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第21話 先生
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放課後、一年B組の教室では予定通り勉強会が開かれていた。
天気が良く、教室一帯を日差しが照らしている。カーテンを閉めて強い日差しを遮っているが、窓を開けているので時折風で靡く。校庭からは部活動に励む生徒の声が聞こえて来る。
勉強会の参加者は男女三人ずつおり、それぞれ自分の苦手な科目を中心に勉強していた。六人は机を向かい合わせに移動して一塊になっている。
「サネせんせ、ここ教えてくれ」
教科書と睨めっこしていた亮が助けを求めた。
実親と亮は机を挟んで対面にいるので、実親は身を乗り出して亮が指を差している箇所に目を通す。
「ここは――」
亮が勉強しているのは数学だった。
数学はそれほど得意ではない実親だったが、わかる問題であれば教えることは可能だ。
亮が理解出来るまで確りと教えていく。
「多分わかった! サンキュ!」
亮は眉間に皺を寄せて説明を聞いていたが、理解が及んだのか表情が和らいで陽気な口調で礼を告げる。
本当にわかったのか実親は不安だったが、本人が言っているのだから「まあ良いか」と見守ることにした。
「ねえ、そのサネせんせって何?」
実親の左隣にいる千歳が首を傾げる。
勉強会が始まってから颯真と亮が口にしている「サネせんせ」という言葉がずっと気になっており、尋ねるタイミングを窺っていた。
「俺達のサネせんせ」
「説明になってないし……」
亮の返答に千歳は溜息を吐く。
確かに全く説明になっていない。
みかねた颯真はやれやれと肩を竦め、説明する為に口を開いた。
颯真は亮の右隣、千歳の対面にいる。
「前の中間試験でもサネに勉強を見てもらったんだよ。それ以降勉強を教えてもらっている時は俺達の中で先生なんだよ」
「ふーん」
千歳は頬杖をつく。
すると千歳の左隣から快活な声が掛かる。
「それ良いね! 私も使お」
「唯……?」
千歳は親友の言葉に驚いて目を瞬かせた。
「サネ先生ここ教えてー」
唯と呼ばれた少女は教科書を実親に差し出す。
彼女が勉強していたのは倫理だ。指を指している箇所に目を通した実親は丁寧に教えていく。
彼女の名前は茅野唯莉。
少し幼めな顔つきだが、化粧と髪型で可憐さと大人っぽさを上手く作り出している。髪型は胸元に届く長さの茶色のゆるリッチウェーブだ。
少しだけ胸元を開いているワイシャツの上にピンクのカーディガンを着ており、スカートは短くて露になっている太腿が眩しい。そして千歳と同じでルーズソックスを履いている。
耳にはピアス、腕にはブレスレット、首にはネックレスを身に付けていて派手な外見のギャルだ。
百六十に満たない身長だがスレンダーという訳ではなく、トランジスターグラマーに近い。それでも百五十センチ後半はあるのだが。
美人系というよりは可愛い系に類する少女だ。
二人の間にいるので仕方ないが、千歳は自分の目の前で行われているやり取りにモヤモヤが募る。
その姿を見ていたもう一人の少女が口を開く。
「ちーもサネ先生って呼んだら?」
彼女はシャープペンシル持ったまま頬杖ついている。
颯真の右隣、唯莉の対面にいる為、千歳の表情が良く見えていた。
「私もサネ先生って呼ぶしさ」
口元をにやつかせて言う。
面白がっている節を感じる表情だ。
「慧まで……」
千歳は困惑と呆れを内包した複雑な表情になりながら呟く。
慧と呼ばれた少女の名は才川慧と言う。
彼女も千歳の親友だ。
切れ長の目で、軽さと動きが出る黒髪のソフトウルフがクールな印象を与えている。襟足は長めで、括れのある髪型だ。
ワイシャツの胸元を少し開け、袖を捲くって七分丈にしている。
スカートは短めで、黒のパンティストッキングを履いており、スラっとした脚が魅惑的だ。
両耳には一つずつピアスが見える。
