雪の王と雪の男

乃木のき

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 遠くに古い友人たちの声が聞こえた。
 懐かしく優しい声。

(なあ晃成)

 相棒だった友が笑っている。

(お前が最後に山に登ろうって言ってくれて嬉しかった。みんなで見た朝焼けも、たき火の前で語った未来も、全部いい思い出だよ)

 死ぬ直前にあいつは笑ってそういったのだ。

(だからさ、生き残ってくれ)

 でももうダメかもしれない。
 そしたらまた会えるかな。
 みんなでまた……。

(あなたは王の大事な人ですから)

 細の声がよみがえる。

(晃成)

 ああ、雪華さんが呼んでいる。
 何度も何度も。

(いい加減目を覚ませよ)


 季節は春を迎えていた。
 固い蕾が緩んで開いていくように、晃成はゆっくり目と目を開けた。
 霞む視界を取り戻すように何度か瞬きを繰り返す。
 
 重たい体はベッドに沈んだまま。指だけがピクリと動いた。
 銀の糸が胸の上に広がっていて、温かな体温を晃成に伝えている。

「雪華、さ、ん?」

 声も掠れ自分のものとは思えない。
 だけどゆっくりと銀糸が動き、白くて美しい顔が持ち上がる。

「起きたのか」
「はい、あれ、俺……?」

 おぼろげな記憶をたどって、ああ生きていたのか、と思い当たった。

 晃成の胸に耳を寄せていた雪華は上体を起こし晃成の顔をのぞき込んだ。
 眼のふちがくぼんでいて疲労がにじみ出ていた。ただでさえ白い顔が青白く光を放っている。

「ずいぶんと寝坊な奴だ」

 頬に手を当てられるとひどく冷たい。
 雪華は困ったように笑うと「おはよう」と囁いた。

 そんな不安そうな顔をしないでほしい。
 いつだって自信満々で欲望に忠実でいて欲しいのに。

「雪華さん、顔色がよくないですね」
「お前に言われたくないよ、ばか」

 雪華はぎゅうっと晃成を抱きしめるとそのまましばらく動かなくなった。
 細い肩が震えている。

「起きられましたか」

 細が濡らしたタオルをもってベッドのそばに近づいた。  
 
「なかなか目を覚まさないので心配しました」
 そういって、気まずげに「王が」と続ける。

 抱きついたまま離れない雪華を横目に細は状況を説明してくれた。

 刺された晃成は出血多量で気を失った事。
 そのまま眠り続け1か月以上が経過している事。
 あの時の人間は人目につくところに放置してきたので、そのうち発見されて命は助かっただろう事。

「雪華さまがずっと献身的に介護されていましたよ。それは驚くほどに」

 え、っと驚いて胸の中の雪華を見る。
 まさかと思って肩を掴むと、耳を赤くした雪華に払われた。
 珍しく照れている!

「ほんとですか、ヤバイ。嬉しいです。雪華さん……顔を見せて」
「うっさい。細も余計な事言うな!」

 ジタバタと暴れる王様を抱きしめて銀の髪に唇を落とした。
 ふわりと甘やかな雪華の香りがする。

「ありがとうございます」

 晃成を助けてくれたこともそうだけど、あのギリギリのラインで人間を助けてくれたこと。
 記憶をなくしたとしても生きていればきっとなんとかなる。
 
「……お礼なんかいい。それより」

 言いかけて雪華は言葉を切った。
 いつでも遠慮ない発言をする雪華にしては珍しい事だった。くちごもるように言いよどむ。

「なんですか?」

 聞いてもなかなか続きは出てこなかった。
 細を見ても知らん顔をして雪華が言い出すのを待っている。

 「言ってください。どんなことでも受け入れますから」

 終わりを告げられる覚悟をした。
 人目につかず暮らしていた雪華を危険にさらしてしまった晃成を許してもらえるとは思えなかった。
 これ以上そばに置けない、そういわれても仕方がない。
 一生仕えるつもりでいたけれど、去れと言われれば従うのみだ。

 雪華は覚悟をしたように顔を上げると「ごめんな」と言った。

 ああ、来た。
 晃成はスッと目を閉じ雪華の言葉を待った。

「実はさ、お前が寝ている間に___」

 その後に続いた言葉に晃成はあっけにとられ口を開いた。


 


 




 

 

 

 
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