虚像干渉

m-t

文字の大きさ
13 / 35
1章

誘い

しおりを挟む
「志桜里、そろそろ難波に会う時間だ。難波に会いに行こうか」
「うん。そうだね」
公園に着いていた僕たちは、車から降り難波の元へと向かった。
 いつもなら、この公園は子供たちで溢れかえって、元気なはしゃぎ声が聞こえてくるのだが、今は子供の声どころか虫の鳴く声すらも聞こえてこなかった。
 爆発が起きたのはここから数キロの場所だった。何とか難を逃れた住民は、何が起きたのか分からないままに騒ぎ逃げ惑っている。
 その声が遠く離れたこの公園まで聞こえてきていた。
「誰も居ないね。いつもなら子供たちの元気な声が聞こえるのに」
しかし、僕が気付いていないだけだった。
足下が血の海になっていたことは気付いていたが、それが全て子供たちの亡骸だということに。
 僕はこの計画の恐ろしさを目のあたりにして恐怖を覚えていた。そして、難波を止められなかった悔しさでその場に立ちすくんでいた。志桜里は恐怖に駆られていないのか、そのまま難波と会う場所へと歩んでいた。
「志桜里は平気なのか? こんな残虐な場所を見ても……」
「平気でいられるわけがないじゃない。それでも何度も未来を視ているうちに、これ以上犠牲者をださないためにも難波君を止めないとって思ったの」
志桜里の言う通りだ。志桜里が強く言うのも分かる。
僕たちは難波を止めるために残虐な場所を見ながら足を前に運んでいた。
 進んでいると前から一人の男が現れた。しわの取れた黒いスーツ、青ネクタイの長さは揃い、これから会社の重要な会議に主席するような格好をした難波だった。
この前会ったときから五日しか経っていないのに、難波は服がぶかぶかになるほどに痩せていた。頬は痩せこけ、目の下にはクマ、そして髪の毛はボサボサになっていた。新しい兵器の開発を一日返上してやっていたのだろう。
「久しぶりやな久遠、志桜里。志桜里から聞いたと思うが素晴らしい計画だろ。まあ、志桜里から聞かんかったらここにはおらんか。それにしても、なんで志桜里を連れてきたんだ。いくら久遠たちが不老不死だっていっても、久遠なら志桜里を連れて来らへんと思ったんだけどな。まあいいや、そんな事より久遠、俺の仲間にならんか?」
 志桜里から僕と難波が同じ考えだとは聞いていた。
そして、難波がこの問いを投げかけてくることは安易に分かった。
 僕は、すでにその問いに対する答えを決めていた。
「ごめん難波、その計画には参加できない。確かに難波と僕の考えは同じなのかもしれない。でも……」
「久遠、ならなんで駄目なんだ?」
「僕は難波の友達じゃない、親友なんだ。親友が悪いことをしたらそれを止めるのが普通だろ。友達ならその場から逃げて見なかったことにすることもできる。だけど、僕は難波の親友なんだ」
「そっか……残念だな。志桜里は?」
難波は志桜里にも聞いていたが「無理だよ、そんな計画には参加できないよ」と、言っていた。僕たちの返事を聞いた難波は「そうだよな」と、小さく呟いていた。
難波は世界に面白味を見いだせない僕だけは、仲間になると思っていたみたいだった。
「そうなると計画を遂行するには久遠たちが邪魔になるよな。ここで死んでもらおうかな」
志桜里は何も言わずに僕の手を引いて乗ってきた車へと向かった。難波が後を追って来ることはなかった。その気になれば体の内側から破壊して殺すことができたはずなのに。
難波の言葉は軽かった。本当に殺す気があるのなら殺意を込めて言うはずだが、どこかその言葉には悲しさが入り混じっていた。
「難波は僕たちを体内から破壊しようと考えなかったのかな? どっちに転んでも急いでプラナリアの薬を作らないと。切り札となりうるものだからね」
「難波君は私たちを殺したくないんじゃないかな。私たちと同じように、難波君にとっても数少ない親友なんだから……。そうだ竜也くん、プラナリアの薬に名前はないの?」
未来の僕がなんて名付けたか聞こうとしたが、今進んでいる未来は僕だけにしか視えていないことを思い出した。ようやく僕は、虚像干渉がただ単に過去や未来を視たり変えたりできるものではないと確信した。
虚像干渉で視える世界は、一つの未来だけではなく幾つか存在することに気付いた。難波には僕だけが中央国立公園に来る未来、志桜里には僕と裕衣が中央国立公園に行く未来、そして未来が視えない僕。いろんな未来がある。虚像干渉にもパラレルワールドがあるということだ。
僕はこの力が虚像干渉を持つ全ての人間が使えるものだと思っていた……
「まだ名前は付けないかな」
僕はそう言って、車を走らせた。
僕たちは母の家に戻り、誰にも見られていないことを確認して地下室へ行った。息子はしっかりと留守番をしてくれていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

睿国怪奇伝〜オカルトマニアの皇妃様は怪異がお好き〜

猫とろ
キャラ文芸
大国。睿(えい)国。 先帝が急逝したため、二十五歳の若さで皇帝の玉座に座ることになった俊朗(ジュンラン)。 その妻も政略結婚で選ばれた幽麗(ユウリー)十八歳。 そんな二人は皇帝はリアリスト。皇妃はオカルトマニアだった。 まるで正反対の二人だが、お互いに政略結婚と割り切っている。 そんなとき、街にキョンシーが出たと言う噂が広がる。 「陛下キョンシーを捕まえたいです」 「幽麗。キョンシーの存在は俺は認めはしない」 幽麗の言葉を真っ向否定する俊朗帝。 だが、キョンシーだけではなく、街全体に何か怪しい怪異の噂が──。 俊朗帝と幽麗妃。二人は怪異を払う為に協力するが果たして……。 皇帝夫婦×中華ミステリーです!

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...