最強魔法師の壁内生活

雅鳳飛恋

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囚われの親子編

第8話 貸し(三)

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 ◇ ◇ ◇

「んん……」

 窓から覗く日差しが顔を覆う。
 無意識に腕で目元を覆って日差しを避ける。

「んん……ここは……」

 寝惚けまなこを擦りながら横になっていた上半身を起こして伸びをする。凝り固まった筋肉が解けていくのが骨身に染みる。

「――起きたか」
「ん?」

 完全に意識が覚醒する前に突然声を掛けられ、驚いて一瞬身を震わす。
 声のした方に顔を向けると、そこには友人の顔があった。

「ジル……吃驚びっくりしたよ……」
「驚かすつもりはなかったんだが……」

 ジルヴェスターが苦笑する。

「レアル、体調はどうだ?」
「ん? 少し身体が重いけど、問題ないよ」
「そうか」

 ジルヴェスター質問されたレアルは、自分の身体の調子を確かめる。
 少し疲労感は残っていたが、特別問題はなかった。

「――それよりここは……?」

 自分が寝ていた部屋を見渡して見覚えのない部屋に疑問を浮かべる。生活感の感じられない簡素な部屋だ。

「寮の俺の部屋だ」
「そうなんだ」
「もっとも、普段はほとんど使っていないがな」

 現在いる場所はランチェスター学園の敷地内にある寮の、ジルヴェスターが契約している部屋であった。

「なんで僕は君の部屋で寝ていたのかな?」

 ジルヴェスターの部屋で眠っていた理由に心当たりがないレアルは首を傾げる。

「覚えていないか? お前は壁外で突然倒れたんだ」
「……」

 ジルヴェスターにそう言われたレアルは自分の記憶を探る。

「――そういえば、ブラッディウルフの群れに追われている途中で激しい頭痛に襲われたような……」
「ああ。そうだ。意識を失って倒れたんだ」
「ええ!?」

 蒼白するレアル。

「本当に!? まずいじゃんそれ……」

 壁外で意識を失うということは、即ち死を意味する。
 仲間がいれば別だが、一人で活動している場合は目も当てられない。運良く魔物に見つからない場合もあるが、そんな強運を期待しても意味がないだろう。

「そうだな。俺が偶然近くを通らなければ、今頃は獣の腹の中だったろうな」

 ジルヴェスターの言う通り、偶然近くを通って交戦中の魔法師がいると気づかなければ、今頃はブラッディウルフの群れに四肢を食い千切られて胃の中にいたことだろう。

 その点、運が良かったと言える。ジルヴェスターが壁外へ赴いたのも、翌日まで過ごしたのも、近場を通ったのも、交戦中の魔法師の存在に気づいたのも、意識を失う前に発見できたのも、全て偶然だ。

 何か一つでも違う行動をしていたら、レアルが助かることはなかっただろう。

「……」

 最悪のパターンを想像したレアルは再び蒼白し、深々と溜息を吐く。

「そっか。ジルに助けてもらったんだね。ありがとう」
「ああ。貸し一つな」
「……そこは「気にするな」って言うところじゃない?」
「無論、冗談だ」
「無表情で言われても冗談に聞こえないよ……」

 無表情で揶揄からかうジルヴェスターの姿に、レアルは苦笑するしかなかった。

「おそらく過労で倒れたんだろうが、一応医者に診てもらえよ」
「……そうするよ」

 ジルヴェスターは医者ではないので専門的な知識はないが、診た感じだと過労で倒れたのだと判断した。とはいえ病気の可能性もあるので、一度しっかりと医者に診てもらうのが賢明だろう。

「――それより今何時?」
「今はちょうど昼時だな」
「え!?」

 焦りを浮かべるレアル。

「遅刻じゃん!」

 慌ててベッドから飛び起きるが、この後ジルヴェスターが告げる言葉に硬直する。

「お前丸一日寝ていたから今更だぞ」
「え」

 レアルは聞こえてきた言葉に耳を疑う。
 窓の外からは心地良い鳥の鳴き声が聞こえてくるが、レアルの耳には全く届いていない。

「い、今なんて?」

 一度深呼吸をしてから改めて聞き返す。

「お前丸一日寝ていたから今更だぞ」
「……」

 先程と一言一句同じ言葉が返ってきて、聞き間違いではなかったのだと悟る。

「今日は何日?」
「二十二日だな」
「嘘でしょ……」

 本当に丸一日寝ていたのだと理解して愕然とした。

「ってかやばい! 早く帰らないと!!」

 レアルは顔面蒼白になり、尚且つ冷や汗を搔きながら慌てて帰り支度を始める。
 日差しがレアルの顔を照らして蒼白具合は薄められているが、それでも今日一番の蒼白ぶりだ。

