君の痴態が忘れられないんだ。

雅鳳飛恋

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第99話 整理

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「――ちーはサネのこと好きなの?」

 入浴を済ませ、ホテルの部屋に戻って布団に潜り込んだ千歳に、慧が脈絡なく尋ねた。

「え、なに突然」

 当然、千歳は驚いて目が点になる。

「いや、ずっと気になっていたんだけど、良い機会だと思ったから訊いてみた」

 そう言いながら慧も自分用の布団に横たわる。

「私も気になるー!」

 薄暗い室内でもわかるほど目をキラキラ輝かせて、興味津々なのが丸わかりな唯莉は、何故か自分の布団ではなく、千歳の布団に潜り込む。

「ちょ、狭いし暑苦しいんだけど……」
「いいじゃんいいじゃん」

 千歳の苦言など知らんとばかりに我が物顔を貫き通す唯莉。

「それで、どうなの?」
「どうって言われても……」

 窺うような慧の視線が突き刺さり、千歳は困ったように眉をハの字にする。

「サネとは兄妹になった訳だし悩むのはわかるけど、私達くらいには本音を零しても良いんじゃない?」

 慧の言う通り、話した方が楽になることもあるし、相談相手がいるというだけで心強く感じるものだ。
 それに親友として頼ってほしいという気持ちと、放っておけないという気持ちがある。だからとても他人事ではいられなかった。

「そうだよー。私も同じ気持ちだよー」
「そんな顔しないでよ」

 唯莉は心配そうな顔をしながら千歳に抱き着く。
 その顔を間近で見た千歳は、自分が悪いことをしているような気分になって罪悪感に苛まれる。

「……わかったからその顔はやめて」

 親友二人から向けられる視線に耐えられなくなった千歳は降参の意を示すと――

「慧の言う通り、多分サネのことが好きなんだと思う……」

 と呟いた。

「多分なんだ」

 はっきりとしない言い方に慧は意外感をあらわにする。

「うん。兄妹になったことで変に意識しているだけなのかな、って思ったら確信を得られなくて……」
「あー、なるほど。今まで友達として仲の良かった同い年の男子がいきなり兄になるんだもんね。それは意識しても仕方ないよ」

 千歳が弱々しく自分の消化出来ない気持ちを吐露すると、その言い分に慧は納得するしかなかった。

「サネちーがお兄ちゃんになるなんてドキドキしちゃうよね! 羨ましい!!」
「確かにドキドキはするけど、今は複雑な気分だよ……」

 友人として実親のことが大好きな唯莉は、妹としていっぱい甘えたい! と思うくらい羨ましかった。
 しかし、その妹の立場を得た千歳にとっては、そんな単純な話では済まないのが実情だ。

 元々仲の良い友人だったから兄妹になることに不満はなかった。寧ろ、上手くやっていけそうな相手だとわかり安心したくらいだ。

 ところが、今は異性として意識してしまう相手になってしまい、気持ちの整理が追い付かない状況になっていた。

 兄妹になったことで変に意識してしまっているだけなのかな? という思いの他に、仮に実親のことを異性として好きなのだとしても、いくら血は繋がっていないとはいえ、兄に恋心を寄せるのは倫理的にどうなのか? と考えずにはいられないのだ。

「一緒に暮らしている訳ではないんでしょ?」
「うん。サネは一人暮らししているからね」
「高校生で一人暮らしって凄いよねー!」

 慧の問いに千歳が頷くと、テンション高めの唯莉が後に続いた。

「サネはしっかりしているし、生活力もあるから安心だね」
「うん。悟さんもそう言ってた」
「悟さんってサネのお父さん?」
「そう」
「名前で呼んでいるんだ」
「咲綾はパパって呼んでいるけど、私は流石にね……」

 いくら親子になったとはいえ、そんなすぐに義理の父のことを「お父さん」とは呼べないだろう。
 千歳は咲綾の人懐っこさと天真爛漫さを羨ましいと思いつつも、同じようには出来ないな、という結論に至り、苦笑するしかなかった。