手足が長く、全体的にスラっとした身体つきがよりクールな印象を強くしてた。
千歳と唯莉は派手な身形をしているのでわかり易いギャルだが、慧は二人とは違いクールなギャルといった外見だ。
(サネと兄妹になってから少し様子がおかしい気がする)
慧は最近の千歳の様子に違和感を抱いていた。
些細な違いかもしれないが、機微の変化に気が付いていたのだ。
慧と唯莉は、実親と千歳が義理の兄妹になったことを知っている。千歳が伝えたからだ。
(もう少し様子を見てみようかな)
違和感はあるが無暗に突くつもりはないし、悪い変化でさえなければ良い。
もしもの時にいつでも手を差し伸べられるように一先ずは見守ることにした。
千歳、慧、唯莉は一緒にいることが多い仲良し三人組だ。
その中で慧は一歩引いていることが多い。自然と場の雰囲気を俯瞰しており、大人な立ち回りをする傾向にある。
「まあ、でも、それも面白いかもね」
困惑していた千歳だったが、改めて考えると面白いと思った。
「折角だし私も今はサネ先生って呼ぼ」
揶揄うような笑みを実親に向ける。
場のノリに合わせて実親のことを揶揄おうとでも思っているのだろうか。
だが――
「そういうプレイだね」
「言い方……」
慧の呟きに気勢を殺がれてしまう。
その時、一際強い風が吹いた。
「うお」
「きゃ」
一同は驚きの声を上げる。
カーテンが勢いよく靡き、教科書やノートがパラパラと捲れていく。
靡く髪を抑えて風がおさまるのを待つしかない。
風が少し静まったところで千歳が口を開く。
「凄い風だったね」
「だねー」
唯莉が髪を整えながら相槌を打つ。
「髪が目に入ったんだけど」
亮は痛みで涙目になった瞼を擦っている。
「開いてたのどこのページだっけ……」
颯真は風の所為で開いていたページがわからなくなっていた。
眉間に皺を寄せながら懸命に教科書を何度も捲《めく》っている。
「髪がボサボサに……」
千歳は髪を整えているが、自分で見えない場所は上手く直せずに苦戦していた。なので机に掛けている鞄から鏡を取り出そうと手を伸ばす。
だが、その前に実親が声を掛ける。
「じっとしてろ」
「ん?」
千歳は伸ばしかけた手を引っ込め、実親の方に顔を向けながら首を傾げた。
すると実親は千歳の頭に手を伸ばすと、そっと撫でるように優しく髪を整えていく。
(え? え? 何この状況)
千歳は平静を装って大人しくされるがままになっているが、実際は動悸が激しくなっていた。
(顔が熱いんだけど……私、照れてる? 顔赤くなってない!?)
内心は動揺で埋め尽くされていたのだ。
照れていることを悟られないように少しだけ俯く。だが良く見ると耳が赤くなっている。
その姿を慧の瞳が捉えていた。
(そっかー、そういうことかー。違和感の正体がわかっちゃった)
自分の髪に手櫛を通していた慧は得心し、訳知り顔になる。
最近気になっていた千歳の変化の理由に気が付いたからだ。
(ちー、これは中々難しい問題だよ)
慧は表情を変えないで頭を悩ます。
「ちーとサネ先生がイチャイチャしてるー」
自分の髪を整えるのに必死だった唯莉が、実親が千歳の髪を整えていることに気が付いた。
瞳を輝かせて二人のことを見つめている。興味津々なのが丸わかりだ。
「イチャついてないから!」
千歳は俯いたまま否定する。
顔が熱くなり頬が紅潮していくのが自分でもわかり、居た堪れない気持ちになっていく。
「おー、やるなー。サネせんせ」
唯莉の声に反応して未だに元々開いていたページを見つけられていない颯真も手を止めて顔を上げ、二人の様子を確認すると素直に実親のことを感心した。
「目がいてぇ」
亮だけは目の痛みと格闘していたが。
(まあ、今私が悩んでも仕方ないか。勘違いかもしれないし、機を見て本人に直接訊いてみようかな)
慧は小さく頭を振って一旦思考を放棄する。
今は兄妹として上手くやれているんだな、と思っておくことにして温かい眼差しを千歳に向けた。
そして――
「さ、勉強を再開しましょ」
一度手を打ち鳴らして散漫した空気を引き締めた。
