最強魔法師の壁内生活

雅鳳飛恋

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囚われの親子編

第1話 会遇

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 ◇ ◇ ◇

 三月二十日――ランチェスター学園の並木道に沿うように植えられた桜並木の花弁が色鮮やかに周囲を彩り、春の到来を告げるように揺らめいていた。
 この桜の木は東方から逃れてきた一族の末裔が、ランチェスター学園が創立された際に寄贈した物である。学園の創立以来、巣立って行った生徒たちを見守ってきた桜並木だ。

 時刻は昼時、学園内のレストランでジルヴェスター、ステラ、オリヴィア、アレックス、イザベラ、リリアナ、レベッカ、シズカの八人は二つのテーブル席を囲んで昼食を共にしていた。

「そろそろ春季休暇ね」

 食事の手を止めたオリヴィアが話題を振る。

「みんなは何か予定があるのかしら?」
「わたしたちは帰省する」

 オリヴィアの質問を補足するようにステラが呟く。

 国立魔法教育高等学校の全十二校は、三月二十五日から十五日間の休暇期間になる。
 春季休暇の期間にはステラたちのように実家に帰省する生徒は数多い。

「私たちも帰省するよ」

 イザベラがそう言うと、リリアナが同調するように頷く。

「もっとも、わたしは数日実家に滞在したら、その後はイザベラの実家にお邪魔しますが……」
「あら、そうなの?」

 リリアナは休暇期間のほとんどをイザベラの実家で過ごすつもりだった。
 せっかくの休暇なのに実家でのんびり過ごさないのかしら? と思ったオリヴィアが首を傾げた。

「ええ。母に会いに帰省はしますが、実家は居心地があまり良くありませんので……」
「そう。人それぞれ事情があるわよね」

 リリアナが困ったような表情と歯切れの悪い口調で答えたので、オリヴィアは空気を読んで深く踏み込まないことにした。

 人それぞれ事情がある。特に魔法師界の名門と謳われる家には様々な事情があるだろう。他人が気安く踏み込んでいい領域ではない。
 それにリリアナにはイザベラがいる。何かあれば彼女を頼るだろう。イザベラは事情を把握しているようなので尚更だ。
 もちろんオリヴィアは必要ならばいくらでも力になるつもりだが、軽挙は慎むべきだ。引き際は弁えている。

「俺も数日帰省するぞ」

 会話が一間空いたところを見計らってアレックスが口を開いた。

「すぐこっちに戻ってくるけどな」
「実家でゆっくり過ごさないのか?」
「実家は兄弟きょうだいが煩くてな。こっちにいた方がのんびりできる」
「なるほど。確かに賑やかそうだ」

 アレックスは兄弟きょうだいが多い。年長組ならばともかく、年少組は活発で賑やかなことだろう。
 確かに実家にいるよりも寮にいた方がゆっくり過ごせるかもしれない、と思ったジルヴェスターは納得した。

「わたしもビアンカと一緒に帰省するよ」

 レベッカは幼馴染のビアンカと共に帰省するようだ。
 二人の実家は近所なので一緒に帰省する予定でいた。

「実家で数日過ごしたらビアンカと二人でシズカの家に遊びに行く予定」
「へえ、シズカの実家か。俺も興味あるな。機会があれば是非一度稽古をお願いしたい」

 ジルヴェスターがシズカの実家に興味を示す。

「ええ。我が道場はいつでも歓迎しますよ」
「その時はよろしく頼む」

 シズカは歓迎の意を示す。
 彼女個人としても、シノノメ道場としても、剣術を学びたい者を拒む理由はない。

「ということはシズカも実家に帰省するんだね」

 レベッカがシズカの実家に遊びに行くということは、当然シズカも実家に帰省しているはずだ。まさかシズカが不在なのに遊びに行くということはないだろう。
 その事実に気が付いたイザベラが口を挟んだ。

「ええ。やはり修行には実家が一番都合いいもの」

 単純に修行場として実家の道場を使えるというのは利点だが、それだけではなく総師範の父や、師範代の兄や姉から指導を受けることもできる。シズカにとっては実家が最も修行場として適している環境だ。

「ジルはどうするんだ?」
「俺か?」

 春季休暇の予定をまだ述べていないジルヴェスターにアレックスが問う。
 話を向けられたジルヴェスターは確認の意味を込めた反問をすると、アレックスが無言で頷いた。

「俺はいつも通りだな」
「というと?」
「俺はみんなと違って寮暮しではないから帰省する必要がない」
「そういえばそうだったな」

 ジルヴェスターは自宅から通学している。学園の寮と契約しているので、忙しい時は寮に宿泊することもあるが、それもたまにだ。自宅から通学しているのに帰省というのもおかしな話だろう。

「そもそも普段は何をしているんだ? 魔法の研究やMACの開発とかをやっているのは知っているが」

 ジルヴェスターは口数が多い方ではなく、プライベートのことを自分から積極的に話すタイプでもない。訊かれれば答えるが、自分から発信する気質ではないのだ。故にミステリアスなところがある。

「魔法の研究やMAC関連以外だと……壁外にいることが多いな」
「そんな頻繁に壁外に行っているのか?」
「頻繁にというほどではないが……」

 普段のジルヴェスターは魔法の研究やMACの開発と調整を行っていることが多い。それ以外はほとんど壁外にいる。特級魔法師としての仕事で壁外に赴いていることもあるが、それをここで告げることはない。

「遺物を発掘したり、魔物や自然の中から素材を採取したりしている。まだ踏み入っていない場所に赴くのも好きなんだ。気分転換にもなるからな」
「そんな散歩に行くような感覚で向かう場所ではないと思うけど……」

 ジルヴェスターが壁外へ赴く理由を述べると、イザベラが呆れながらツッコミを入れる。

「ジルに常識を当てはめるのは無駄」
「そうよ。細かいことは気にしないのが一番よ」
「……」

 ステラとオリヴィアが畳み掛けるように述べる。
 当のジルヴェスターは何も言い返せず肩を竦めることしかできなかった。

「さすが付き合いが長いだけあってジルの扱いはお手の物だな」
「ジルくん、ステラっちとオリヴィアには弱いね」

 個人的に完璧超人だと思っているジルヴェスターのことを揶揄からかえる好機と見たアレックスとレベッカがすかさず口撃する。普段は反目することが多い二人だが、この時に限っては息ピッタリであった。

「お前らはいったい俺をなんだと思っているんだ……」

 四人の言い様にジルヴェスターは深々と溜息を吐く。
 ジルヴェスターとて普通の人間だ。特級魔法魔法師第一席という肩書はあるが、普段はただの学生である。彼は内心で心外だと少なからず思った。

「ふふ。こういうのもいいですね」

 みんなのやり取りを黙って見守っていたリリアナが微笑むと、場がなごんで一同に笑みが零れた。

「そうだね」

 イザベラが同意を示す。

 友人と他愛もない会話をするのは得難い時間だ。仲間と馬鹿をやるのも、揶揄からかい合える関係も貴重である。
 学生時代の仲間が将来魔法師として活動する上で助けになることもあるだろう。
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