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優しい人・第4話
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滝と目が合ってしまった。
目を合わせたのは何年ぶりだろう。
あの日以来、ずっと、卒業式の日も志賀は、滝の顔を見ることが出来なかった。
―クソ…何っか、アカン…
志賀は慌てて目を逸らし、下を向くと、丁度胡座をかいた自分の足が目に入り、靴下にちょっと毛玉がついていたので、それをプチプチ毟っていく。
「志賀?大丈夫?」
いきなり近くで高めのハスキーボイスが聞こえて、ギョッと顔を上げると、滝の綺麗な顔。
「ビビ…った…。なんッすか、いきなり…」
いつの間にか傍に来ていた滝が、しゃがみこんで志賀の顔を覗いている。
壮絶に居心地が悪い。
「あ、ごめん…。いや、何か、ちょっとしんどそう、って言うか…その・・」
「大丈夫ッスよ?なんも」
「ほんま?なら、かまへんのやけど…ごめんな?あ、俺ちょっとトイレ。単にそのついでやったりして?ハハ…」
軽く笑うと、滝は座敷から一旦出た。
「おい、志賀何やっとんねん、こっち来い、ちょっと!」
1番奥に座った有田が、自分の隣を指差す。
有田の向いには、今トイレに立った滝が座っていた。
有田は、長方形のテーブルの空いた縦の所を示す。
―もー…気まずいんですけど…
そう思いながらも、仕方なく有田の指定した1番上座に行く。
すぐに滝が戻り、右に有田、左に滝。
―なんか嫌やなぁ…これ……
「お前は?結婚まだ?彼女おるん?」
いきなり、1番嫌な質問がくる。
「…いや…まあ…いません…」
「え?!ウッソやろ?!ないないない!え、マジで?!」
「はぁ…まあ…」
「え、何で、メッチャ長い子おる、って聞いとったで?別れたん?」
どうしても顔が引き攣る。
「…あ、あの最近、別・・」
「有田さん!お子ちゃんの写真、今日ないんですか?」
いきなり横から滝が割って入った。
有田の方に乗り出した滝の横顔が、急に接近してドキリとする。
有田はこの中で常深と同じの当時OBで、よく中学に顔を出していた先輩だ。
1番年上は現在32歳の常深。
次がこの有田で、3年前に結婚して1児の父になっている。
「お?おお、あるよ~!ちゃわゆす笑来(えく)ちゃん!これ、GWにアンパンマン列車乗りに行ってん!見て!この笑顔!パパだいちゅき~、ってな!これ、チュ!やぞ?2歳イヤイヤ期とか誰が言うてん、っちゅー話し!うちの笑来ちゃん2歳ガチカワ続行中ー!ほら!見て、志賀!可愛いぞ~、子ども!お前も選びすぎてんと早よ、結婚してパパになれ!」
カチン…ときてしまった―
「…はッ…」
思わず、出た吐き出すような声。
有田の顔が変わり、滝も、え…と固まった視線を向ける。
「…あ、ああスイマセン」
一応謝るが、語尾が上がり、不貞腐れたようになってしまう。
「何や、何か言いたいことあるんやったら言えや」
「ちょと、有田さん」
気色ばんだ有田の肩を、滝が白く細い手で軽く叩く。
「女みたいっすね、相変わらず。ほっそ」
―お前が子どもとか言い出すからやろが、ボケッ…
自分の為に、話題を変えてくれたのは解っているのに、よりによって子どもの話題かよ、と罪のない滝にムカついてしまう。
「あ、ああ俺?そやな…ハハ…」
志賀の喧嘩腰の物言いにも、滝は優しく笑う。
「何やお前、チカに何やねん、その言い方ッ」
有田が更にヒートアップする。
「や、別に。スイマセンね。俺、さっき別れて来たとこでちょっと気分悪くてね。スンマセンでした。やっぱ、俺、帰ります」
―そうや、こんなとこに来たんが間違いや。クサクサしてんのに、全然会ってない先輩だらけのこんなとこに、何で来たんや?俺は…
これは自分と萌花の問題で、この人たちには何の関わりもない。
無理やり何かを変えれば気持ちも変わって少しはマシな気分になるかと思ったが、完全に自分本位で場を壊している。
そう思って立ち上がりたけた時、滝がテーブルについた志賀の手を掴んだ。
「帰ることないやん?な、志賀。せっかく来たんやし、志賀がそんな気分の時に、ここ来る気になってくれたん、嬉しいよ?俺ら。な?陸斗」
倉本に振る滝。
―滝さん…
思わず、滝の顔を見れば、何とも言えない柔らかい、優しい顔。
―蘭奈や…
蘭奈とは、川本蘭奈(かわもとらな)という、志賀達が中学の時のトップアイドルで、今もそれなりに活躍している女優だ。
ご多分に漏れず、志賀も川本蘭奈のファンだった。
だからと言って、先輩達のように、滝を女に見立てることはなかったが。
「おお。おお、そうやで?志賀。も、全ッ…部、吐き出せ!吐き出してスッキリして帰れ!10何年も、この会スルーしとったお前が、今日ここに来る気になった、っちゅーことは、ここで解決出来る話や、言うこっちゃ!言え言え!言うてまえ、男まえ!言うてなッ」
「チャッ!おもんないのー!お前、何やねんその昭和初期みたいなオッサンギャグ!たまらんわっ!ようそんなんでイマドキのお姉ちゃんゲット出来たな!」
堺が後ろに転がり、さっと常深に起き上がらせてもらって突っ込む。
「お前こそ昭和の新喜劇やんけ!そのコケは60代以上限定やぞ?!常さんも!ノラんでええねん、んまッ」
「何か知らん間に、他の男の子ども作ってました!女」
「へ?」
倉本の目が点になり、堺も、有田も常深も然り。
シーン……となる。
「結婚する筈でした。結婚式場、探し回って、彼女が絶対ここ!って言うとこ今日行って予約して…ほんで今日キャンセルですわ…ハハッ…。俺、全ッ然…気づきませんでした…ほんま…」
カラッと言ってしまおうとしたが失敗で、かなり惨めったらしい。
―最悪…
皆、神妙な顔になり、うんうん…と頷く。
「でも、何で解ったん?」
有田が、当然の質問をする。
―来るよな…そりゃ。もう、俺、何で言うてもうたんや…ッ…アホ!
