君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第23話 休憩

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 六日後。
 期末試験は休日を挟んだ五日後に迫っており、生徒達は放課後になると学内の各所で試験勉強に励んでいた。

 実親もその一人だ。
 彼は紫苑と交わした勉強を教えるという約束を果たす為に映画研究部の部室にいた。そして現在は彼女と二人きりで過ごしている。

 試験の一週間前は部活動休止期間なので、文化系の部室が並ぶ部室棟は静寂が場を支配していた。
 時折虫の鳴き声が聞こえて来るが、集中力を乱すことはなく、寧ろ心地よい背景音楽になっている。

 本来は部活動休止期間なので部室を利用することは出来ないのだが、勉強する場として活用する旨を伝えたら顧問に認められた。
 成績優秀の実親が共に頼んだのが大きかったと思われる。

「少し休憩するか?」
「そうするー」

 英語の勉強をしていたが、一段落ついたところで一息つくことにした。

 紫苑は両腕を頭上に伸ばし、右手で左手首を掴んで背筋を伸ばす。固まった筋肉が解され、気持ち良くて吐息が漏れる。

 二人はソファに並んで腰を下ろしているが、紫苑は横になって実親の膝に自分の頭を乗せた。所謂膝枕だ。

「おい……重いんだが」
「ひどーい」

 実親は紫苑の頭が膝に乗っているので自由に身動き出来なくなり苦言を呈すも、彼女は全く意に介さない。

「私そんなに重くないよ」

 紫苑は口を尖らせる。

「あ、でもおっぱいは重いよ」

 そう言って自分の豊満な胸を強調するように両手で押し上げた。口元がニヤついているのでふざけているのが見え見えだ。

 仰向けになっていても重力に負けずに存在感を放っている胸は抗い難い魅力がある。

「少しだけだぞ」
「わーい」

 決して誘惑に負けた訳ではないが、実親は「仕方ないな」と思いながら膝枕を許すことにした。

 紫苑は軽い調子で喜びを顕にする。
 あまり感情が籠っていないが、それだけ実親に心を開いている証拠だ。
 二人の間に確たる関係値があるからこそ多少粗雑な態度で接しても互いに許容出来る。尤も、二人の付き合いはまだ一ケ月も経っていない。それでも二人は付き合いの短さなど関係ないと言わんばかりに距離感が近かった。二人の間には何かしら惹かれ合うものがあるのかもしれない。
 
 実親は自然と紫苑の髪を優しく撫でる。
 夏の暑さで汗を掻き少し湿り気のある髪は寧ろ肌触りが良くて心地よい。

 当の紫苑はされるがままになっている。実親に髪を撫でられるのは嫌ではなかった。少し顔が赤い気がするが、きっと窓から差し込んでいる夕陽の所為だろう。

「ねえ」
「なんだ?」
「今日も泊めてくれない?」

 紫苑は実親のことを下から見つめる。窓は開けているが、それでも風がない時は暑い。暑さで少しだけ上気した顔が妙に色っぽくて蠱惑的だ。

 その所為かわからないが、実親は脳裏に刻み込まれた紫苑の痴態を思い出してしまう。彼女の情事を目撃してから何度も脳内で再生されているが、未だに慣れる気配はなかった。

「今日も家に帰りたくないのか?」
「うん」
「そうか」

 実親は紫苑が家に帰りたくない理由を知っているので深くは尋ねない。

 彼女の痴態が悩みの種になっているのは偽らざる事実だ。
 仕事が手に付かないこともある。理性を保っているだけ立派だろう。
 忘れられない痴態が何度も脳内で再生されて私生活を乱されているが、それでも家庭の事情を理解しているからこそ放っておくことは出来ない。

「他に行く当てがないなら良いぞ」

 いくら放っておけないとはいえ、恋人でもない男の家に泊まるのは如何なものかと思う。しかし野宿でもされたら目覚めが悪いので他に行く当てがない場合に限ることにした。

「ありがと」

 紫苑は微笑みながら感謝を告げる。

「眠くなってきた」

 泊まれる場所が決まって安心したからか眠気が襲って来たようだ。手で口元を隠して小さく欠伸をしている。
 心の休まらない日々送っている影響で寝不足なのかもしれない。

「黛といると落ち着くから」

 紫苑は実親といると精神的に余裕が生まれ、安堵感が心を満たすようになっていた。

「まだ勉強の途中だぞ」

 実親は机の上に広げられた教科書に視線を向ける。

「うんー」

 勉強中なのはわかっているが、睡魔には勝てない。
 仰向けになっていた紫苑は横向きになり、実親の腹部に顔を向ける態勢になった。
 足がソファからはみ出るので身体を丸めている。窮屈そうだが大丈夫なのだろうか。

「おい」

 実親はすっかり勉強する気を失ってしまった紫苑の肩を軽く揺する。
 だが残念ながら無反応だ。揺すった拍子に胸が揺れたのは眼福だった。

「……」

 思わず溜息を吐く。

 紫苑の顔を覗き込むと既に眠っていた。
 随分と寝つきが良い。精神的に落ち着いている証拠かもしれない。

 実親はすっかり安心した様子で眠っている紫苑の顔を見ると起こすのは忍びなくなり、そのまま寝かせてあげることにした。
 今くらいはゆっくり休め、という意味を込めた優しさの籠った表情を向けた後、紫苑を起こさないように手を伸ばして鞄の中から本を取り出す。
 そして紫苑が起きるまで読書に興じることにした。

 本をめくる音、紫苑の寝息、虫の鳴き声、風で揺れる木々の葉音が室内を満たす。
 試験前の忙しい時期にもかかわらず、映画研究部の部室には穏やかな時間が流れていた。二人の空間に割って入るのが烏滸おこがましくなる程に。
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