「さーちゃんらしいねぇ」

 そう言って笑みを零す唯莉は咲綾と顔見知りだ。

「あの子は距離を詰めるのが早いというか上手いというか、人誑しなところがあるもんね」

 訳知り顔で頷く慧も咲綾のことを知っている。

 唯莉と慧は千歳の親友なので、親が再婚する前は自宅にお邪魔することもあった。
 その際に咲綾と顔を会わせているので、良く知っている間柄だ。二人にとって咲綾は妹のような存在であり可愛がっている。

「サネと初めて顔を合わせた時もいきなりお兄ちゃんって言っていたからね」
「うわ、流石だ」
「さーちゃんは末恐ろしい子だね」

 千歳が実親と顔合わせした時のことを思い出しながら言うと、慧は呆れ交じりに感嘆し、唯莉は素直に感心した。

「私はあの子の将来が心配だよ……」

 人の懐に入り込むのが上手い妹の将来を想像した千歳は、いったいどんな人誑しになるのか、と一抹の不安を覚える。 

「凄い男誑しになるんじゃない?」
「寧ろ老若男女問わず誑し込むと思う」

 慧と唯莉が立て続けに不穏なことを言うので、千歳は「やめてよ……」と力なく呟く。

「男達を引き連れている絵が思い浮かぶよ」

 そう慧が何気なく言うと――

「そんな小悪魔な子に育てた覚えはありません!」

 と千歳は声高に言い切った。

「姉じゃなくて母親の反応じゃん」
「でも、実際ちーはさーちゃんにとってお母さん代わりみたいなものでしょ?」
「まあ、確かにそうだね」

 唯莉の言葉に、慧は千歳の家庭環境を思い浮かべて頷いた。

 千歳の母である皐月は娘二人が幼い頃に離婚している。
 咲綾に至っては、実の父親の記憶がないくらいだ。千歳とは違い記憶がないからこそ、悟のことをすんなりと受け入れてパパと呼べている――千歳も悟のことを受け入れてはいるが、父と呼ぶのはまだ抵抗があった。

 それは兎も角として、山本家――千歳達の旧姓――は母子家庭だったので、仕事で忙しい皐月に代わって、千歳が咲綾の面倒を見てきた。
 なので、千歳が咲綾のことを育てた、というのはあながち間違っていない。

「いっそのこと、ちーも咲綾みたいにサネの妹になりきれたら良かったのにね。同い年だから難しいかもしれないけど」

 慧の言う通り、実親の妹になりきれていれば異性として意識することはなかったのかもしれない。
 とはいえ、千歳と実親は同い年だし、元から仲の良い友人なので、妹になりきるのはそんな簡単な話ではないだろう。

「でも、何よりもまずは自分の気持ちを整理することが先決かな」
「そうだねぇ。これからサネちーに彼女が出来ないとも限らないからね。もしそうなったら二人がイチャつく姿を間近で見てしまうこともあるだろうし、辛いんじゃないかな……」

 唯莉が慧の言葉を補足すると、千歳は「確かに……」と深刻な顔で頷いた。

 好きな人が自分ではない別の女性と恋人になり、仲睦まじくしている姿を目にしなくてはならないのは酷なことだ。

 しかも、友達としてではなく家族として接し続けなくてはならない。もし将来的に実親がその女性と結婚するとなったら、離婚しない限りは妹として好きな気持ちを抑え込み、一生耐え忍んで生きていかなくてはならないのだ。

 勿論、その頃には千歳も別の男性と幸せになっているかもしれないが、実親と家族として過ごしていく以上は、気持ちに折り合いをつけておいた方が良いだろう。

 千歳が実親と結ばれれば関係ない話なのだが、世間体や家族のことを考えると一歩踏み出すのに勇気がいるので、また別の意味で気持ちの整理が必要な筈だ。

 実親にアプローチするにしろ、諦めるにしろ、恋心なのか確かめるにしろ、今の千歳には自分の気持ちと向き合う時間が必要だった。

「私達も協力するから、自分の気持ちと向き合ってみたら?」
「そうだね。それによって今後のちーの振る舞い方も変わるもんね」

 慧と唯莉が立て続けに優しく声を掛けると、千歳は少しだけ心が軽くなり――

「少し気が楽になったから二人に話して良かった」

 と笑みを零しながら呟いた。

「ほんとサネは罪な男だよ……」

 千歳の作り笑いのような表情を目の当たりにした慧は、そう愚痴らずにはいられなかった。
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