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囚われの親子編
第9話 貸し(四)
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◇ ◇ ◇
放課後――レアルの姿はプリム区のティシャンという町の住宅街にある一際大きい豪邸にあった。
ティシャンは、最も美しい区と謳われているプリム区の中でも、最も美しい町と称されている。
荘厳で神秘的な建築物が堂々とした存在感を放っているが、住宅街はモダンな建物が建ち並び、互いに邪魔せず交り合っている。
場所はプリム区の中心から数キロほど北東に行った辺りにあり、交通の便が良くて観光客に人気のある町だ。
「はぁ~」
レアルは気が重かった。
母に会うのは嬉しいが、別の用件が彼の足取りを重くしており溜息が止まらない。
ジルヴェスターの寮の部屋で目覚めた後、遅刻はしたがしっかりと授業には出席した。
教室に移動した際はレベッカやシズカなどクラスメイトに心配されたが、いつも通り真面目に勉学に励んだ。
普段なら寮の自室に戻るところだが、今日は済まさなくてはならない用事があった。その用事が彼の足取りを重くしている。
レアルは逃避するように真っ先に母に会いに行くことにした。
豪邸の廊下を慣れた様子で歩いていくと、次々といろんな女性とすれ違う。女性たちとは特に話したりはしない。面識はあるが大して親しくないからだ。中には良くしてくれる人もいるが、ほとんどは赤の他人である。
そして母の私室の前に辿り着くと扉をノックする。
母と会うのはランチェスター学園に入学する前が最後だったので約三カ月振りだ。その所為か気が逸り少しノックが強くなってしまった。
「どうぞ」
扉の向こうから入室を許可する声が返ってきたので、遠慮なく扉を開く。
「母さん、ただいま」
「あら、おかえりなさい」
部屋の中にはソファで寛ぐ女性がいた。
彼女はレアルの母――カーラ・イングルスだ。
レアルと同じ白い肌に碧眼を宿している。髪の色は息子とは違い茶髪だ。
レアルが端正な顔立ちをしているのが納得できるほどの美女で、妖艶さと可憐さを兼ね備えている上に、理知的な印象も窺える。
「あいつは?」
レアルは入室するや否や目的の人物の所在を尋ねる。
彼の声音には苦々しさが溢れている。
「今は外出中よ」
「そうなんだ。ならしばらくゆっくりすることにするよ」
せっかく母に会えたので談笑することにし、歩を進めて空いているソファに腰を下ろす。
「紅茶でいい?」
「うん。ありがとう」
カーラは席を立って息子の分の紅茶を用意する。
(どうせあのスケベオヤジのことだから娼館にでも行っているんだろうけど……)
レアルは用のある人物の外出理由を脳裏に思い浮かべる。
(いや、考えるのは止めよう。気分が悪くなる)
気分が急降下して苦々しい感情が胸を締め付け始めたところで、頭を振って思考を切り替える。
件の人物に対するレアルの評価はただただ辛辣であった。
真面目で裏表のない好青年であるレアルにここまで悪感情を抱かせる人物とは、いったいどのような人間なのか。
「学校はどう?」
紅茶を淹れながら尋ねるカーラ。
思考に耽っていたレアルは不意を突かれ、内心で慌てながらも笑顔を浮かべて答える。
「楽しいよ。友達もできたし」
「そう。それは良かったわ。今度お母さんにも紹介してね」
「機会があればね」
年相応の笑顔を浮かべるレアルは楽しそうだ。
母親との会話を心から楽しんでいるのが表情と声音から伝わってくる。
「はい」
「ありがとう」
カップを載せたトレイを手に戻ってきたカーラは、カップをレアルの前に置く。
「美味しい」
レアルはカップを手に取り一口啜ると、ほっと息を吐く。
「母さんこそ最近どう?」
「お母さんはいつも通りよ」
「あいつに変なことされてない?」
「変なことって……大丈夫よ」
息子の質問にカーラは微笑みを浮かべながら答える。
息子の言い方に少し思うところがあったのか一瞬表情に影が差したが、すぐに笑みに戻った。
「あなたこそ無理しないようにね。お母さんは大丈夫だから」
「僕は大丈夫だよ。心配しないで」
「そう。それならいいけれど……」
