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中央の国 ワクサレア
024 取り戻したいもの
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どの入り口も民家の形をしているが、民家なのでみんな少しずつ形が違う。
普段は従業員の誰かが住民のふりをして住んでいるのだろうか、それともそういう役目の人間が別でいるのか……はさておき、ララキたちが上がってきた家はかなり生活感に溢れていた。
ごちゃごちゃした室内を出て、受付の人の案内でまた別の部屋へ。ちなみに受付の人の柄が悪い感じはどこの入り口も共通のようだった。
ごくふつうの寝室にスニエリタはいた。
ただ寝かされているだけで、見るかぎり何の処置もされていない。やっぱり出てきてよかったと思いながら、話しかけてようすを見る。
「スニエリタ、大丈夫? どっか痛いとこある?」
「あら……ララキさん、あなたもいらしてましたの。それに……ずいぶんお優しいんですのね」
あとの言葉はミルンに向けて言ったのだ。
殺さなかったばかりか手当てまでしてくれるつもりか、と。殺さなかったのは彼女だって同じだろうに。
それにしても顔色が悪い。怪我人というより病人に見える。
「とりあえず部屋を温かくしないとだよね。──燐花の紋」
「ありがとうございます」
「それにしてもひどくない? 怪我人をこんな部屋に寝かせてそのまんまなんて」
「違法クラブなんてそんなもんだろ」
そのあと二人がかりで回復の紋唱を行ったので、スニエリタの顔色はすぐに良くなっていった。
しかしこうして寝ていると随分小さく見える。実際ララキより背は低いだろうが、それでも今まではそんなに感じなかった。
だいぶ元気になってきたスニエリタが、ふとララキに尋ねた。どうして旅をするのかと。
それは、どうしてこんなふうに助けてくれるのかというのを、彼女なりに遠回しに尋ねているふうでもあった。
なのでララキは正直に答えた。アンハナケウを探していること。その手がかりを得るために各地を旅していること。
おとぎ話にあるように正直で善良な人だけがアンハナケウに行けるのだとしたら、人助けも積極的にやらなきゃいけないと考えている、というのはちょっと茶化したつもりで言ったのだが、スニエリタは深く頷いた。それは素晴らしい心がけですわ、という賛辞もつけて。
さすがにちょっと恥ずかしくなった。
それにシッカのことまでは言えない。
ただ、スニエリタはアンハナケウという単語を聞いてもいつかのミルンのように笑ったり、あるいは馬鹿にしたり呆れたりはしなかった。
ミルンはああ言ったけど、やっぱりララキにはいい人だとしか思えない。
「少し意外なのは、ララキさんだけでなく、ミルンさんも同じ目的でいらっしゃることですわね。
でもわかります。そんなところがあるのなら、わたくしもぜひ行ってみたい」
スニエリタは少し遠い眼をして、言った。
「そこで……失くしたものを取り返せるのなら……」
どこか寂しそうにそんなことを呟く彼女は、いったいどんな経験をしてきたのだろう。
今度はララキが彼女の旅の理由を尋ねてみたが、お勉強のためですわ、とおっとり返された。絶対違うだろうとは思ったが、言いたくないのかもしれないと思ってそれ以上はつっこめなかった。
そんなふたりの会話の間、ミルンはずっと黙っていた。
しばらくしてスニエリタは寝台から起き上がり、すぐに歩けるようにもなったので、そのまま彼女が泊まっている宿まで送っていった。
建物の前で別れることにしたが、見た感じけっこう高そうな宿だった。ほんとうに何者なんだろうか、彼女。
大祭ルーディーニ・ワクサルスは彼女も見ていくとのことで、ではまた明日、ごきげんよう、と言われた。
ララキもまた明日ね、と返した。実際には会わないかもしれないが、ちょっといい挨拶だなと思った。
すっかり夕食を食べ損ねていたので、帰りにいつもの食堂に寄る。
今までは安いメニューばかり頼んできたが、今日は戦勝祝いをかねて高めの料理を選ぶというミルンに、せっかくなのでララキも合わせてちょっとだけいいのを注文することにした。
ちょっとだけ、なのはララキは一ハンズたりとも賭けていないので何も収入がないからだ。だから気持ちだけ。
