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Scene12  シンデレラはガラスの靴をはいて

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  すると、あれ?と思いはするけれど、特に深く追求することなく、
「また、ここへ帰って来られるのなら、いつでも!」
誠実な態度で、カスミは素直にうなづきます。
それから空気を換えようと、
「ところで…エミちゃんの家って、どんなところ?」
あくまでもさり気ない調子で、カスミは聞きます。
「そうですねぇ」
そのたわいのない口調に、エラはどう答えようか…と考えます。
ボンヤリと、自分の住み慣れた、今はもうすでに懐かしい
家を思い浮かべると
「ここよりも、ずっとずっと田舎で、なんにもなくて…
 小さな小さな村です」
そう言うと…静かにまぶたをつむります。
 川に水を汲みに行ったり、洗濯している時。
 小川のせせらぎに、足を浸したり、
 森の中に、花を摘みに行ったことなど、マブタの裏側に
その映像が、想い浮かびます。
「山があって、森があって、小川の水が冷たくて、
 小さな魚が泳いでいたり、
 ことりと歌ったり…」
エラが唄うように言うと、
「へぇ~」
珍しそうに、カスミがエラの方を振り向いて、
「今時そんなところがあるんだねぇ」
幾分羨ましそうに、ポワンとした表情を浮かべます。
すると
「そりゃあそうだろう?」
シューヘイはしたり顔で言います。
「世界は広いんだ。
ましてやエミちゃんは、遠い国から来てるんだ。
ボクたちが知らないところがあっても、それはとうぜんだろ?」
そう言うと…初めてエラに出会った時のことを、思い出していました。

まるで未開の国から来た、現地人のように、みょうちきりんな態度で、
電話も知らない、テレビも知らない、
ウォシュレットに驚いて、悲鳴をあげて、
シャワーにも驚き、
もちろん、水道の蛇口も知らず、
ガスコンロに驚愕し、
洗濯機にも、電子レンジにも、
冷蔵庫さえ、知らなかったエラ…
毎日が発見で、毎日が驚きに満ちていて、
目が離せなくて、面倒でもあり、手もかかって
可愛らしくもあり、大騒ぎした日々…
そんなエラを見守っている自分たちは、
いつもハラハラドキドキさせられて、
いつも笑わせてもらって、周りを笑顔にする、ちょっと不思議な女の子。
今の暮らしの当たり前だけど、ありがたいことと、すばらしさを
エラを通して、初めて教えられたのです。

「ムリしなくてもいいよ。
 たとえもう2度と会えなくても、
 できれば手紙だけでいいから、送ってくれたら…
 それだけでいいんだよ…」
そう思わず言ったけれども。
おそらくそれは無理だろう、とシューヘイはわかっていたのかも
しれません。
にこやかにしながらも、なぜだかとても、寂しそうな目を
していました。


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