高嶺の毒華は死に戻る

幽淋鶏

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1話

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「これより逆賊、ステラ・サーペンタイトの処刑を始める!」

そう宣言するのはこの国の王太子、ジュリアン・ヴィンセント御一行。輝かしい金髪と空色の瞳が豪奢な、典型的な美青年だった。ジュリアンは自信満々な態度で、高らかに剣を掲げている。実際にその剣を使う事はしないが、パフォーマンスとしては効果的だ。

断頭台の前だった。

びゅうびゅうと風が身を切る音が聞こえた。秋風は澄んでいるが、その分うんと冷たかった。

ステラは裸足だった。もとより白い肌を寒さで更に白くして、棒切れのように華奢な足で、ざり、ざりと砂利を踏み締めて歩いている。足には細かい傷がつき、鮮やかに血が滲んでいた。

断頭台は大広間の真ん中にあって、そこをぐるりと民衆が取り囲んでいた。チラホラと馬車が停まっているのも見え、貴族も観客に混じっていることが窺い知れる。

ステラは静かに黙っていた。唇を固く引き結び、歩を進めていくだけだ。黒の長髪がはためき、蒼い瞳が日光を反射して煌めいた。

ステラはまるで、不吉な影絵のように見えた。白すぎる肌、深すぎる黒の長髪。モノクロで構成された美しい少年の唯一の色味は、眼球の青だけである。その青も、空の天高くにギラギラ光る凶星のようであった。綺麗な顔を恨みつらみで真っ黒にして、それでも足を動かすのを辞めない。そういう奇妙な人形のようで、とても不気味だった。

ギシ、ギシと木の板を踏み締める。断頭台の刃にあっさりと辿り着いたステラは、やはり真っ黒な無表情だった。

王太子が叫ぶ。

「ステラ・サーペンタイト。お前は誉高きアストラル王国の公爵家という身分でありながら、国の宝である星の神子を様々な悪行で貶めた!それだけに飽き足らず、神子の命までを狙い、更には国を傾けようと画策した!その罪は到底許されるものではない!よって、斬首刑に処す!!」

わあっと群衆が沸いた。見目麗しい王太子が、悪名高いステラの首を刎ねる。それは、彼らにとって立派なエンターテイメントだった。殺せ、殺せ、殺せ!早く、その悪魔を殺してしまえ!血潮の香りがする熱狂に包まれた広間の中で、膨大な量の殺意がステラに襲いかかった。

まはやコレまでだな、と案外アッサリした思考でステラは弾頭台の刃を見つめた。味方は居ない、策略は潰れた、ただ命が果てるのを待つのみ。相変わらず王太子ジュリアン御一行と星の神子に殺意を滾らせてはいたが、そうしていられるのもあとほんの少しの間だろうな、と漠然と考える。ならば最後まで、アイツらに嫌がらせでもしてやるか。

「呪うぞ」

口から出た言葉は思いの外しんと響いた。辺りが静まり返る。冷水を浴びせられたかのように、先ほどまでの異様な熱気は萎んでいた。

「あなた方は苦しんで死ぬでしょう」

ステラは真っ直ぐに王太子の方を見て、予言のように言い放った。

「死にます」

再び、ステラが口を開いた。淡々と、抑揚もなく言葉が紡がれる。明日の天気は雨ですよ、とでも言っているような自然さだった。

「私が殺します」

王太子は気圧されて、一瞬黙った。だが、背後にいる騎士団長の息子やら、最年少の宮廷魔導士やら、稀代の天才と称された次期宰相なんかのお仲間が彼を励まし、勇気づけた。王太子の腕に絡みついている星の神子にも甘い声で囁かれ、すぐに調子を取り戻す。

「死ぬのはお前だ、ステラ!怪しげな言葉で惑わそうとしてもそうはいかぬぞ。処刑人!」

ジュリアンの指示を受け、処刑人たちが動き出した。キリキリと刃が首の真上に上げられ、ストンと首が落ちる。

血液が飛び散った。細い首の断面から、びゅうびゅうと噴水の如く血が吹き続ける。


ステラ・サーペンタイトは、死んだ。





死んだ、筈だった。

ステラは得体の知れないバケモノに化かされたような心地で、寝台に座っていた。

日付を見ると、それは処刑の5年前。ステラは12歳、王国は春の陽気に包まれている。あの断頭台で感じた秋風の冷たさは今はなく、代わりに空いた窓から花の良い香りが運ばれている。


どうやらステラは、5年前に戻ってきてしまったようだった。


己の最後を、鮮明に記憶して。

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