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第92話 撮影
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「応援してくれている飛鳥には申し訳ないと思うが……許してくれ」
「理由を教えて下さい」
頭を下げる隼人に訳を問う飛鳥。
「飛鳥は家が母子家庭なのは知っているよな?」
頭を上げた隼人が口にした言葉に、飛鳥は「はい」と答える。
「先月、母さんが倒れたんだ」
「え……お母さんは大丈夫なんですか?」
驚きと心配で飛鳥は反射的に両手で口を覆う。
「幸い命に別状はないみたいだが、暫く仕事を休まなくてはならなくなったんだ」
飛鳥は安堵してほっと胸を撫で下ろすも、隼人が口にした言葉に先の展開を察することが出来てしまった。
「それで……代わりに部長が働くってことですか……?」
「そうだ」
「でも部長は特待生で進学出来ますよね? それならお金の心配はない筈です」
隼人は短距離走の選手で、年代別の日本代表にも選出されている程の高校屈指の実力者だ。なので複数の大学から特待生として受け入れると声を掛けてもらっていた。
特待生は学費の一部、もしくは全てが免除されたり、奨学金の支給などの特別な待遇を受けることが出来る。経済的に厳しい家庭の子でも進学を視野に入れられる制度だ。
「俺はそれで良かったとしても、妹と弟はそうはいかないからな」
「そういえば部長は妹さんと弟さんがいましたね……」
「妹は女の子だから結婚して家庭に入るって選択肢もあるが、弟はそうもいかないだろ」
学歴社会の日本では大卒の肩書は馬鹿に出来ない。
大卒と高卒では給料に差があったりするし、大学を出ていないと結婚相手として除外されてしまうこともあるだろう。非常に悲しいことだが、それが現実だ。世知辛い世の中である。
故に隼人は弟を大学に行かせてあげる為に、高校を卒業したら就職する道を選択したのだ。
「弟は頭が良いから将来の為にも大学には行かせてやりたいんだ。それに妹も大学に行きたいと言ったら応援してやりたいからな」
「なんで自分が犠牲にならなきゃいけないんだ、と嘆いてもおかしくないことなのに、妹さんと弟さんのことを優先出来るなんて部長は優しいお兄ちゃんなんですね」
「何があろうと俺にとっては可愛い妹と弟だからな。犠牲だなんて思ったことは一度たりともない」
隼人にとっては嘘偽りない本心である。
「部長のことをより尊敬しました」
「ありがとう」
照れ臭そうに頭を掻く隼人。
「そういうことなら勿体ないとは思いますが、進学しないのは仕方ないですね」
「応援してくれていたのに申し訳ない」
飛鳥は誰よりも隼人のことを応援していた。ファン第一号と言っても過言ではない。そんな彼女の期待に応えようと、隼人も努力をし続けてきた。
しかし、今の関係は高校でお終いだ。
これ以上、飛鳥の期待に応えてあげることが出来ず、応援を台無しにしてしまう事実に隼人は再び頭を下げた。
「頭を上げて下さい。まだ諦めるのは早いです」
そう力強く言う飛鳥に、隼人は頭を上げて首を傾げる。
「大学に行かなくても実業団で続ければ良いんでしゅっ!」
隼人の瞳を見つめながら続きの言葉を口にした飛鳥は、大事なところで噛んでしまった。
そんな飛鳥――理奈が可笑しかったのか、斗真は「ふふ、可愛いね」と思わず笑ってしまう。
すると理奈は恥ずかしそうに顔を赤らめて、「あぁあああ! ごめんなさいぃいいい!!」と何度も勢いよく頭を下げた。
その姿に場が笑いに包まれ、緊張で張り詰めていた空気が霧散する。
「理奈っち大丈夫だよー! 演劇部の部長が上手いこと編集するから、落ち着いてさっきの続きから再開しよー!!」
宰の隣にいる真帆が声を張り上げて理奈を励ます。
「そこは「自分が上手いこと編集するから」って言った方が格好がつくところじゃないですかね」
「そういう作業は面倒だから嫌だ!」
苦笑する宰の指摘に、真帆は慎ましい胸を張って力強く拒絶する。
「締まらねぇ先輩だな」
溜息交じりに呟いて肩を竦めた宰は、「やれやれ」と言いたげな表情になった。
そんな一連のやり取りが可笑しかったのか、再び場に笑いが降り注いだ。
今撮影している、隼人が高校で陸上をやめると打ち明けるシーンが、宰が脚本に手を加えた箇所だ。実親が書いた脚本では、もう少し後になってから打ち明けることになっていた。
しかし、宰がこの場面で打ち明ける方が今後の展開がより映えると判断した為、急遽段取りを変えた次第だ。なので台詞も少し変わっている。
その所為で演者陣は臨機応変な対応を求められることになってしまったので、無茶ぶりをしている自覚がある宰は多少のミスは仕方ないと割り切っていた。
もしかしたら宰と真帆のやり取りは、理奈の緊張を解く為のパフォーマンスだったのかもしれない。だとしたら宰の意図を瞬時に察して流れに乗っかった真帆も中々のやり手だ。
幸い理奈も笑っており、肩の力が抜けたように見受けられる。どうやら宰と真帆の機転が上手く作用したようだ。