安食堂のメニュー表で高めというだけなのでどちらも大したものではなかったが、気分はよかった。
「あ、そういや今朝の買出しで肉は買えたのか?」
「干し肉ならあるけど」
「じゃああとで少し分けてくれ。アルヌとシェンダルも労ってやんねえと」
「あー頑張ったよねえ、ふたりとも。ところでアルヌって果物は食べる? 袋で買わされたから少しもらってほしいんだけど」
「そりゃ喜んでぜんぶ食うぞあいつ」
こんなに話が弾んだ夕食はいつぶりだろうか。
フィナナに来てからというもの、ミルンはぴりぴりしていることが多かった。それが最初の夜にスニエリタに負けたせいだろうというのはなんとなくわかっていた。
朝や日中はまだ明るいが、訓練場でひとしきり練習したあとのお互い疲れた状態でとる夕食は、ただ口に食べものを入れる作業をしているような感じだったのだ。
どうもララキが思っていた以上にミルンのマヌルド人に対するコンプレックスは強いらしい。
ともすればそれは兄を探すという当初の目的さえ後回しにする。訓練場でララキがロディルらしい人物に会ったと言ったときも、近くにいるかもしれない兄を追いかけるより練習のほうを選んだ。
たぶんそれは、ワグラールが彼の兄について、スニエリタよりも強かったと称したのも一因なのだろうが。
単純でさっぱりしたやつに見えるときもあれば、複雑で重たい部分もある。変な人だ。
でもその重たい部分が彼を強くして、ふつうに戦えばまず勝てないスニエリタ相手に今日のような勝利をもたらすのだから、人間って不思議だと思う。
同時に今日のミルンの戦いかたに、ロディルの面影を見た気がした。
いやララキはロディルのことをほとんど知らないわけだが、なんというのか、そう──紋唱を行うことで故郷に心を返すのだと言っていた彼の兄と、紋唱で闘技場を彼らの故郷のように作り変えてしまったその弟に、繋がりを感じたのだ。
自分を理解して、自分を制御しろと言うロディルと、己の特性を理解し、己が制御できる場を作ったミルンと。
もしかしてワグラールが彼ら兄弟が似ていると言ったのもそういうことかな。と一瞬思ったが、そもそもあの人はミルンが何もする前から見間違えを起こしていたから関係ないか。あの人はあの人で変だがまあそれはどうでもいい。
とにかくあれだ。
ミルンが機嫌がよいので、ララキも嬉しいのだ。
「ミーとアルヌは雑食で何でも食うし、シェンダルは肉ならなんでも食うから、あんまり考えなくていいのは楽だな」
「プンタンは虫とか食べるんだけど、自分で勝手に食べてるからあたしも楽だよ。
スニエリタは大変そうだよね。ジャルギーヤってなんかグルメそうだし、ニンナはすごいもの食べそう」
「……やめろよ想像しちまっただろ……」
「あははは」
明日もこうだといいのだが、それはまあ、無理だろう。
なにせ大祭の日なのだ。つまりはロディルとの再会が近かった。
* : * : *
彼はゆっくりと寝台から身を起こし、傍の小さなテーブルに置かれていた煙草の道具を手に取った。
火は必要ない。手袋を引っ掛けてちょっと指を動かせば、煙管の先に明かりが点る。
それを見ていた隣の女が、そういうのって便利でいいわねと、気だるげな声で言った。
薄絹のカーテンがさらさらと揺れる。部屋の中にはくっきりと街路樹の形の影が落ちていた。
「こんなところにいていいの? 婚約者なんでしょ、いなくなったのって」
笑うような声音でそう言う女は服を着ていない。寝台に横たわる、傷一つないなめらかな肌の上を、時おり風に吹かれたカーテンが優しく滑っていく。
答える男もまた肌を露にしていたが、こちらは寝台の脇に脱ぎ捨てていたものを拾ってもう一度身につけ始めた。
「そうなんだよな。困ったもんだよ、そろそろ何かしないと将軍になんと言われるか」
「探すふりだけしたらいいでしょ」
「いいや、僕くらいの腕になると中途半端ってわけにはいかない。探そうと思えばすぐ見つかる。見つからないなんていうのは、手を抜いていますと言ってるようなものだ。
しかしロンショットも運が悪い。お嬢さまを探す任務なんて、割を食ったもいいところだよ」
男がすっかり衣服を元通りに着なおすころ、女も薄手の寝巻きを身に纏った。
髪は私に結わせてよ。女は囁くように懇願すると、男の返事も聞かずに彼の髪に触れる。
見事な巻き毛の金髪は触り心地もよく、しばらく手櫛でそれを楽しみながら、束ねてゆっくりとリボンを巻いていく。男はその間じっと女に身をゆだねていた。