まだ勉強は終わっていない。
この後も勉強会は続く。
慧のお陰で各自気を引き締め直し、それぞれのタイミングで勉強を再開させていった。
天気が良く、教室一帯を日差しが照らしている。カーテンを閉めて強い日差しを遮っているが、窓を開けているので時折風で靡く。校庭からは部活動に励む生徒の声が聞こえて来る。
勉強会の参加者は男女三人ずつおり、それぞれ自分の苦手な科目を中心に勉強していた。六人は机を向かい合わせに移動して一塊になっている。
「サネせんせ、ここ教えてくれ」
教科書と睨めっこしていた亮が助けを求めた。
実親と亮は机を挟んで対面にいるので、実親は身を乗り出して亮が指を差している箇所に目を通す。
「ここは――」
亮が勉強しているのは数学だった。
数学はそれほど得意ではない実親だったが、わかる問題であれば教えることは可能だ。
亮が理解出来るまで確りと教えていく。
「多分わかった! サンキュ!」
亮は眉間に皺を寄せて説明を聞いていたが、理解が及んだのか表情が和らいで陽気な口調で礼を告げる。
本当にわかったのか実親は不安だったが、本人が言っているのだから「まあ良いか」と見守ることにした。
「ねえ、そのサネせんせって何?」
実親の左隣にいる千歳が首を傾げる。
勉強会が始まってから颯真と亮が口にしている「サネせんせ」という言葉がずっと気になっており、尋ねるタイミングを窺っていた。
「俺達のサネせんせ」
「説明になってないし……」
亮の返答に千歳は溜息を吐く。
確かに全く説明になっていない。
みかねた颯真はやれやれと肩を竦め、説明する為に口を開いた。
颯真は亮の右隣、千歳の対面にいる。
「前の中間試験でもサネに勉強を見てもらったんだよ。それ以降勉強を教えてもらっている時は俺達の中で先生なんだよ」
「ふーん」
千歳は頬杖をつく。
すると千歳の左隣から快活な声が掛かる。
「それ良いね! 私も使お」
「唯……?」
千歳は親友の言葉に驚いて目を瞬かせた。
「サネ先生ここ教えてー」
唯と呼ばれた少女は教科書を実親に差し出す。
彼女が勉強していたのは倫理だ。指を指している箇所に目を通した実親は丁寧に教えていく。
彼女の名前は茅野唯莉。
少し幼めな顔つきだが、化粧と髪型で可憐さと大人っぽさを上手く作り出している。髪型は胸元に届く長さの茶色のゆるリッチウェーブだ。
少しだけ胸元を開いているワイシャツの上にピンクのカーディガンを着ており、スカートは短くて露になっている太腿が眩しい。そして千歳と同じでルーズソックスを履いている。
耳にはピアス、腕にはブレスレット、首にはネックレスを身に付けていて派手な外見のギャルだ。
百六十に満たない身長だがスレンダーという訳ではなく、トランジスターグラマーに近い。それでも百五十センチ後半はあるのだが。
美人系というよりは可愛い系に類する少女だ。
二人の間にいるので仕方ないが、千歳は自分の目の前で行われているやり取りにモヤモヤが募る。
その姿を見ていたもう一人の少女が口を開く。
「ちーもサネ先生って呼んだら?」
彼女はシャープペンシル持ったまま頬杖ついている。
颯真の右隣、唯莉の対面にいる為、千歳の表情が良く見えていた。
「私もサネ先生って呼ぶしさ」
口元をにやつかせて言う。
面白がっている節を感じる表情だ。
「慧まで……」
千歳は困惑と呆れを内包した複雑な表情になりながら呟く。
慧と呼ばれた少女の名は才川慧と言う。
彼女も千歳の親友だ。
切れ長の目で、軽さと動きが出る黒髪のソフトウルフがクールな印象を与えている。襟足は長めで、括れのある髪型だ。
ワイシャツの胸元を少し開け、袖を捲くって七分丈にしている。
スカートは短めで、黒のパンティストッキングを履いており、スラっとした脚が魅惑的だ。
両耳には一つずつピアスが見える。
手足が長く、全体的にスラっとした身体つきがよりクールな印象を強くしてた。
千歳と唯莉は派手な身形をしているのでわかり易いギャルだが、慧は二人とは違いクールなギャルといった外見だ。
