ゴールデンソルジャー

木村テニス

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 ハーミアの記憶はぼんやりしていた。


 ――床が崩落した。


 覚えているのはそれだけ。
 落下の恐怖に負け、早々に意識を手放してしまったからだ。
 今は落下していない。そして、自分の体は横になっている事に気づく。


 ——重い瞼を少しだけ開けた。


 場所は分からないがぼんやりとした薄緑色の光がそこここに光っていた。
 暗く先の方までは分からないが、洞窟のような場所なのか? と予想を立てる。

 さらに情報を得ようと目を開くと「ひっ!」と短く悲鳴を上げた。
 直後には口を真一文字に引き結び、声が漏れないよう必死になった。


 そこに広がっていたのは十七歳の少女が目にするには悲惨といえる。
 崩落した石畳の床材に体を半分にされた死体や。脳から落ち頭部が割れた死体がそこかしこにあったからだ。

 これだけならまだ口を引き結ぶ原因にならない。
 ハーミアが恐れたのは死体を食う獣達が多数いたことだ。
 二足歩行、四足歩行、宙を浮く獣達は唸りながら死んだ人間達の肉を食っている。

 崩落の難から逃れ、息のある者もいたが。
 獣はあざとく見つけると生存者から率先して本能を満たすべく食事を始める。

 食われながら叫ぶ声は男の声。

 不快な音が耳にこびりつく、泣くのと叫ぶのを必死に我慢しながらハーミアは自分の体を見る。

 目立った損傷は無い。
 気付かれない程度に手足を動かし、問題なく動く事を確認していると。

「やめて! 来ないで!」

 金切り声が辺りに響いた。
 直ぐに声の主を探す。
 女性の研究員が尻餅をつきながら、獣から後ずさりをしていた。
 四足歩行の獣にじわじわと距離を詰められている。

「ひっ! だ、誰か! 助けっ――」

 女性の声を待たずに獣は飛びかかる。
 ハーミアは彼女を助けようと体を起こそうとするが恐怖で動けない。

 情けなさに下唇を噛みながら何とか助けようとするが、獣は女性に襲いかかり、悲鳴がハーミアの耳を貫く。


 ——だが女性の命は失わずに済んだ。

「グレック! やるよ!」

 獣は女性に襲いかかる前に胴を裂かれ、けたたましく鳴いた後に止めを刺された。

「アーミー! 止めを刺すのを忘れるな!」

 叫びながらも以心伝心のやり取りで獣の群れを駆逐するアーミーとグレック。

 二人とも落下の途中で多少の傷をおったが戦闘には支障は無く。
 次々と獣を駆逐していく。

 「——よかった」

 ハーミアは瞳を潤ませ安堵の吐息を吐いた。
 知り合いの二人が無事であった事と、この絶望的な状況から救いがあった事に声を詰まらせた。

 よくよく辺りを確認するとアーミーやグレックの二人だけじゃない。
 何名かの兵士・騎士が獣から生存者を助けている。

 もう一段深い安堵を吐き出すとハーミアは邪魔にならないように、そっと息を潜めた。


 少しばかりの時間が経過した。
 おおよその獣を片付けた兵士・騎士達。

 アーミーとグレックは背を合わせながら肩を上下に動かし荒い息を吐く。

 戦闘が終わった事を確認したハーミアは二人の元に駆けた。

「アーミー! グレック!」

 二人にとっては聞き慣れた声。
 アーミーとグレックはハーミアを視認し胸を撫で下ろした。
 同じ学舎で過ごす友が無事だった事は何よりも嬉しかった。
 アーミーは手を上げ笑顔を向けた。


 ——と同時に頭部が消失した。


 一瞬の出来事だった。
 グレックとハーミアは固まる他に手段が無かった。

 頭部を失いバランスを崩したアーミーだった体は、どさりと地面に横たわった。

 獣の唸り声

 だが先程までいた獣よりも威圧的で攻撃的であった。

 声に反応する生存者達。
 通常の獣よりも倍近い大きさの獣がアーミーの頭部を咥えていた。

 四足歩行が同じなだけであれは獣では無い。
 世界の——人類の敵と呼ばれる存在だ。

 異界の存在。通称:モンスター世界の敵

 獣よりも人肉を好み。
 獣よりも人を狩る事に長けており。
 獣よりも様々な形態をしており。
 獣よりも獣らしい異界の存在。

 モンスターがどこから溢れているのかは不明だ。
 この世界には人の数よりもモンスターの数が多いとも言われている。
 中には話が通じたり。会話ができるモンスターも存在すると言われている。

 モンスターと戦い続けた人間はその恐ろしさ、残忍さ、残酷さ、冷酷さを知っている。
 故に訓練や腕に覚えがある者以外は、モンスターに対して恐怖の念しか抱いていない。

 ゆっくりと頭部を咀嚼するのは目が四つある狼型のモンスターだ。
 血の匂いにつられ仲間である同じ狼型も集まってくる。

 そしてまた地獄絵図が始まった。
 それは生きながら食われる人間達。

 叫んでも助けがこない状況。
 そしてハーミアの目の前にも牙を剥き出しにしたモンスターが迫る。

 「走れ! ハミィ!」

 その声に体を縛っていた恐怖という鎖が解けた。
 死を覚悟したが、ハーミアを狙っていたモンスターはグレックが押さえていた。

「グレッ――」

「早く走れ! 死にたいのか!」

 グレックの指示のままに走り出すハーミア。耳に残ったのはモンスターの咆哮ではなくグレックの咆哮だった。
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