この女からは花の匂いがする。香水だろう、人工的で濃厚な匂いだ。
「……でも、あなたは行くのよね」
「肝心のお嬢さまがいないことには結婚ができないからな。でも、ウリヴィヤ、愛しているのはきみだけだ」
「うふふ。どうかしら」
「信じてくれよ」
「いいわよ。初心なお嬢さまに私と同じことはできないでしょうから、きっとあなたは物足りなくなって私のところに来るんだわ。次期将軍の愛人っていうのも悪くはないしね……」
ふたりはキスをして、男は部屋を出て行った。
残された女は再び寝台に横たわる。枕を抱き込んで、眠るように身を縮こまらせる。
知っているからだ、あの男が相手にしている女は自分だけではないし、その中で自分と同じ科白を言われた女も一人や二人ではないことを。
それなのに彼を手にする女はもう決まっている。彼のことを愛してもいなければ、彼のために身体を開いたこともない、帝国将軍の箱入り娘だ。
女が彼に出逢ったときにはもう、すでに彼とお嬢さまは婚約していた。なんでも将軍が指示したことだという。
彼女は女が欲しいものは何でも持っている。地位、家柄、金、紋唱術の知識、男、そのすべて。
それなのにすべてを放り出して逃げたと聞いている。
まったく意味がわからなかったが、女はそれを聞いたときにまず、そのまま帰ってこなければいいと思った。
どこかの誰かと駆け落ちでもしたに決まっているのだ、そのまま大陸の果てまで行って、もう二度とアウレアシノンに帰ってくるな。
そんなことを思ったところで空しいだけなのに。たとえ彼女が戻らなかったとして、男は自分のものにはならないだろうに。
「いいわね、選べる立場にある人は」
女は毒づいて、男の残していった煙管を拾うと、吸い口にそっと口付けた。
彼が次に会いに来てくれるのはいつになるだろうか。きっとお嬢さまを探しに遠出をすることになるから、ずっとずっと先になるだろう。あるいはもう二度と来ないかもしれない。
ああ、この吸い口に毒でも塗っといてやろうかしら。
彼が来たらきっとまた煙草を吸って、それで死んでしまえばいいのに。そうしたら自分も後を追うのだ。
そんなことを考えたあと、再び煙管を放り投げた。
→
どの入り口も民家の形をしているが、民家なのでみんな少しずつ形が違う。
普段は従業員の誰かが住民のふりをして住んでいるのだろうか、それともそういう役目の人間が別でいるのか……はさておき、ララキたちが上がってきた家はかなり生活感に溢れていた。
ごちゃごちゃした室内を出て、受付の人の案内でまた別の部屋へ。ちなみに受付の人の柄が悪い感じはどこの入り口も共通のようだった。
ごくふつうの寝室にスニエリタはいた。
ただ寝かされているだけで、見るかぎり何の処置もされていない。やっぱり出てきてよかったと思いながら、話しかけてようすを見る。
「スニエリタ、大丈夫? どっか痛いとこある?」
「あら……ララキさん、あなたもいらしてましたの。それに……ずいぶんお優しいんですのね」
あとの言葉はミルンに向けて言ったのだ。
殺さなかったばかりか手当てまでしてくれるつもりか、と。殺さなかったのは彼女だって同じだろうに。
それにしても顔色が悪い。怪我人というより病人に見える。
「とりあえず部屋を温かくしないとだよね。──燐花の紋」
「ありがとうございます」
「それにしてもひどくない? 怪我人をこんな部屋に寝かせてそのまんまなんて」
「違法クラブなんてそんなもんだろ」
そのあと二人がかりで回復の紋唱を行ったので、スニエリタの顔色はすぐに良くなっていった。
しかしこうして寝ていると随分小さく見える。実際ララキより背は低いだろうが、それでも今まではそんなに感じなかった。
だいぶ元気になってきたスニエリタが、ふとララキに尋ねた。どうして旅をするのかと。
それは、どうしてこんなふうに助けてくれるのかというのを、彼女なりに遠回しに尋ねているふうでもあった。
なのでララキは正直に答えた。アンハナケウを探していること。その手がかりを得るために各地を旅していること。
おとぎ話にあるように正直で善良な人だけがアンハナケウに行けるのだとしたら、人助けも積極的にやらなきゃいけないと考えている、というのはちょっと茶化したつもりで言ったのだが、スニエリタは深く頷いた。それは素晴らしい心がけですわ、という賛辞もつけて。