カーラは息子が連日忙しそうにしているのを把握している。故に心配していた。
笑みを浮かべて答える息子が気丈に振舞っているのがわかり、心が痛む。
いくら息子が母を心配させまいと気丈に振舞っていたとしても、母の目は誤魔化せないものだ。自分の腹を痛めて産んだ子のことは手に取るようにわかる。子供のことを愛していないのならばともかく、愛しい息子のことである。一目瞭然だ。
「姉さんには会った?」
「会っていないわ」
「そっか……」
レアルには姉が一人いる。しかし、現在三人は諸事情により離れて暮らしている。
レアルは時々母の様子を見に来ているので会えているが、姉は会いに来ていない。正確には会いに来ないのではなく、カーラが来させないようにしている。
カーラとしては娘の顔を見たいが、身を案じて離れさせていた。カーラの表情には寂しさが滲み出ている。
「時間ができたら僕が会いに行ってくるよ」
「ありがとう。よろしくね」
レアルは時間があれば時々姉に会いに行っている。
姉の様子を確認しに行き、代わりに母に近況を伝える。そして、逆に姉には母の近況を伝えるという役割をこなしていた。
ただでさえ最近は多忙な日々を送っているのに、更に苦労を抱え込もうとしている。これでは休む暇がないだろう。
「でも無理はしないでね。お母さんは二人が元気ならそれだけで幸せだから」
「うん。わかっているよ」
母としては娘と息子が元気に過ごしていてほしい気持ちでいっぱいだった。
レアルは母に心配を掛けたくないので、素直に頷いて笑みを浮かべる。
「でも、母さんももし何かあれば遠慮しないで言ってね」
「ええ。ありがとう」
レアルからしてみれば、最も心労が絶えないのは母だと思っている。事情が事情だとはいえ、気掛かりがある事実は揺るがない。もし何かあればすぐにでも駆け付ける心積もりでいた。
そんな息子の優しい想いを感じ取ったカーラは嬉しくなり、慈愛の籠った微笑みを浮かべる。
「さあ、暗い話はこの辺にして楽しい話をしましょう」
「うん。そうだね」
息子とは暗い話よりも楽しい話をしたい。沈んだ空気を切り替える意味を込めて、少し大袈裟に話題転換を図った。
レアルも同じ気持ちだったので、すんなりとことが運ぶ。
そしてその後は、久々に親子水入らずの楽しい時間を過ごすのであった。
放課後――レアルの姿はプリム区のティシャンという町の住宅街にある一際大きい豪邸にあった。
ティシャンは、最も美しい区と謳われているプリム区の中でも、最も美しい町と称されている。
荘厳で神秘的な建築物が堂々とした存在感を放っているが、住宅街はモダンな建物が建ち並び、互いに邪魔せず交り合っている。
場所はプリム区の中心から数キロほど北東に行った辺りにあり、交通の便が良くて観光客に人気のある町だ。
「はぁ~」
レアルは気が重かった。
母に会うのは嬉しいが、別の用件が彼の足取りを重くしており溜息が止まらない。
ジルヴェスターの寮の部屋で目覚めた後、遅刻はしたがしっかりと授業には出席した。
教室に移動した際はレベッカやシズカなどクラスメイトに心配されたが、いつも通り真面目に勉学に励んだ。
普段なら寮の自室に戻るところだが、今日は済まさなくてはならない用事があった。その用事が彼の足取りを重くしている。
レアルは逃避するように真っ先に母に会いに行くことにした。
豪邸の廊下を慣れた様子で歩いていくと、次々といろんな女性とすれ違う。女性たちとは特に話したりはしない。面識はあるが大して親しくないからだ。中には良くしてくれる人もいるが、ほとんどは赤の他人である。
そして母の私室の前に辿り着くと扉をノックする。
母と会うのはランチェスター学園に入学する前が最後だったので約三カ月振りだ。その所為か気が逸り少しノックが強くなってしまった。
「どうぞ」
扉の向こうから入室を許可する声が返ってきたので、遠慮なく扉を開く。
「母さん、ただいま」
「あら、おかえりなさい」
部屋の中にはソファで寛ぐ女性がいた。
彼女はレアルの母――カーラ・イングルスだ。
レアルと同じ白い肌に碧眼を宿している。髪の色は息子とは違い茶髪だ。
レアルが端正な顔立ちをしているのが納得できるほどの美女で、妖艶さと可憐さを兼ね備えている上に、理知的な印象も窺える。
「あいつは?」