「ああ! でも授業も出ないと!!」

 傍目に見てもパニック状態に陥っている友人に、ジルヴェスターは肩を竦めながら声を掛ける。

「とりあえず落ち着け」
「ああ、そうだよね。ごめん……」

 落ち着かせる為にレアルをベッドに座らせる。
 一応落ち着きを取り戻したところでレアルはあることに思い至った。

「――そういえば、ジルは授業どうしたの?」

 今日も学園は登校日だ。
 そんな中、ジルヴェスターは寮の部屋にいる。授業はどうしたのか疑問を抱くのは道理だろう。

「今は昼休憩の時間だからな。ちょうどいいからお前の様子を見に来たんだ。だから心配するな」
「そっか……。良かった」

 今は昼休憩の時間なので、寮の部屋に戻ったところで咎められる謂れはない。
 時間ができたのでレアルの様子を確認しに来たら、ちょうど目が覚めたところだったのだ。

「それとお前が壁外で倒れていたことと、昨日の欠席の件は学園長に伝えてあるから担任にも伝わっていると思うぞ。今日の件も理解しているだろう」
「……重ね重ねご迷惑をお掛け致しました」

 さすがに無断欠席させるわけにはいかない。
 なので、ジルヴェスターは事前にレアルが欠席する旨と経緯を学園長に伝えていた。

 レアルが所属するクラスであるB組の担任ではなく、学園長のレティに伝えたのは、ジルヴェスターがB組の担任との面識が薄かったからだ。それにレティの方が気軽に訪ねることができるというのもある。

 何より、自分が壁外に出向いていたことを指摘させるのが面倒だったので、自分の素性を知っているレティの方が何かと都合が良かったのが本音だ。

 助けてもらったことといい、色々と根回ししてもらったことといい、完全に迷惑をかけっぱなしである事実に、レアルはベッドに正座して頭を下げた。

「これは本当に貸しでも仕方ないね……」

 日差しに照らされて一層光り輝く金髪をなびかせながら頭を掻いて苦笑する。

「とりあえず体調が問題ないのなら、午後からは授業に出らたどうだ?」
「……そうだね。そうするよ」
「早く帰らないと、と慌てていたわりには素直だな」
「うん。早く帰らないといけないのは事実なんだけど、授業をサボると母さんに叱られるから……」
「なるほど。確かにそれは一大事だ」

 ジルヴェスターとレアルは肩を竦めて苦笑し合う。

 母親に頭が上がらないのはこの世に存在する全ての息子の共通点かもしれない。

 ジルヴェスターの実母は既に亡くなっているが、生きていたら頭が上がらなかったであろうと容易に想像がつく。
 それに実母はいなくても、育ての親はいる。レイチェルとグラディスの母親だ。ジルヴェスターも育ての母には弱いところがあるので、レアルの気持ちは良く理解できた。

「――さて、そろそろ教室に戻る」
「僕も行くよ。一度寮に戻らないといけないし」

 いつまでも悠長にはしていられない。時間は有限だ。昼休憩の時間が終わってしまう。

 レアルは普段、寮で暮している。――頻繁に母の様子を見に帰宅しているが。
 なので、自分の部屋に戻って支度を整えないといけなかった。

 レアルとジルヴェスターの寮は別の建物だ。
 二人が契約している寮はグレードが異なる。

 ジルヴェスターが契約している寮は最もグレードの高い寮だ。
 対してレアルが契約している寮は平均的なグレードの寮である。一般家庭出身の生徒が多く契約している寮で、所謂庶民的な寮だ。故に二人が契約している寮は間取りも内装も異なる。

 そしてジルヴェスターは教室へ、レアルは自分の寮の部屋へと向かうのであった。
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