王室公式のメロンクリームソーダ

佐藤たま

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 初めて訪れた国立駅の改札口で、私は出口を確認しひと息吸う。頬を触れる空気がなんだか練馬駅で電車に乗りこんだ時より、少しひんやりと気がした。
      
「こんな天気の日に用もないのにわざわざ、坂を歩きに来るのは私だけでしょうね」
 見渡しても梅雨本番の雨の土曜日で学生の姿もまばらだ。

 目的の坂は多摩蘭坂という。国立から国分寺方向に上りの坂だとラジオのパーソナリティーが話していたので、私は敢えて国立駅からアタックすることにした。
「この坂の由来は、たまらんたまらんって言いながら学生たちが坂を上がるので多摩蘭坂と呼ばれるようになったらしいですよ? 漢字は当て字ですけどね。」と言ってラジオが流し始めた曲は松永くんがうちでよくかけていたバラードだった。

 駅のロータリーに出ると目の前には、放射線状に道が分かれており、さっき駅で確認した地図だとスリーピースの人差し指にあたる道を進んでいくのであっているはずだ。大学らしき建物の横を通り過ぎ、左折した先に目的地が現れる予定だ。
 角を曲がって先を見るとそこは,思っていたより普通の住宅街っぽい緩やかな坂が続いていた。
「思っていたよりもずいぶんと早く着いたな。もっと遠いどこかってイメージだったのに」
 いつも、彼がうちのデッキで流していた曲で、どんな坂なのかなと思っていた。今度行ってみようねと話したきりなかなか行く機会がないままになっていた。ふいに思いつきで出てきてしまったけど来ないほうがよかったかもしれない。

「一緒に行くって話してたのに、ひとりで来ちゃったじゃないか」
 
 前方を見ると、なんだかこの坂、普通なのだ。歌になるくらいの坂なのだから、もっと雰囲気があるのかと思っていた。いたって普通の住宅街にある坂だったことに驚いた。
 法面が断崖絶壁なわけでもなく、桜並木やアジサイロードが何キロも続いているわけでもなく、レトロな街並みってわけでもない。
「とりあえず歩いてみますか」傘を片手に進みだした。
 私が勝手に妄想したのもいけないのだけれど、尾道を舞台にした映画のような風景だとばかり思ってたので、少し拍子抜けの気分ではあったが、普通の街の日常の風景が目の前を過ぎていくのを眺めていた。
 そうだ、あの日も駅から大学へ行く道を雨の中、私は歩いていた。江古田駅から大学へ向かう道は、住宅や喫茶店に居酒屋、銀行という日常の風景のなかを彼だけが切り取られたようにはっきりみえたら。でも、彼は故意に私を風景の一部にしていた。確かに松永くんはこっちに気づいていたはず、でもこちらには目を向けず友達と歩いて行った。
「トウコちゃんはなんでオレとつきあったの?」そう言われた次の日だった。
 
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