レアルは入室するや否や目的の人物の所在を尋ねる。
彼の声音には苦々しさが溢れている。
「今は外出中よ」
「そうなんだ。ならしばらくゆっくりすることにするよ」
せっかく母に会えたので談笑することにし、歩を進めて空いているソファに腰を下ろす。
「紅茶でいい?」
「うん。ありがとう」
カーラは席を立って息子の分の紅茶を用意する。
(どうせあのスケベオヤジのことだから娼館にでも行っているんだろうけど……)
レアルは用のある人物の外出理由を脳裏に思い浮かべる。
(いや、考えるのは止めよう。気分が悪くなる)
気分が急降下して苦々しい感情が胸を締め付け始めたところで、頭を振って思考を切り替える。
件の人物に対するレアルの評価はただただ辛辣であった。
真面目で裏表のない好青年であるレアルにここまで悪感情を抱かせる人物とは、いったいどのような人間なのか。
「学校はどう?」
紅茶を淹れながら尋ねるカーラ。
思考に耽っていたレアルは不意を突かれ、内心で慌てながらも笑顔を浮かべて答える。
「楽しいよ。友達もできたし」
「そう。それは良かったわ。今度お母さんにも紹介してね」
「機会があればね」
年相応の笑顔を浮かべるレアルは楽しそうだ。
母親との会話を心から楽しんでいるのが表情と声音から伝わってくる。
「はい」
「ありがとう」
カップを載せたトレイを手に戻ってきたカーラは、カップをレアルの前に置く。
「美味しい」
レアルはカップを手に取り一口啜ると、ほっと息を吐く。
「母さんこそ最近どう?」
「お母さんはいつも通りよ」
「あいつに変なことされてない?」
「変なことって……大丈夫よ」
息子の質問にカーラは微笑みを浮かべながら答える。
息子の言い方に少し思うところがあったのか一瞬表情に影が差したが、すぐに笑みに戻った。
「あなたこそ無理しないようにね。お母さんは大丈夫だから」
「僕は大丈夫だよ。心配しないで」
「そう。それならいいけれど……」
カーラは息子が連日忙しそうにしているのを把握している。故に心配していた。
笑みを浮かべて答える息子が気丈に振舞っているのがわかり、心が痛む。
いくら息子が母を心配させまいと気丈に振舞っていたとしても、母の目は誤魔化せないものだ。自分の腹を痛めて産んだ子のことは手に取るようにわかる。子供のことを愛していないのならばともかく、愛しい息子のことである。一目瞭然だ。
「姉さんには会った?」
「会っていないわ」
「そっか……」
レアルには姉が一人いる。しかし、現在三人は諸事情により離れて暮らしている。
レアルは時々母の様子を見に来ているので会えているが、姉は会いに来ていない。正確には会いに来ないのではなく、カーラが来させないようにしている。
カーラとしては娘の顔を見たいが、身を案じて離れさせていた。カーラの表情には寂しさが滲み出ている。
「時間ができたら僕が会いに行ってくるよ」
「ありがとう。よろしくね」
レアルは時間があれば時々姉に会いに行っている。
姉の様子を確認しに行き、代わりに母に近況を伝える。そして、逆に姉には母の近況を伝えるという役割をこなしていた。
ただでさえ最近は多忙な日々を送っているのに、更に苦労を抱え込もうとしている。これでは休む暇がないだろう。
「でも無理はしないでね。お母さんは二人が元気ならそれだけで幸せだから」
「うん。わかっているよ」
母としては娘と息子が元気に過ごしていてほしい気持ちでいっぱいだった。
レアルは母に心配を掛けたくないので、素直に頷いて笑みを浮かべる。
「でも、母さんももし何かあれば遠慮しないで言ってね」
「ええ。ありがとう」
レアルからしてみれば、最も心労が絶えないのは母だと思っている。事情が事情だとはいえ、気掛かりがある事実は揺るがない。もし何かあればすぐにでも駆け付ける心積もりでいた。
そんな息子の優しい想いを感じ取ったカーラは嬉しくなり、慈愛の籠った微笑みを浮かべる。
「さあ、暗い話はこの辺にして楽しい話をしましょう」
「うん。そうだね」
息子とは暗い話よりも楽しい話をしたい。沈んだ空気を切り替える意味を込めて、少し大袈裟に話題転換を図った。
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