君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第29話 確信

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「少し説教臭くなってしまってすまないな」
「いや、寧ろ助かった。だから気にしないでくれ」

 実親は偉そうに説教紛いのことを口にしてしまったことを詫びるも、翔は全く気にしていなかった。
 寧ろ心に重く圧し掛かっていた悩みから解放されて清々しい気持ちになっていたくらいだ。
 表情にも表れており、吹っ切れたお陰で眉間に寄っていた皺がなくなっている。

「良い結果になると良いな!」
「ああ。ありがとう」

 颯真は翔の背中を軽くはたいて鼓舞する。

「なんか青春って感じで良いね」

 テーブルに肘をついて手に顎を乗せている千歳が呟く。
 感慨に耽るような声音と表情だが、どこか羨望の光が瞳に宿っているように感じる。

「夏休みの間イチャイチャする気だなー!」
「まだ気が早いよ」

 唯莉は羨望の眼差しを隠そうともしない。
 その様子に慧が苦笑する。

 確かにまだ翔が彩夏と付き合えると確定した訳ではない。些か早計な発言だろう。

 翔は困ったように顔になって頭を掻いている。ただただ反応に困っていた。

「私もイチャイチャしたいー!」
「まずは相手を作れよ」
「なんだとー!」

 颯真の指摘に唯莉が膨れっ面になる。

 実際問題恋人がいなかれば話にならない。
 そんなこと言われなくても唯莉自身が一番わかっていた。だからこそ余計虚しくなる。

「そもそも良い男がいないのが悪い!」

 不貞腐れて不満を垂れるが、思い出したように訂正を加える。

「あ、サネちーは別だよ!」

 謎のサムズアップでだ。

「なんでサネだけなんだよ」
「そうだそうだ」

 颯真の非難の声に亮が同調する。
 非難しているが怒っている訳ではない。あくまでも仲間内の気心が知れたやり取りだ。

「そんなのあんた達が良い男じゃないからに決まってるじゃん」
「だからなんでだよ」
「言わないとわからない?」
「……」

 唯莉のジト目に晒された二人は返す言葉がなかった。

「くそう! 確かに男の俺達から見てもサネは良い男だもんな!」
「全くだ! 流石俺らのサネ先生だよな!」

 悔しそうにテーブルに拳を打ち付ける颯真と、開き直って実親に尊敬の眼差しを向ける亮は最早コントのようで滑稽だった。

 そんな二人に女性陣は可哀想なものを見るような眼差しを向ける。

「でも実際サネはなんか大人って言うか……余裕があるって言うか……兎に角頼りになるしかっこいいよな」

 翔が腕を組んで頷いている。

「さっきサネに言われたことも同い年とは思えない含蓄のある言葉だったし、俺らとは経験値が違うのかね?」
「それは私も思った」

 唯莉が相槌を打つ。

 翔の言葉に千歳は無意識に窺うような視線を実親に向けていた。
 異性との付き合いが経験豊富なのか? と思ったからだ。

(いや、別にサネが過去に誰かと付き合っていたとしても私には関係ないし……)

 関係ないと言いながらも胸中は悶々としており、気になって仕方がなかった。
 
(それにサネは小説家だから見えている物が私達とは違うんだよ。きっと……)

