君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第2話 夕食

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 学校から帰宅した実親は夕食の支度をしていた。

 実親は父との二人暮らしだ。
 元々身体の弱かった母は十年前に亡くなっており、以降は二人では広過ぎる戸建で暮らしている。

 男二人で協力しながら生活しているので、実親の家事の腕前は主婦にも劣らない。
 幼い頃から家事を熟していた。料理以外は。
 料理は危ないから駄目だと父に止められていたからだ。幼い子に包丁や火を使わせる訳にはいかないので当然の判断であろう。
 小学校高学年になった頃から料理も行うようになり、今では全ての家事を手際よく熟している。

 そして今は父の分も一緒に夕食の用意をしているが、紫苑の痴態が脳裏に焼き付いて料理に集中出来ていなかった。
 いつもより倍近く時間が掛かってしまう。
 経験値のお陰で怪我や失敗をしなかったのは幸いだ。
 時折集中力が切れるもなんとか料理を終え、父が帰って来るまでの間は自分の部屋に籠ることにした。

 二人はなるべく一緒に夕食を摂ることにしている。
 勿論父の帰りが遅く別々になることもあるが、共にした方が準備が楽だからだ。態々わざわざ温め直す手間もなく、出来立てを食べられる。なので今日も父が帰って来るのを待つことにした。

 実親は二階にある自室に入ると、すぐに机に向かう。
 室内には壁一面を埋め尽くすほど本棚が並んでおり、収められた書籍が存在感を放っていた。

 椅子に腰掛けパソコンを起動させると執筆ソフトを開き、軽快なタッチで小説を書いていく。

 実は実親はプロのライトノベル作家だ。
 中学生の頃に出版社の公募で受賞し、そのままデビューした。
 そして現在は二作品連載している。ありがたいことに二作品とも人気を博しており、順風満帆な作家活動を送っている。

 兎にも角にも今は悶々とした気持ちを執筆にぶつけて消化したかった。
 こういう時はアイディアが溢れ、良い文章を書けるとわかっている。体験したことを小説に落とし込んでこそプロと言えるだろう。

 手が止まることなくタイピングを続けていく。
 その後も時間を忘れるほど夢中で執筆していき、一段落ついたところで手を止めた。
 両手を頭上へ突き上げ背筋を伸ばす。

「んんー」

 凝り固まった筋肉が解され、気持ち良くて爽快だ。

「ただいまー」

 その時、一階から父の声が聞こえて来た。

「もう十九しち時か……」

 時計を確認すると既に針は十九時を回っていた。

「飯にしよう」

 父も帰って来たので夕食にしようと思い椅子から立ち上がる。
 部屋を出て一階へ向かうと、廊下でスーツ姿の父とすれ違った。

 実親の父の名は悟と言う。
 今年で四十歳の悟は物腰が柔らかくて感情的になることもなく温厚な性格だ。
 今まで息子の為に仕事も家事も育児も怠らず懸命に行ってきて、不満や愚痴も述べず疲れた姿も見せない父のことを実親は心の底から尊敬している。

「今からパスタを茹でるから先に風呂入って来たら?」
「お、そうか? わかった」

 実親の勧めに悟は素直に応じる。

 今晩の夕食はミートソーススパゲティだ。
 これからミートソースを温め直し、パスタを茹でなくてはならない。
 男なのでそれほど長い時間風呂に浸からない。パスタを茹でている間に入って来ることも可能だ。物足りなければ後でまた入浴すれば済むことでもある。

 父は一度台所へ向かい冷蔵庫を開けてお茶を取り出す。棚からグラスを取り出してお茶を注ぎ、一気に飲み干した。
 その後は自室へ向かう。
 荷物を置き、着替えを取りに行ったのだろう。

 一連の様子を横目で流し見ていた実親は棚から茹で鍋を取り出し水を注ぐ。
 充分な量を注ぐと焜炉こんろに鍋を置き火を点ける。
 同時に事前に作っておいたミートソースの入った底の深いフライパンにも火を点けて温める。

 ミートソースが焦げないように適宜かき混ぜながらお湯が沸騰するのを待つ。
 お湯が沸くと塩を適量入れ、パスタを鍋に投入する。
 そしてパスタ同士がくっ付かないように適宜かき混ぜるのを怠らない。

 先にミートソースが温め終わったのでフライパンの火を止め、蓋をして置いておく。

 パスタが茹で終わるまでに用意しておいたサラダを冷蔵庫から取り出してテーブルに置く。
 取り皿やドレッシングなども取り出してテーブルに並べる。

 そろそろ良い頃合いかな、と思った実親は焜炉の前に戻りパスタを一本取り出して口に入れた。咀嚼して茹で具合を確認する。
 問題ないと判断し、ざるを用意して流し台で湯切りを行う。

 充分に湯切りを行うと、パスタを自分の分と父の分それぞれ器に取り分ける。
 そして最後にオリーブオイルとミートソースを適量掛けたら完成だ。
 好みの量掛けられるようにドライバジルと粉チーズも用意しておく。

 二つの器をテーブルに置くと、丁度ドライヤーの音が聞こえて来た。
 湿気対策の為に風呂場の扉を開けているのでドライヤーの音がはっきりと聞こえる。

 完璧なタイミングだ。
 少し待つだけで済みそうだと安堵し椅子に腰掛ける。

 ドライヤーの音が鳴り止むと、風呂上がりの悟がやって来た。

「お、美味そうだな」

 風呂上がりで喉が渇いている悟は先に冷蔵庫に向かい水分補給をする。
 喉を潤した悟が椅子に腰掛けると食事を開始した。

「頂きます」

 そのまま暫く他愛もない会話を交わしながら食事をしていると、唐突に父がフォークを置き、意を決したように口を開く。

「少し良いか?」
「何?」

 実親は間を置くことなく頷き、続きを促す。

「実はな……」

 悟は緊張で少し表情が硬くなっている。
 
「父さん再婚しようと思うんだ」

 実親から視線を逸らすことなく、意を決して告げた。
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