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囚われの親子編
第24話 既視感
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◇ ◇ ◇
三月二十八日の黄昏時――ペトルグルージュ区のクイントバーンという町の歓楽街を居心地悪そうに歩いている者がいた。
ペトルグルージュ区はウォール・ツヴァイ内の北東に位置し、国内最大の歓楽街を有する区だ。
クイントバーンはペトルグルージュ区内で最も大きな町であり、区内の行政の中心で、区内最大の人口を誇る。国内最大の歓楽街を有するこの町は、夜になると人々が活気に溢れ賑わうのが特徴だ。
(場違いがすぎる……)
黄昏時になり徐々に活動的になっている歓楽街を肩身が狭そうに歩く者は、余計なトラブルに巻き込まれない為に、行き違う人々と目線を合わせないように気をつけながら定まらない焦点で目的地へと向かっていた。
慣れない場の雰囲気に場違い感が拭えず、一刻も早くこの場かた立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
「――そこの君、これからどう?」
まだ肌寒い季節にも拘わらず、露出の多い身形をしている街娼と思われる女性に声を掛けられる。
「――!? い、いえ、結構です」
顔を赤らめて視線を逸らしながら断りを入れ、歩くペースを上げて逃げるように去っていく。
女性慣れしていない初心な印象が窺える。
夜の街とも言われるクイントバーンは欲望渦巻く場所だ。
歓楽街を外れれば住宅街なども広がっているが、町の外からも多くの人が足を運ぶ歓楽街が何よりも目玉であり、強烈な存在感を放っている。
居酒屋、バー、娼館、カジノ、はたまたどのようなコンセプトなのかわからない店など、様々な店舗が乱立している。
「――レアル・イングルスだな」
店舗の照明や街灯が徐々に点灯し始めて街を彩っていく中、娼館を通り過ぎたところで店舗脇の路地から突然声を掛けられる。嗄れた男の声であった。
声のした方に視線を向けると、そこには浮浪者のような身形をした男がいた。
視線の先にいる男に無言のまま頷いて肯定する。
「ついて来い」
男は間髪入れずにそう言うと、路地裏に消えていった。
レアルは慌てて後を追い掛ける。
路地裏の入り組んだ細い道を足早に進んでいくと、一層薄暗くて人目につかなくなっていく。
歓楽街に足を踏み入れた時から不安でいっぱいだったレアルは、より一層不安と緊張で動悸が激しくなる。
レアルにはとても長い時間に感じ、どこまでついて行けばいいのか、と思った時、前を歩く男が突然立ち止まった。
「これを」
男が懐から封筒を取り出してレアルに手渡す。
「確認したら焼却するように」
レアルは男の言葉に頷くと封を開け、中から一枚の便箋を取り出した。
そして便箋に目を通す。
「……!?」
記されていた内容に目を見張る。
「これは命令書だよね……?」
平静を装いつつも内心は動揺が占めていた。
「知らん。俺は金を貰った見返りに人目のつかない場所でそれをお前に渡すよう言われただけだ」
目の前にいる浮浪者は報酬として金を前払いで受け取り、その代わりに命令書を手渡すように命令されていただけだ。なので、事情は全く理解していない。面倒事に巻き込まれるのは御免なので、命令書には一切目を通していなかった。
事前に知らされていたのはレアル・イングルスという名前と外見的特徴だけである。
わざわざこんな場所にレアルを呼び出して浮浪者に命令書を渡させるように細工したのは、万が一を考慮してのことだろう。
クイントバーンの歓楽街に巣食う浮浪者なら命令を出した者への足がつきにくいし、もしもの時は簡単に消せる。
欲望渦巻き、善悪が混在する場所だからこそ、後ろ暗いことをするのにはうってつけであった。
浮浪者の返答を耳にしたレアルは一度深呼吸をすると、再び命令書に目を通す。
(本当に僕がこれを……? こんなことが許されると?)
自分に下された命令に葛藤する。
眉間に皺を寄せながら考え込むが、考えれば考えるほど気が沈む。現実逃避したい気分だった。
彼の気が沈んでいくのを表しているかのように日も沈んでいき、夜が深くなっていく。
(くっ、でも僕がやらないと……!!)
