君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第36話 主役

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 オーディションを行った日から四日後。この日は見渡す限り雲一つない晴天だ。
 午前中にもかかわらず気温は三十度を超え、立っているだけで汗が滴り落ちてくる。

 暑さに辟易するのが日常となった中、立誠高校は部活動に精を出している生徒の声で賑わっていた。運動部の部員の声が校内にこだましている。
 文化系の部活に所属する者にとっては見ているだけで眩暈がする光景であった。いち早く冷房の効いた部屋に逃げ込みたくなる。

 そんな中、文化系の部活でも野外で活動して汗を流している者達がいた。映画研究部と演劇部だ。普段は陸上部が使用している室外練習場――陸上部には室内練習場もある――で自主制作映画の撮影をしていた。
 思っていたよりも早くオーディションの選考が終わり、今日から撮影を開始している。

 今は冒頭のシーンを撮影しているところだった。
 主人公の飛鳥は陸上部に所属する走り高跳びの選手であり、一人黙々と練習に励んでいる場面だ。

 飛鳥役を務めるのは二年生の相坂あいさか理奈りな
 彼女は普段茶色の髪をネオエフォートレスミディにしているが、今は飛鳥が練習に励むシーンなので後頭部でお団子にしている。背が高くスラっとしているので外見は飛鳥のイメージにピッタリだった。
 飛鳥は女性らしい一面を持っているが、陸上という勝負の世界で生きているので心の強い面もある。
 女性らしさやスポーツマンのイメージも理奈の外見はマッチしていた。

 勿論外見だけではない。
 演技力も申し分なく、オーディション時には飛鳥のことを良く理解しているのが伝わってきた。
 彼女なりの解釈も素晴らしく、審査をした宰達も目から鱗だったこともある。
 また、実親が書いた脚本の意図を良く汲み取ってくれていたのも高評価だった。

 その彼女が今は宰が構えるカメラの先で演技をしている。
 高跳びは体育の授業でやったことがある程度なので素人感は拭えないが、伊吹の指導の下に懸命に励んでいた。

 伊吹は練習の合間を縫って協力してくれている。今は練習がないのでタイミングが良かった。

「少し休憩しましょう!」

 カメラを構えていた宰が顔を上げて声を張り上げる。

 こまめに休憩を挟まないと体に障る気温なので配慮しなくてはならない。
 陸上部が室外練習場を使わないタイミングに撮影させてもらう許可を得て活動している。体調不良で撮影出来なくなってしまうのはスケジュールに影響を及ぼしてしまう。故に宰は細心の注意を払っていた。

「いやー、今日も暑いねぇ」

 宰の隣にいる斗真が扇子を扇ぎながら呟く。
 扇子で風を送っていても暑いものは暑い。汗も流れてくる。

「先輩の出番はまだ先なので中で待ってても良いっすよ」
「いや、そういう訳にはいかないさ。部長として部員を見守らないといけないからね」
「まあ、いてくれた方が助かりますけど」

 斗真は部長として演者に演技指導を行ってくれる。なのでいてくれた方が助かるのは間違いない。

「日陰に移動しましょう!」

 宰が再び声を張り上げる。
 その言葉を合図に一同は木々と校舎で日陰になっている広場に駆け込む。

「理奈っちお疲れー。はい、これ」
「ありがとうございます」

 理奈は真帆からタオルとスポーツドリンクを受け取ると日陰に避難した。

 二人は学年は違うが親しい間柄だ。
 昨年映画研究部が制作した映画に理奈も出演しており、その際に交流を深めた。
 先輩後輩だが、理奈は真帆のことをマスコットような癒しを与えてくれる存在だと思っている。兎に角小さくて可愛い先輩だと思いでていた。

「私の演技どうでした?」

 陸上用のウエアを着用した理奈の身体に汗が流れる。
 その汗をタオルで拭いながら真帆に尋ねた。

「まだ硬さはあるけど段々良くなってると思うよー」
「やっぱり慣れない高跳びに緊張してるのかもしれませんね……」
「かもしれないねぇ」

 誰だって経験のないことは上手く出来ない。練習を積んで自信をつけて臨むしかないだろう。
 その点理奈は溜息を吐きながらも真剣な眼差しで反省点を見つめ直しており、意識の高さが窺えた。

「役に真剣に向き合うのは感心するが、今は休むことを優先したまえ」

 理奈の様子を見守っていた斗真がやって来て芝居がかった仕草と声色で指摘する。

「そうですね」

 斗真のくどい言い回しと態度に慣れていない人だと目が点になってしまうのだが、幸か不幸かすっかり慣れてしまった理奈は素直に頷く。

「後でもう一回椎葉さんに相談することにします」

 高跳びに関する専門的な知識は伊吹に協力を仰ぐことにし、今は一先ず考えるのをやめて休むことにした。

「それが良い」

 大仰な態度で頷く斗真のことを放置して真帆と一緒にベンチに腰を下ろす。

「宮原さん……後輩に舐められてません……?」

 一連の出来事を背後で傍観していた宰が斗真に憐憫の眼差しを向ける。

「そんなことはないさ。みんないつもあんな感じだからね」
「いや……それは舐められてる証拠じゃないっすかね……」

 自分が舐められていることに気が付いていない斗真の様子に、宰は一層憐憫の眼差しを強めた。

 舐められているのか、そもそも相手にされていないのか、寧ろ愛されているからこその態度なのか、それは見当もつかないことだ。
 少なくとも斗真は気にしていなさそうなので、「まあ、良いか」と深く考えるのをやめて休憩することにした宰であった。
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