(サネと兄妹になってから少し様子がおかしい気がする)
慧は最近の千歳の様子に違和感を抱いていた。
些細な違いかもしれないが、機微の変化に気が付いていたのだ。
慧と唯莉は、実親と千歳が義理の兄妹になったことを知っている。千歳が伝えたからだ。
(もう少し様子を見てみようかな)
違和感はあるが無暗に突くつもりはないし、悪い変化でさえなければ良い。
もしもの時にいつでも手を差し伸べられるように一先ずは見守ることにした。
千歳、慧、唯莉は一緒にいることが多い仲良し三人組だ。
その中で慧は一歩引いていることが多い。自然と場の雰囲気を俯瞰しており、大人な立ち回りをする傾向にある。
「まあ、でも、それも面白いかもね」
困惑していた千歳だったが、改めて考えると面白いと思った。
「折角だし私も今はサネ先生って呼ぼ」
揶揄うような笑みを実親に向ける。
場のノリに合わせて実親のことを揶揄おうとでも思っているのだろうか。
だが――
「そういうプレイだね」
「言い方……」
慧の呟きに気勢を殺がれてしまう。
その時、一際強い風が吹いた。
「うお」
「きゃ」
一同は驚きの声を上げる。
カーテンが勢いよく靡き、教科書やノートがパラパラと捲れていく。
靡く髪を抑えて風がおさまるのを待つしかない。
風が少し静まったところで千歳が口を開く。
「凄い風だったね」
「だねー」
唯莉が髪を整えながら相槌を打つ。
「髪が目に入ったんだけど」
亮は痛みで涙目になった瞼を擦っている。
「開いてたのどこのページだっけ……」
颯真は風の所為で開いていたページがわからなくなっていた。
眉間に皺を寄せながら懸命に教科書を何度も捲《めく》っている。
「髪がボサボサに……」
千歳は髪を整えているが、自分で見えない場所は上手く直せずに苦戦していた。なので机に掛けている鞄から鏡を取り出そうと手を伸ばす。
だが、その前に実親が声を掛ける。
「じっとしてろ」
「ん?」
千歳は伸ばしかけた手を引っ込め、実親の方に顔を向けながら首を傾げた。
すると実親は千歳の頭に手を伸ばすと、そっと撫でるように優しく髪を整えていく。
(え? え? 何この状況)
千歳は平静を装って大人しくされるがままになっているが、実際は動悸が激しくなっていた。
(顔が熱いんだけど……私、照れてる? 顔赤くなってない!?)
内心は動揺で埋め尽くされていたのだ。
照れていることを悟られないように少しだけ俯く。だが良く見ると耳が赤くなっている。
その姿を慧の瞳が捉えていた。
(そっかー、そういうことかー。違和感の正体がわかっちゃった)
自分の髪に手櫛を通していた慧は得心し、訳知り顔になる。
最近気になっていた千歳の変化の理由に気が付いたからだ。
(ちー、これは中々難しい問題だよ)
慧は表情を変えないで頭を悩ます。
「ちーとサネ先生がイチャイチャしてるー」
自分の髪を整えるのに必死だった唯莉が、実親が千歳の髪を整えていることに気が付いた。
瞳を輝かせて二人のことを見つめている。興味津々なのが丸わかりだ。
「イチャついてないから!」
千歳は俯いたまま否定する。
顔が熱くなり頬が紅潮していくのが自分でもわかり、居た堪れない気持ちになっていく。
「おー、やるなー。サネせんせ」
唯莉の声に反応して未だに元々開いていたページを見つけられていない颯真も手を止めて顔を上げ、二人の様子を確認すると素直に実親のことを感心した。
「目がいてぇ」
亮だけは目の痛みと格闘していたが。
(まあ、今私が悩んでも仕方ないか。勘違いかもしれないし、機を見て本人に直接訊いてみようかな)
慧は小さく頭を振って一旦思考を放棄する。
今は兄妹として上手くやれているんだな、と思っておくことにして温かい眼差しを千歳に向けた。
そして――
「さ、勉強を再開しましょ」
一度手を打ち鳴らして散漫した空気を引き締めた。
まだ勉強は終わっていない。
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