レアルは考えれば考えるほど良心が痛んだ。
歯を食いしばり葛藤する姿が痛々しいが、この場に彼を心配する者はいない。
都合良く使われている事実だけでも勘弁願いたいのが彼の本音だ。
その上、自身に下された不本意な命令を実行しろと言われれば全く気が進まない。
そもそも良心的にも道徳的にも許されることではないので、ただただ嫌悪感が募るばかりだった。
(……駄目だ。一度帰って落ち着こう)
とにかく一度冷静になる為にも落ち着ける場所に行きたかった。
それも仕方がないだろう。彼は一般的な感性を持つ若人だ。
嫌悪感でいっぱいな胸の内に蓋をしてでも実行に移さなくてはならない理由が彼にはある。覚悟を決めなくてはならない。その為の時間が必要だった。
一層歯を食いしばったレアルは、命令書を焼却せずに異空間収納にしまうと、逃げるように脇目も振らずに駆け出した。
三月二十八日の黄昏時――ペトルグルージュ区のクイントバーンという町の歓楽街を居心地悪そうに歩いている者がいた。
ペトルグルージュ区はウォール・ツヴァイ内の北東に位置し、国内最大の歓楽街を有する区だ。
クイントバーンはペトルグルージュ区内で最も大きな町であり、区内の行政の中心で、区内最大の人口を誇る。国内最大の歓楽街を有するこの町は、夜になると人々が活気に溢れ賑わうのが特徴だ。
(場違いがすぎる……)
黄昏時になり徐々に活動的になっている歓楽街を肩身が狭そうに歩く者は、余計なトラブルに巻き込まれない為に、行き違う人々と目線を合わせないように気をつけながら定まらない焦点で目的地へと向かっていた。
慣れない場の雰囲気に場違い感が拭えず、一刻も早くこの場かた立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。
「――そこの君、これからどう?」
まだ肌寒い季節にも拘わらず、露出の多い身形をしている街娼と思われる女性に声を掛けられる。
「――!? い、いえ、結構です」
顔を赤らめて視線を逸らしながら断りを入れ、歩くペースを上げて逃げるように去っていく。
女性慣れしていない初心な印象が窺える。
夜の街とも言われるクイントバーンは欲望渦巻く場所だ。
歓楽街を外れれば住宅街なども広がっているが、町の外からも多くの人が足を運ぶ歓楽街が何よりも目玉であり、強烈な存在感を放っている。
居酒屋、バー、娼館、カジノ、はたまたどのようなコンセプトなのかわからない店など、様々な店舗が乱立している。
「――レアル・イングルスだな」
店舗の照明や街灯が徐々に点灯し始めて街を彩っていく中、娼館を通り過ぎたところで店舗脇の路地から突然声を掛けられる。嗄れた男の声であった。
声のした方に視線を向けると、そこには浮浪者のような身形をした男がいた。
視線の先にいる男に無言のまま頷いて肯定する。
「ついて来い」
男は間髪入れずにそう言うと、路地裏に消えていった。
レアルは慌てて後を追い掛ける。
路地裏の入り組んだ細い道を足早に進んでいくと、一層薄暗くて人目につかなくなっていく。
歓楽街に足を踏み入れた時から不安でいっぱいだったレアルは、より一層不安と緊張で動悸が激しくなる。
レアルにはとても長い時間に感じ、どこまでついて行けばいいのか、と思った時、前を歩く男が突然立ち止まった。
「これを」
男が懐から封筒を取り出してレアルに手渡す。
「確認したら焼却するように」
レアルは男の言葉に頷くと封を開け、中から一枚の便箋を取り出した。
そして便箋に目を通す。
「……!?」
記されていた内容に目を見張る。
「これは命令書だよね……?」
平静を装いつつも内心は動揺が占めていた。
「知らん。俺は金を貰った見返りに人目のつかない場所でそれをお前に渡すよう言われただけだ」
目の前にいる浮浪者は報酬として金を前払いで受け取り、その代わりに命令書を手渡すように命令されていただけだ。なので、事情は全く理解していない。面倒事に巻き込まれるのは御免なので、命令書には一切目を通していなかった。
事前に知らされていたのはレアル・イングルスという名前と外見的特徴だけである。
わざわざこんな場所にレアルを呼び出して浮浪者に命令書を渡させるように細工したのは、万が一を考慮してのことだろう。
クイントバーンの歓楽街に巣食う浮浪者なら命令を出した者への足がつきにくいし、もしもの時は簡単に消せる。
欲望渦巻き、善悪が混在する場所だからこそ、後ろ暗いことをするのにはうってつけであった。
浮浪者の返答を耳にしたレアルは一度深呼吸をすると、再び命令書に目を通す。
(本当に僕がこれを……? こんなことが許されると?)
自分に下された命令に葛藤する。
眉間に皺を寄せながら考え込むが、考えれば考えるほど気が沈む。現実逃避したい気分だった。
彼の気が沈んでいくのを表しているかのように日も沈んでいき、夜が深くなっていく。
(くっ、でも僕がやらないと……!!)
レアルは考えれば考えるほど良心が痛んだ。
歯を食いしばり葛藤する姿が痛々しいが、この場に彼を心配する者はいない。
都合良く使われている事実だけでも勘弁願いたいのが彼の本音だ。
その上、自身に下された不本意な命令を実行しろと言われれば全く気が進まない。
そもそも良心的にも道徳的にも許されることではないので、ただただ嫌悪感が募るばかりだった。
(……駄目だ。一度帰って落ち着こう)
とにかく一度冷静になる為にも落ち着ける場所に行きたかった。
それも仕方がないだろう。彼は一般的な感性を持つ若人だ。
嫌悪感でいっぱいな胸の内に蓋をしてでも実行に移さなくてはならない理由が彼にはある。覚悟を決めなくてはならない。その為の時間が必要だった。
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