さすがにちょっと恥ずかしくなった。
それにシッカのことまでは言えない。
ただ、スニエリタはアンハナケウという単語を聞いてもいつかのミルンのように笑ったり、あるいは馬鹿にしたり呆れたりはしなかった。
ミルンはああ言ったけど、やっぱりララキにはいい人だとしか思えない。
「少し意外なのは、ララキさんだけでなく、ミルンさんも同じ目的でいらっしゃることですわね。
でもわかります。そんなところがあるのなら、わたくしもぜひ行ってみたい」
スニエリタは少し遠い眼をして、言った。
「そこで……失くしたものを取り返せるのなら……」
どこか寂しそうにそんなことを呟く彼女は、いったいどんな経験をしてきたのだろう。
今度はララキが彼女の旅の理由を尋ねてみたが、お勉強のためですわ、とおっとり返された。絶対違うだろうとは思ったが、言いたくないのかもしれないと思ってそれ以上はつっこめなかった。
そんなふたりの会話の間、ミルンはずっと黙っていた。
しばらくしてスニエリタは寝台から起き上がり、すぐに歩けるようにもなったので、そのまま彼女が泊まっている宿まで送っていった。
建物の前で別れることにしたが、見た感じけっこう高そうな宿だった。ほんとうに何者なんだろうか、彼女。
大祭ルーディーニ・ワクサルスは彼女も見ていくとのことで、ではまた明日、ごきげんよう、と言われた。
ララキもまた明日ね、と返した。実際には会わないかもしれないが、ちょっといい挨拶だなと思った。
すっかり夕食を食べ損ねていたので、帰りにいつもの食堂に寄る。
今までは安いメニューばかり頼んできたが、今日は戦勝祝いをかねて高めの料理を選ぶというミルンに、せっかくなのでララキも合わせてちょっとだけいいのを注文することにした。
ちょっとだけ、なのはララキは一ハンズたりとも賭けていないので何も収入がないからだ。だから気持ちだけ。
安食堂のメニュー表で高めというだけなのでどちらも大したものではなかったが、気分はよかった。
「あ、そういや今朝の買出しで肉は買えたのか?」
「干し肉ならあるけど」
「じゃああとで少し分けてくれ。アルヌとシェンダルも労ってやんねえと」
「あー頑張ったよねえ、ふたりとも。ところでアルヌって果物は食べる? 袋で買わされたから少しもらってほしいんだけど」
「そりゃ喜んでぜんぶ食うぞあいつ」
こんなに話が弾んだ夕食はいつぶりだろうか。
フィナナに来てからというもの、ミルンはぴりぴりしていることが多かった。それが最初の夜にスニエリタに負けたせいだろうというのはなんとなくわかっていた。
朝や日中はまだ明るいが、訓練場でひとしきり練習したあとのお互い疲れた状態でとる夕食は、ただ口に食べものを入れる作業をしているような感じだったのだ。
どうもララキが思っていた以上にミルンのマヌルド人に対するコンプレックスは強いらしい。
ともすればそれは兄を探すという当初の目的さえ後回しにする。訓練場でララキがロディルらしい人物に会ったと言ったときも、近くにいるかもしれない兄を追いかけるより練習のほうを選んだ。
たぶんそれは、ワグラールが彼の兄について、スニエリタよりも強かったと称したのも一因なのだろうが。
単純でさっぱりしたやつに見えるときもあれば、複雑で重たい部分もある。変な人だ。
でもその重たい部分が彼を強くして、ふつうに戦えばまず勝てないスニエリタ相手に今日のような勝利をもたらすのだから、人間って不思議だと思う。
同時に今日のミルンの戦いかたに、ロディルの面影を見た気がした。
いやララキはロディルのことをほとんど知らないわけだが、なんというのか、そう──紋唱を行うことで故郷に心を返すのだと言っていた彼の兄と、紋唱で闘技場を彼らの故郷のように作り変えてしまったその弟に、繋がりを感じたのだ。
自分を理解して、自分を制御しろと言うロディルと、己の特性を理解し、己が制御できる場を作ったミルンと。
もしかしてワグラールが彼ら兄弟が似ていると言ったのもそういうことかな。と一瞬思ったが、そもそもあの人はミルンが何もする前から見間違えを起こしていたから関係ないか。あの人はあの人で変だがまあそれはどうでもいい。
とにかくあれだ。
ミルンが機嫌がよいので、ララキも嬉しいのだ。
「ミーとアルヌは雑食で何でも食うし、シェンダルは肉ならなんでも食うから、あんまり考えなくていいのは楽だな」