そんなこんなで少しだけ休憩を挟んだ後、先程の続きのシーンから撮影を再開したのであった。
「理由を教えて下さい」
頭を下げる隼人に訳を問う飛鳥。
「飛鳥は家が母子家庭なのは知っているよな?」
頭を上げた隼人が口にした言葉に、飛鳥は「はい」と答える。
「先月、母さんが倒れたんだ」
「え……お母さんは大丈夫なんですか?」
驚きと心配で飛鳥は反射的に両手で口を覆う。
「幸い命に別状はないみたいだが、暫く仕事を休まなくてはならなくなったんだ」
飛鳥は安堵してほっと胸を撫で下ろすも、隼人が口にした言葉に先の展開を察することが出来てしまった。
「それで……代わりに部長が働くってことですか……?」
「そうだ」
「でも部長は特待生で進学出来ますよね? それならお金の心配はない筈です」
隼人は短距離走の選手で、年代別の日本代表にも選出されている程の高校屈指の実力者だ。なので複数の大学から特待生として受け入れると声を掛けてもらっていた。
特待生は学費の一部、もしくは全てが免除されたり、奨学金の支給などの特別な待遇を受けることが出来る。経済的に厳しい家庭の子でも進学を視野に入れられる制度だ。
「俺はそれで良かったとしても、妹と弟はそうはいかないからな」
「そういえば部長は妹さんと弟さんがいましたね……」
「妹は女の子だから結婚して家庭に入るって選択肢もあるが、弟はそうもいかないだろ」
学歴社会の日本では大卒の肩書は馬鹿に出来ない。
大卒と高卒では給料に差があったりするし、大学を出ていないと結婚相手として除外されてしまうこともあるだろう。非常に悲しいことだが、それが現実だ。世知辛い世の中である。
故に隼人は弟を大学に行かせてあげる為に、高校を卒業したら就職する道を選択したのだ。
「弟は頭が良いから将来の為にも大学には行かせてやりたいんだ。それに妹も大学に行きたいと言ったら応援してやりたいからな」
「なんで自分が犠牲にならなきゃいけないんだ、と嘆いてもおかしくないことなのに、妹さんと弟さんのことを優先出来るなんて部長は優しいお兄ちゃんなんですね」
「何があろうと俺にとっては可愛い妹と弟だからな。犠牲だなんて思ったことは一度たりともない」
隼人にとっては嘘偽りない本心である。
「部長のことをより尊敬しました」
「ありがとう」
照れ臭そうに頭を掻く隼人。
「そういうことなら勿体ないとは思いますが、進学しないのは仕方ないですね」
「応援してくれていたのに申し訳ない」
飛鳥は誰よりも隼人のことを応援していた。ファン第一号と言っても過言ではない。そんな彼女の期待に応えようと、隼人も努力をし続けてきた。
しかし、今の関係は高校でお終いだ。
これ以上、飛鳥の期待に応えてあげることが出来ず、応援を台無しにしてしまう事実に隼人は再び頭を下げた。
「頭を上げて下さい。まだ諦めるのは早いです」
そう力強く言う飛鳥に、隼人は頭を上げて首を傾げる。
「大学に行かなくても実業団で続ければ良いんでしゅっ!」
隼人の瞳を見つめながら続きの言葉を口にした飛鳥は、大事なところで噛んでしまった。
そんな飛鳥――理奈が可笑しかったのか、斗真は「ふふ、可愛いね」と思わず笑ってしまう。
すると理奈は恥ずかしそうに顔を赤らめて、「あぁあああ! ごめんなさいぃいいい!!」と何度も勢いよく頭を下げた。
その姿に場が笑いに包まれ、緊張で張り詰めていた空気が霧散する。
「理奈っち大丈夫だよー! 演劇部の部長が上手いこと編集するから、落ち着いてさっきの続きから再開しよー!!」
宰の隣にいる真帆が声を張り上げて理奈を励ます。
「そこは「自分が上手いこと編集するから」って言った方が格好がつくところじゃないですかね」
「そういう作業は面倒だから嫌だ!」
苦笑する宰の指摘に、真帆は慎ましい胸を張って力強く拒絶する。
「締まらねぇ先輩だな」
溜息交じりに呟いて肩を竦めた宰は、「やれやれ」と言いたげな表情になった。
そんな一連のやり取りが可笑しかったのか、再び場に笑いが降り注いだ。
今撮影している、隼人が高校で陸上をやめると打ち明けるシーンが、宰が脚本に手を加えた箇所だ。実親が書いた脚本では、もう少し後になってから打ち明けることになっていた。
しかし、宰がこの場面で打ち明ける方が今後の展開がより映えると判断した為、急遽段取りを変えた次第だ。なので台詞も少し変わっている。
その所為で演者陣は臨機応変な対応を求められることになってしまったので、無茶ぶりをしている自覚がある宰は多少のミスは仕方ないと割り切っていた。
もしかしたら宰と真帆のやり取りは、理奈の緊張を解く為のパフォーマンスだったのかもしれない。だとしたら宰の意図を瞬時に察して流れに乗っかった真帆も中々のやり手だ。
幸い理奈も笑っており、肩の力が抜けたように見受けられる。どうやら宰と真帆の機転が上手く作用したようだ。
そんなこんなで少しだけ休憩を挟んだ後、先程の続きのシーンから撮影を再開したのであった。
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