君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第58話 検索

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「さっきの人惜しかったねー」

 梅木の跳躍をスタンドから見ていた紫苑は残念そうに呟く。

「伊吹と話していたけど知り合いなのかな?」
「強い人同士だと大会で一緒になることも良くあるんじゃないか?」
「それもそうか」

 本人達が気付いていない間にすれ違っていた程度ならあるかもしれないが、伊吹と梅木がちゃんと顔を合わせたのは今日が初めてである。
 伊吹は中学生時代から活躍していたが、頭角を現したのは一年の後半あたりからだ。
 その頃には梅木は部活を引退していたので、大会で顔を合わせることはなかった。
 なので残念ながら実親の推測は外れている。

「次は伊吹の番だね!」

 助走を取る伊吹の姿が目に映った紫苑は前のめりになる。

 伊吹は前髪を耳に掛けた後、大きな歩幅で走り出した。
 右側から半円を描くように助走すると、左足で踏み切って跳び上がり、右手と頭部から飛び込んでバーを越えていく。

「高い」

 実親がポツリと呟く。

 重力を無視しているかのような跳躍は、身体がバーに接触する心配がない程の高さだった。
 背中から着地した伊吹は確信があったのか、バーに目を向けることなくマットから降りて今帰仁のもとに戻っていく。
 彼女の確信は正しく、バーは微動だにしていない。

「まだまだ余裕がありそうだな」
「なんかすんごいかっこいいんだけど……!」

 口元を緩める実親と、瞳を輝かせる紫苑。
 二人の反応に呼応するかのように、会場が俄かにどよめいていく。
 シルバーコレクターの梅木が苦戦している中、伊吹は町野と同じように余裕綽々と一発で成功し、目を見張る跳躍をしていくので、観客や陸上関係者は新星の登場に興奮や驚嘆でいっぱいだったのだ。

「これは最初のおっきい人と伊吹の一騎打ちになるかな?」

 梅木は何度もミスをしているので、これ以上は厳しいと思ったのだろう。
 なので一度もミスしていないおっきい人――町野のこと――と伊吹に注視しているのかもしれない。

「どうだろうな。俺にはわからんが、凄い人なら調べればわかるかもな」
「確かに! でも名前わからないよ……」
「陸上連盟の公式サイトに出場選手の名簿が載っているんじゃないか?」
「それだ!!」

 紫苑はすかさずショルダーバッグからスマホを取り出して検索する。

「えーと、ゼッケン番号があれだから……町野さんと梅木さんか」
「名前がわかったなら、それで検索してみれば何かしら記事が出るかもしれないな」
「やってみる!」

 まずは梅木からだ。
 名前だけではなく、スペースを空けた後に陸上と高校の単語を加えて検索し、複数の記事を閲覧する。 

「梅木さんは北海道チャンピオンなんだって! しかも旭川の人だよ!」
「お前の親父さんの地元だな」
「これは応援するしかないじゃん!」

 旭川は父の地元なので紫苑も何度か訪れたことがあった。
 自分にゆかりのある土地の選手とわかると、不思議と親近感が湧いてくる。

「自己記録は一メートル八十二センチみたい」
「それなら今日は調子が悪いのかもな」

 梅木は何度もミスをしてギリギリで跳んでいるように見えたので、一メートル七十六センチは厳しい高さなのかと実親は思っていたが、どうやら見当違いだったらしく、少しだけ首を傾げながら考えを改めた。

「というか、梅木さん黛のこと跳び越えられるんじゃない?」
「確かにそうだな」
「そう考えると凄いね」

 ふと思い出した、とでも言うかのような表情で紫苑が呟いた。
 背が伸びていなければ実親の身長は百八十三センチだ。なので梅木の自己記録に近い。

 隣にいる実親に視線を向けた紫苑は、「これを跳び越えられるのか……」と心の中で思いながら驚嘆している。

 物思いに耽っていたのは一瞬のことで、すぐに目線をスマホに戻した。

「なんかシルバーコレクターって呼ばれてるらしいよ」
「というと?」

 疑問を抱いた実親は続きを促すように紫苑へ視線を向ける。

「町野さんがいるからいつも準優勝になっちゃうんだって」
「なるほど」
「町野さんと同い年じゃなければ全国の舞台で何度も優勝していた、と言われてるって書いてある」
「凄い二人がたまたま同じ年に生まれてしまったんだな」

 運命の悪戯いたずらなのか、歴代でもトップクラスの実力者が偶然にも同じ年に生を受けた。
 梅木の立場を考えれば同情してしまうが、それもスポーツでは良くある話なのだろう、と実親は思い至る。

「町野さんは世界大会の日本代表らしい……」

 紫苑はいつの間にか町野のことを調べていたようで、書かれていた文章に驚いてスマホの画面を食い入るように見つめていた。

「素人目にも実力が突出しているのがわかるし、それには納得だな……」

 実親は苦笑しながら肩を竦める。
 素人でも日本代表に選ばれることがどれだけ大変で凄いことかは容易に想像がつくので、それだけ凄い選手なのだろうと思ったのだ。

「インターハイは二連覇中で、三連覇を期待されているんだってさ」
「椎葉の前に立ちはだかる最大の壁という訳か」

 町野は今年優勝すれば見事三連覇達成となるので、ファンは歴史的瞬間を待望していた。

「自己記録は一メートル八十八センチみたい」
「俺のことは余裕で跳び越えられるな」

 今度は二人揃って呆気に取られたように乾いた笑みを零す。

「ちなみに女子高跳びの高校記録が一メートル九十センチだから、記録更新も期待されているんだって」
「その高校記録は町野さんの記録なのか?」
「ううん。違う人みたい。私達が小学生の頃にオリンピックに出ていた日本記録保持者だね」
「一メートル八十八センチが自己記録みたいだし違って当然か」
「そうだね」

 一メートル九十センチは日本記録保持者が高校時代に残した記録である。
 ちなみに日本記録は一メートル九十六センチだ。

「ということは、町野さんはオリンピアンに近い存在ということか」
「そうなるね……」

 町野は間違いなく近い将来オリンピックに出場するだろう。
 陸上界の関係者も期待している筈だ。

「三年前の優勝者の記録が一メートル七十六センチみたいなんだけど、町野さんと梅木さんが高校に入学してからは記録がおかしくなってるみたいだよ」
「そう言われると尚更梅木さんは災難だな……」
「だね……」

 二人は同情せずにはいられず、しんみりとした雰囲気が場を満たす。

「でも、それだけ伊吹も凄いってことになるよね!」
「本来は優勝していてもおかしくない高さを跳んでいる訳だし、そういうことなんだろうな」

 しんみりとした空気を打ち払うかのように口にした紫苑の言葉に、実親は相槌を打ちながら笑みを深める。

「兎に角応援あるのみだね!」

 町野と梅木のことや、記録のことなどは自分が気にしても仕方がないと思い至った紫苑は、思考を放棄してフィールドへ視線を向けた。

 どうやら二人が話している間に二回目の試技は終わっていたようで、フィールドではちょうど梅木が三回目の試技を行うところであった。
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