sugar sugar honey! 甘くとろける恋をしよう

乃木のき

文字の大きさ
75 / 119
第二章 Lion Heart

3

しおりを挟む
「え、俺を知ってんの?!」

 思わず問いかけると信じられないとばかりに目を見開いた。

「本物っすか」

「本物だよ」

 水野が周防を前へと押しやった。

「彼がわが校伝説のランニングバックの周防選手だ。今日は練習を見てもらうことにしたからいいところを見せてやりなさい」

 伝説のって言い過ぎだろうと思ったが生徒たちはうおおおっと沸き立った。

「レオのプレイは今でも憧れる生徒が多いよ」

 水野はそっと耳打ちをした。
 自分の知らないところで恥ずかしいやら嬉しいやらどうにも落ち着かない。そんなことになっているとは全く想像もつかなかった。

「紹介する。青木」

 名前を呼ぶと小柄な選手が返事をして走ってやってきた。まだ一年生だろうか初々しさが残っている。周防を前にして緊張しているのか全身がこわばっていた。

「こんにちは!」

 頭を下げられて周防も下げ返した。

「この子は青木あおき大河たいが。一年生だけどかなりいい動きをするんだ。レオのファンだってこの学校に来たらしい。そうだよな」

「はい。周防選手のあの試合を見に来ていました。怪我はもういいんですか?」

 聞かれて頷いた。大河はホッとしたように顔を緩める。

「すばやくすり抜けるところとか、豪快なタックルに負けないところとか、かっこいいなって憧れてアメフトを始めました。だから今めちゃくちゃ興奮しています」

 こんなことがあるんだろうか。
 10年前といえばこの子はまだ小学生になったばかりだろう。それなのに周防に憧れて始めたという。選手冥利につきるとはこのことか。

「さすがレオのファンっていうだけあってプレイはお前に似ててな。将来有望なんだよ。こいつが引っ張っていくチームは全国を目指せる。だからお前を呼んだ」

「周防選手にアドバイスをもらえたら嬉しいです。よろしくお願いします!」

 ペコリと頭を下げる大河の表情は真剣そのもので、周防の持っているものを何でも吸収してやろうという貪欲さが見えた。こういう子は伸びる。

 だから答えていた。
「俺にできることなら」と。

 練習を見ているとかなりいい線を言っていると思う。まだ一年生ならこれから先が楽しみだ。

「どうだ。面白いチームだろう」

「そうですね。これなら狙えるかもしれません」

 蜜と同じ年頃の生徒たちが全国を目指している。
 その手伝いをすることに心が浮き立った。やりたいと思った。一緒に目指してみたい。
 
 もし蜜のことがなかったら今すぐにでも返事をしていた。でも今は一人じゃないから。勝手に進めるわけにはいかない。

「あちこち手回しもあるからさ、早めの返事を期待してるよ」

「はい」

 日が暮れるまでずっと練習に参加した。アトバイスを求められるとプレイ混じりに教えたりもした。
 懐かしいボールの感触。受け止めて、投げて、蹴って。美しい軌道を描くボールが空を飛んでいくとき何より心がわきたった。

 ああ、やっぱりアメフトが好きだ。

 久しぶりの疲労感は心地よく、こんなに満たされたのは久しぶりだ。

「じゃあ、またな。近いうちに」

 見送られて帰る道のりで蜜にどう話せばいいのかを考えた。
 別れるつもりはない。
 でも高校生にとってこの距離は遠すぎるだろう。いきなりの遠距離に持ちこたえることが出来るのか。嫌になってしまわないか。他に好きな人が出来たら。

 そのことばかりを考えていたら無意識にゆめのやの前に来ていた。お店は閉まっていて、2階の部屋の窓に明かりがついているのを見ると無性に会いたくなった。

 電話をするとすぐにつながった。

「先生、こんばんは」

 変わらない穏やかな蜜の声。
 もっと聞いていたくて耳に押し当てると、心地よい声が浮足立った心を落ち着かせてくれた。
 さっきまでがあまりに非日常すぎて現実とは思えなかったのだ。