「…ああ…彼女が、具合悪なって…どないした?言うとっからフラフラ~あって倒れて…そんで、式場の人が救急車呼んで、向こうの親来て、で、まあ俺も婚約者やから、ってお母さんが医者の話し聞くんに呼んでくれて。そしたら患者さん妊娠されてますよね?6週目ですから、まだ気ぃつけんと、みたいなこと…言われて…」
「お前の子ォ、ちゃうの?」
倉本が、これまた当然の質問。
志賀は苦笑して頭(かぶり)を振った。
「何でそんなん判る・・」
常深が聞きかけた時
「違うんでしょ。…志賀がそう言うんやから、違うんや」
滝が常深の言葉を遮った。
ダダ漏れして、とことん行きそうだった破れかぶれの気持ちが、ちょっと堰止まる。
志賀は俯き加減だった顔を上げて静かに言った。
「はい。違う。俺の子じゃない」
「ま、ま、まあええやん!飲もうぜ!おい、飲め、志賀!」
有田がビールを注いできて、そこからは中学時代の部活の話しになった。
すでにほろ酔いだった志賀は、いい調子でガンガン飲んだ。
そして、当時、詩や俳句など、全く興味もないし、浮かんでもこない志賀が、新聞記事を拾ってコラムばかりを書いていたことの話題になり
「究極のイケメンクールboy志賀も?恋に破れるなどをして?ちっとはポエムな気持ちが解るようになったんちゃうかー?」
と戯けて倉本に言われた時には
「いやいや!そんなもん!何かあった?みたいな?これからが本番!男は30代でしょ?やっぱ!」
と、軽く往なせるくらいには酔っていた。
そして勢いで
「滝さん!滝さんも店やってるって聞きましたよ?そこ行きましょうよ、これから!」
と、滝の肩を抱いてユッサユサと揺さぶった。
「…んー…いい、んやけど、うち、ミックスバーやし、ええの?」
頬に当たる、滝の髪が柔らかい。
「は?ミックス?何?ミックスジュース?何か知らんけど、かまへんかまへん!俺、三宮、全然飲むとこ知らんのですわ!行こ行こ!そこ!」
「あー…うん…」
と、滝は歯切れが悪い。
「キミキミ?志賀くん?ミックスジュースとは、キミ、取り様によっちゃ大変イヤラシイことを言ってるよ?全くこれだから困っちゃうね、世間知らずのドストレートは」
倉本が、酔ってフラつきながら滝に凭れかかる志賀の股間をギュッと握った。
「ちょ、もう!要らんねん、男は!」
倉本の手を払う志賀に
「チカも男じゃ、っちゅーて!止めんか、俺のチカに!」
と言って、堺が滝を抱きしめるようにして、志賀から引き剥がした。
「あ、もう、蘭奈ー!」
手を伸ばす志賀を、千佳史は寂しげに笑って見つめた。
「ごめん、ヨッシーありがと」
ニコッと笑うと、堺由之(さかい よしゆき)の抱きしめた手をやんわりと解く。
「おう、ええよ。ほんま志賀、何やねんなぁ!ま、元気になって良かったけどな!おいコラ!そこのセクハラおやじ!」
堺は、倉本ともつれ合いながら歩く志賀の所に走り、2人に後ろから飛びかかった。
そんな3人を有田と常深が
「騒ぐな、ガキ共!」
と笑ってからかいながら行く。
千佳史は、少し離れた後ろから、そんな彼らを見ながら歩き
「あの時と一緒…」
と、思わず苦笑が出る。
「女なら よかったですか 春、別れ……」
千佳史が小さく呟いた川柳は、14年前の卒業式の日、1度も目を合わせてくれないまま、仲間たちとワーワー言いながら去っていく、志賀の背中に呟いたものだった…
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