 みんなに気付かれないように自分に言い聞かせている。

「サネちーは彼女のことを大切にしてくれそうだなーと思った」
「そうだね」

 慧も同意見のようだ。

「という訳でサネちー、私と付き合わない?」

 唯莉は実親と目が合うとニコッと微笑んで見つめる。
 美少女ギャルである彼女がする小悪魔的な仕草は普通の男なら心を鷲摑みにされてしまうことだろう。

「え」
「なんでちーが驚くの……」

 そして何故か実親ではなくて千歳が驚きで固まってしまい、寧ろ唯莉の方が驚いてしまったくらいだ。

「い、いや、唯が驚かすから」

 慌てているのか千歳はどもってしまう。

「そう? だってサネちー優良物件じゃない?」
「だね」

 またまた慧も同意見のようだ。

 二人にとって実親は魅力的な相手らしい。

「寧ろフリーなのが不思議なくらい」
「だよね」

 慧の言葉に唯莉が首肯する。

 そもそも慧は実親が誰とも付き合っていないことの方が不思議だった。

「サネにはサネの事情があんだよ」

 颯真が口を挟む。
 だが――

「まあ、俺は知らんけど」
「知らないのかい!」

 訳知り顔で言っておきながら何もしらないと言い放つ。
 唯莉は椅子からずっこけて、思わず柄にもなくツッコミを入れてしまった。

 千歳も顎が手からずり落ちてしまい颯真にジト目を向けている。
 その後、小さく頭を振って思考を切り替えると実親に問い掛けた。

「それでサネは返事どうするの?」

 若干棘があるように感じる口調が彼女の心情を表していた。
 実親と唯莉が付き合って仲睦まじく過ごしている姿を思い浮かべると、チクりと胸に痛みが走る。
 唯莉には幸せになってほしいが、実親と付き合うのは複雑だ。何故かは本人もわかっていない。
 それでも内心は実親がなんて返事するのか気が気でなかった。

(もしかして……唯に嫉妬してる……?)

 千歳の様子に違和感を抱いた慧の視線が鋭くなる。

(やっぱり……ちーはサネに気がある……?)

 以前感じた違和感の正体が確信に変わる。
 慧が深い思考の海に潜っていると、実親が口を開いた。

「唯は本気で言ってる訳ではないだろ? もし本気になることがあったらその時に改めて言え。そしたら俺も真剣に考える」
「まあ、確かにノリで言ったけど。でも真剣に考えてくれるんだ」
「当然だろ。お前のことは好ましく思っているし、付き合ったら楽しそうだからな」
「……そういうことを平気で言うところが罪だと思う」

 唯莉は萌え袖にしているカーディガンで口元を隠す。どうやら照れているようだ。

(ちーの機嫌が悪くわってる気がする……)

 実親と唯莉のやり取りを見ていた千歳が段々無表情になっていく。

(少なくとも意識してるのは間違いないかな。万が一本当に惚れてるなら応援はするけど……)

 もし的を射ていたらと思うと頭が痛くなる。

(中々ハードルが高いよ……)

 実親と千歳は兄妹だ。義理の兄妹なので結婚は出来る。だが世間体は良くない。
 仮に両親が認めたとしても世間は違う。生き辛い場面もある筈だ。

(まだ決めつけるのは早計だし、もう少し様子を見るべきかな)

 世間体が良くないことでも親友として慧は応援するつもりだ。とは言え本人に確認した訳ではないので見当違いかもしれない。なので一先ずは静観が賢明だと判断した。

「くそう! やっぱりサネは良い男だ!」
「俺達はそんなイカしたこと言えねえよ!」
「喜び勇んでがっついちまうもんな!」
「だな!」

 颯真と亮が地団太を踏む。

「もう余裕が違うもんな……俺もサネみたいになれたら坂巻と付き合えるのかな……」

 翔に至っては感心したように沁沁しみじみと呟いている。

 三人の様子が滑稽で場に笑いが漏れた。不機嫌だった千歳も釣られて笑っている。

「まあ、何はともあれ、翔は上手く行くと良いな」
「ああ。今日はありがとうな」

 実親が鼓舞するように声を掛けると、翔は礼を告げて席を立った。

「それじゃ俺は部活行くわ」

 そう言って椅子を元の場所に戻すとラウンジを後にした。

「上手く行くと良いね」

 翔の後ろ姿を見送りながら千歳が呟く。
 何気ない呟きだが人気ひとけのないラウンジだからか妙に響く。

「そうだな」

 みんなは一様に背中を押すかのように温かい眼差しで翔を見送った。
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