「会いたいな」

 言えば「ぼくも」と答えが来る。
 可愛い。好きだ。蜜を手放したくない。カーテン越しに人の気配が揺れて、窓から蜜が顔を出した。
 すぐそこに周防の車があることに気がついて驚いた声を出す。

「先生! 来てたんですか」

「ん。見つかっちゃった」

 慌てて降りてくる蜜は風呂上りなのかせっけんの清潔なにおいがする。砂埃まじりの周防とは大違いだ。
 ジャージ姿の周防に気がついて何事かと首を傾げる。

「アメフト」と周防は言った。

「またやろうかと思ってる」

「……そうですか」

 意味が分かってない蜜は笑いながら頷いた。

「いいですね」

「うん。でもそうしたら転勤することになる」

 途端に表情が陰った。「え」と頼りない声が漏れる。

「転勤って、どこに」

 場所を言うと言葉を失った。
 車があればすぐに行ける距離も交通手段を持たない子供にとっては遠い場所になる。簡単に会えなくなることを蜜は悟ったらしい。

「うそでしょ」



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】春樹の隣は、この先もずっと俺が良い【幼馴染】

彩華
BL
俺の名前は綾瀬葵。 高校デビューをすることもなく入学したと思えば、あっという間に高校最後の年になった。周囲にはカップル成立していく中、俺は変わらず彼女はいない。いわく、DTのまま。それにも理由がある。俺は、幼馴染の春樹が好きだから。だが同性相手に「好きだ」なんて言えるはずもなく、かといって気持ちを諦めることも出来ずにダラダラと片思いを続けること早数年なわけで……。 (これが最後のチャンスかもしれない) 流石に高校最後の年。進路によっては、もう春樹と一緒にいられる時間が少ないと思うと焦りが出る。だが、かといって長年幼馴染という一番近い距離でいた関係を壊したいかと問われれば、それは……と踏み込めない俺もいるわけで。 (できれば、春樹に彼女が出来ませんように) そんなことを、ずっと思ってしまう俺だが……────。 ********* 久しぶりに始めてみました お気軽にコメント頂けると嬉しいです ■表紙お借りしました

【完結・BL】俺をフッた初恋相手が、転勤して上司になったんだが?【先輩×後輩】

彩華
BL
『俺、そんな目でお前のこと見れない』 高校一年の冬。俺の初恋は、見事に玉砕した。 その後、俺は見事にDTのまま。あっという間に25になり。何の変化もないまま、ごくごくありふれたサラリーマンになった俺。 そんな俺の前に、運命の悪戯か。再び初恋相手は現れて────!?

ヤンキーDKの献身

ナムラケイ
BL
スパダリ高校生×こじらせ公務員のBLです。 ケンカ上等、金髪ヤンキー高校生の三沢空乃は、築51年のオンボロアパートで一人暮らしを始めることに。隣人の近間行人は、お堅い公務員かと思いきや、夜な夜な違う男と寝ているビッチ系ネコで…。 性描写があるものには、タイトルに★をつけています。 行人の兄が主人公の「戦闘機乗りの劣情」(完結済み)も掲載しています。

キミがいる

hosimure
BL
ボクは学校でイジメを受けていた。 何が原因でイジメられていたかなんて分からない。 けれどずっと続いているイジメ。 だけどボクには親友の彼がいた。 明るく、優しい彼がいたからこそ、ボクは学校へ行けた。 彼のことを心から信じていたけれど…。

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

学校一のイケメンとひとつ屋根の下

おもちDX
BL
高校二年生の瑞は、母親の再婚で連れ子の同級生と家族になるらしい。顔合わせの時、そこにいたのはボソボソと喋る陰気な男の子。しかしよくよく名前を聞いてみれば、学校一のイケメンと名高い逢坂だった! 学校との激しいギャップに驚きつつも距離を縮めようとする瑞だが、逢坂からの印象は最悪なようで……? キラキライケメンなのに家ではジメジメ!?なギャップ男子 × 地味グループ所属の能天気な男の子 立場の全く違う二人が家族となり、やがて特別な感情が芽生えるラブストーリー。 全年齢

処理中です...