「プンタンは虫とか食べるんだけど、自分で勝手に食べてるからあたしも楽だよ。
スニエリタは大変そうだよね。ジャルギーヤってなんかグルメそうだし、ニンナはすごいもの食べそう」
「……やめろよ想像しちまっただろ……」
「あははは」
明日もこうだといいのだが、それはまあ、無理だろう。
なにせ大祭の日なのだ。つまりはロディルとの再会が近かった。
* : * : *
彼はゆっくりと寝台から身を起こし、傍の小さなテーブルに置かれていた煙草の道具を手に取った。
火は必要ない。手袋を引っ掛けてちょっと指を動かせば、煙管の先に明かりが点る。
それを見ていた隣の女が、そういうのって便利でいいわねと、気だるげな声で言った。
薄絹のカーテンがさらさらと揺れる。部屋の中にはくっきりと街路樹の形の影が落ちていた。
「こんなところにいていいの? 婚約者なんでしょ、いなくなったのって」
笑うような声音でそう言う女は服を着ていない。寝台に横たわる、傷一つないなめらかな肌の上を、時おり風に吹かれたカーテンが優しく滑っていく。
答える男もまた肌を露にしていたが、こちらは寝台の脇に脱ぎ捨てていたものを拾ってもう一度身につけ始めた。
「そうなんだよな。困ったもんだよ、そろそろ何かしないと将軍になんと言われるか」
「探すふりだけしたらいいでしょ」
「いいや、僕くらいの腕になると中途半端ってわけにはいかない。探そうと思えばすぐ見つかる。見つからないなんていうのは、手を抜いていますと言ってるようなものだ。
しかしロンショットも運が悪い。お嬢さまを探す任務なんて、割を食ったもいいところだよ」
男がすっかり衣服を元通りに着なおすころ、女も薄手の寝巻きを身に纏った。
髪は私に結わせてよ。女は囁くように懇願すると、男の返事も聞かずに彼の髪に触れる。
見事な巻き毛の金髪は触り心地もよく、しばらく手櫛でそれを楽しみながら、束ねてゆっくりとリボンを巻いていく。男はその間じっと女に身をゆだねていた。
この女からは花の匂いがする。香水だろう、人工的で濃厚な匂いだ。
「……でも、あなたは行くのよね」
「肝心のお嬢さまがいないことには結婚ができないからな。でも、ウリヴィヤ、愛しているのはきみだけだ」
「うふふ。どうかしら」
「信じてくれよ」
「いいわよ。初心なお嬢さまに私と同じことはできないでしょうから、きっとあなたは物足りなくなって私のところに来るんだわ。次期将軍の愛人っていうのも悪くはないしね……」
ふたりはキスをして、男は部屋を出て行った。
残された女は再び寝台に横たわる。枕を抱き込んで、眠るように身を縮こまらせる。
知っているからだ、あの男が相手にしている女は自分だけではないし、その中で自分と同じ科白を言われた女も一人や二人ではないことを。
それなのに彼を手にする女はもう決まっている。彼のことを愛してもいなければ、彼のために身体を開いたこともない、帝国将軍の箱入り娘だ。
女が彼に出逢ったときにはもう、すでに彼とお嬢さまは婚約していた。なんでも将軍が指示したことだという。
彼女は女が欲しいものは何でも持っている。地位、家柄、金、紋唱術の知識、男、そのすべて。
それなのにすべてを放り出して逃げたと聞いている。
まったく意味がわからなかったが、女はそれを聞いたときにまず、そのまま帰ってこなければいいと思った。
どこかの誰かと駆け落ちでもしたに決まっているのだ、そのまま大陸の果てまで行って、もう二度とアウレアシノンに帰ってくるな。
そんなことを思ったところで空しいだけなのに。たとえ彼女が戻らなかったとして、男は自分のものにはならないだろうに。
「いいわね、選べる立場にある人は」
女は毒づいて、男の残していった煙管を拾うと、吸い口にそっと口付けた。
彼が次に会いに来てくれるのはいつになるだろうか。きっとお嬢さまを探しに遠出をすることになるから、ずっとずっと先になるだろう。あるいはもう二度と来ないかもしれない。
ああ、この吸い口に毒でも塗っといてやろうかしら。
彼が来たらきっとまた煙草を吸って、それで死んでしまえばいいのに。そうしたら自分も後を追うのだ。
そんなことを考えたあと、再び煙管を放り投げた。
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