器を弾くことが好きでたまらない遊里はその頃形成されているはず。愛情とプロのテクニックを余すことなく伝えられたと信じたい。

 そして遊里がまだ幼い日、最後の日が来た。

「更織さんが病気で亡くなった数か月後に康介さんも自死……遊里が一人残された」

 その後に預けられたのがあの養護施設だったのだろう。
 遊里にとって両親は突然いなくなった。置いていかれたと思ってしまったのか。
 愛情をかけられた分喪失はでかかったはずだ。
 自分を守るためにいくつもの鎧で固めた遊里を想像する。

「遊里……」

 彰仁はパソコンを閉じると息を吐いた。
 どうしたらお前にあいた大きな穴を埋めてあげることが出来るんだろう。彰仁にしてくれたように愛されていたことを伝えてあげたい。

 ふいに玄関のチャイムが鳴った。
 集中していたから突然の大きな音にビクリと身体が跳ねる。時計を見ると真夜中に近い時間だった。
 真っ暗な部屋の電気をつけてドアスコープをのぞくと遊里が立っていた。

「遊里? どうしたんだよ」
 
 慌てて玄関を開けると無言で入ってきて強く抱きしめる。少しだけお酒の匂いがした。

「飲んできたのか?」
「そういう彰仁さんは何をしてたの?」
「おれは、ちょっと調べ物をしてて」

 気まずげに言葉を濁すと遊里は目を細めて笑みを浮かべた。何か腹に持っている時の顔だ。付き合いも長くなると本当に笑っている時と違う時の差がわかるようになった。

「あのな、」
「人の過去は面白かった?」

 遊里はその笑みを浮かべた顔のまま言葉を投げつけた。
 ギクリとこわばる背中をかき抱きながら続ける。

「ばれないと思った?」
「なんで……いや、ごめん勝手に調べて」

 強くなる一方の腕に息が苦しくなる。

「遊里、痛い」
「ああごめんね。加減が出来なかった。それでどうだった? 知って満足した?」

 強い力で顎を掴まれ顔を上げられる。
 ぶつかった瞳に色はなく冷たい視線が彰仁を刺した。

「言わなかったっけ? 過去なんてどうでもいいって。彰仁さんがいてくれればいいって」
「そうだけど!」
「知ってどうするつもりだったの? 同情?」

 見たこともない遊里の怒りにふれ、やってはいけないことをしたんだと理解した。ごめん、ともう一度謝る。
 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ウサギ獣人を毛嫌いしているオオカミ獣人後輩に、嘘をついたウサギ獣人オレ。大学時代後輩から逃げたのに、大人になって再会するなんて!?

灯璃
BL
ごく普通に大学に通う、宇佐木 寧(ねい)には、ひょんな事から懐いてくれる後輩がいた。 オオカミ獣人でアルファの、狼谷 凛旺(りおう)だ。 ーここは、普通に獣人が現代社会で暮らす世界ー 獣人の中でも、肉食と草食で格差があり、さらに男女以外の第二の性別、アルファ、ベータ、オメガがあった。オメガは男でもアルファの子が産めるのだが、そこそこ差別されていたのでベータだと言った方が楽だった。 そんな中で、肉食のオオカミ獣人の狼谷が、草食オメガのオレに懐いているのは、単にオレたちのオタク趣味が合ったからだった。 だが、こいつは、ウサギ獣人を毛嫌いしていて、よりにもよって、オレはウサギ獣人のオメガだった。 話が合うこいつと話をするのは楽しい。だから、学生生活の間だけ、なんとか隠しとおせば大丈夫だろう。 そんな風に簡単に思っていたからか、突然に発情期を迎えたオレは、自業自得の後悔をする羽目になるーー。 みたいな、大学篇と、その後の社会人編。 BL大賞ポイントいれて頂いた方々!ありがとうございました!! ※本編完結しました!お読みいただきありがとうございました! ※短編1本追加しました。これにて完結です!ありがとうございました! 旧題「ウサギ獣人が嫌いな、オオカミ獣人後輩を騙してしまった。ついでにオメガなのにベータと言ってしまったオレの、後悔」

真空ベータの最強執事は辞職したい~フェロモン無効体質でアルファの王子様たちの精神安定剤になってしまった結果、執着溺愛されています~

水凪しおん
BL
フェロモンの影響を受けない「ベータ」の執事ルシアンは、前世の記憶を持つ転生者。 アルファ至上主義の荒れた王城で、彼はその特異な「無臭」体質ゆえに、フェロモン過多で情緒不安定な三人の王子たちにとって唯一の「精神安定剤」となってしまう。 氷の第一王子、野獣の第二王子、知略の第三王子――最強のアルファ兄弟から、匂いを嗅がれ、抱きつかれ、執着される日々。 「私はただの執事です。平穏に仕事をさせてください」 辞表を出せば即却下、他国へ逃げれば奪還作戦。 これは、無自覚に王子たちを癒やしてしまった最強執事が、国ぐるみで溺愛され、外堀を埋められていくお仕事&逆ハーレムBLファンタジー!

借金のカタに同居したら、毎日甘く溺愛されてます

なの
BL
父親の残した借金を背負い、掛け持ちバイトで食いつなぐ毎日。 そんな俺の前に現れたのは──御曹司の男。 「借金は俺が肩代わりする。その代わり、今日からお前は俺のものだ」 脅すように言ってきたくせに、実際はやたらと優しいし、甘すぎる……! 高級スイーツを買ってきたり、風邪をひけば看病してくれたり、これって本当に借金返済のはずだったよな!? 借金から始まる強制同居は、いつしか恋へと変わっていく──。 冷酷な御曹司 × 借金持ち庶民の同居生活は、溺愛だらけで逃げ場なし!? 短編小説です。サクッと読んでいただけると嬉しいです。

優しい檻に囚われて ―俺のことを好きすぎる彼らから逃げられません―

無玄々
BL
「俺たちから、逃げられると思う?」 卑屈な少年・織理は、三人の男から同時に告白されてしまう。 一人は必死で熱く重い男、一人は常に包んでくれる優しい先輩、一人は「嫌い」と言いながら離れない奇妙な奴。 選べない織理に押し付けられる彼らの恋情――それは優しくも逃げられない檻のようで。 本作は織理と三人の関係性を描いた短編集です。 愛か、束縛か――その境界線の上で揺れる、執着ハーレムBL。 ※この作品は『記憶を失うほどに【https://www.alphapolis.co.jp/novel/364672311/155993505】』のハーレムパロディです。本編未読でも雰囲気は伝わりますが、キャラクターの背景は本編を読むとさらに楽しめます。 ※本作は織理受けのハーレム形式です。 ※一部描写にてそれ以外のカプとも取れるような関係性・心理描写がありますが、明確なカップリング意図はありません。が、ご注意ください

[BL]憧れだった初恋相手と偶然再会したら、速攻で抱かれてしまった

ざびえる
BL
エリートリーマン×平凡リーマン モデル事務所で メンズモデルのマネージャーをしている牧野 亮(まきの りょう) 25才 中学時代の初恋相手 高瀬 優璃 (たかせ ゆうり)が 突然現れ、再会した初日に強引に抱かれてしまう。 昔、優璃に嫌われていたとばかり思っていた亮は優璃の本当の気持ちに気付いていき… 夏にピッタリな青春ラブストーリー💕

捨てられた生贄オメガ、魔王城で極上の『巣作り』始めます!~不眠症の魔王様、私のクッションで爆睡して溺愛モードに突入~

水凪しおん
BL
「役立たずのオメガ」として冷遇され、血も涙もない魔王への生贄として捨てられたリノ。 死を覚悟して連れてこられた魔王城は、寒くて硬くて、居住性最悪のブラック環境だった!? 「こんなところで寝られるか!」 極限状態で発動したオメガ特有の『巣作り本能』と、神業レベルの裁縫スキルが火を噴く! ゴミ同然の布切れをフカフカのクッションに、冷たい石床を極上のラグマットにリフォーム。 すると、不眠症で常にイライラしていた魔王ザルドリスが、リノの作った「巣」のあまりの快適さに陥落してしまい……? 「……貴様、私を堕落させる気か」 (※いいえ、ただ快適に寝たいだけです) 殺されるどころか、魔王様に気に入られ、気付けば城中がリノの虜に。 捨てられた生贄オメガが、裁縫一つで魔王城を「世界一のマイホーム」に変える、ほのぼの逆転溺愛ファンタジー!

のほほんオメガは、同期アルファの執着に気付いていませんでした

こたま
BL
オメガの品川拓海(しながわ たくみ)は、現在祖母宅で祖母と飼い猫とのほほんと暮らしている社会人のオメガだ。雇用機会均等法以来門戸の開かれたオメガ枠で某企業に就職している。同期のアルファで営業の高輪響矢(たかなわ きょうや)とは彼の営業サポートとして共に働いている。同期社会人同士のオメガバース、ハッピーエンドです。両片想い、後両想い。攻の愛が重めです。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...