ゴールデンソルジャー

木村テニス

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 あれからどれくらいの時間が経っただろうか。
 ハーミアは必死に走った。

 ——あの場にいた全ての命を犠牲にして自分は生き残っているのかもしれない。

 ——皆を犠牲にして私は生き残った。

 ——獣やモンスターが皆の肉を食べている時に私は逃げた。

 皆を犠牲にして——とてつもない感情がハーミアを襲う。

 内臓が全て吐瀉物に変わるような不快感が全身を舐める。
 走るのをやめ嘔吐する。
 終わった後は壁に寄りかかり座りだす。

 まずここがどこかも分からず。どんなに走っても変わらない景色にハーミアは疲弊する。
 だが、物音が鳴るとたまらない程の恐怖に襲われ。また走り出す。

 走っては休み、走っては休みを繰り返していたが、ついには心が折れ立ち上がる事ができなくなった。
 相変わらず景色は変わらず。薄緑色の光に石畳の床だった。

 ――このまま死ぬのかな。とぼんやり考えだす。

 どれくらい蹲っていただろうか。
 唐突に唸り声が聞こえてきた時は恐怖のあまり体が言うことを聞いてくれなかった。
 狼型のモンスターがまた近くにやって来てしまった。

「やっ、やっ、いやっ——」

 拒絶を振り絞るがモンスターには関係の無いことだ。
 ハーミアは何とか立ち上がり懸命に走った。

 先ほどまでは、何人もの犠牲の上に成り立つ自分の命なんて価値があるのか?
 という疑問が胸を占めていたのにいざとなると逃げ出す自分が何だか滑稽に感じた。

 足が縺れつまずく。
 後ろを振り向くとモンスターがゆっくりと近づいてきている。
 大口を開けると短剣のような牙がびっしと並んでいる。

 恐怖のあまりハーミアはきつく目を閉じる。
 数秒後に待ち構えている死がある筈だった。
 だが訪れたのは死ではない。

 重々しい音——鈍器で硬い果実を潰すような音——がハーミアの耳に届いた。
 次には——久方ぶりに聞くモンスター以外の声。


「天知る地知るマルコメ味噌汁。お前は誰だと人が聞く! しらざぁ言って聞かせやしょう。世界の闇を切り裂く一筋の光! 我が名は聖剣エクスカリバ~!!!!! ジャスティス!!!」

「黙れサトウヨシオ」

「おい! 俺の名前はサトウヨシオじゃねぇ! 何回も言わすな、俺の名前は聖剣エクスカリバーだ! いい加減覚えろ。もしくはカリバーンでもいいぞ! でもカリバーンだと少し卑猥に聞こえるからやっぱりエクスカリバーでおねしゃす!」

「意味不明な事を言うな。サトウヨシオ」

「あっ! てめっまた言ったな! くそくそくそ! 空飛ぶ力があれば今すぐ飛んでいくのに~そんでお前みたいなひねくれ無愛想な奴より元奴隷で獣耳の可愛い女の子の元に行くのに~くそ!」


 ため息を吐きながら剣鞘を背に収めるのは全身黒色の少年である。
 ハーミアは目を丸くしたまま少年を見続けた。

「また血の匂いが濃くなったな」

「お嬢様キャラを助けたとあればプラマイゼロ。いってこいでチャラだって。それに、このフラグイベントは大切にしなければいけない。何故ならこのお嬢様が俺を手にしていずれ戦姫と呼ばれる壮大なるストーリーの始まりなのだから」

「うるさい」

 ハーミアはへたり込んだまま、美人顔に似合わぬ表情で固まっている。
 ポカンと空いた口からは言葉が出てこないようで、大きなすみれ色の瞳でただただ少年を見ていた。

 少年は剣を軽く小突くと視線に気付き体を向ける。
 ハーミアと少年の目が合う。

 ごくり。と生唾をのみ込んだのはハーミア。
 顔立ちを見るだけなら同年代かと感じていたが、纏う雰囲気が異質で異常だった。

 ——恐い。

 助けて貰った直後だがハーミアの直感がそう感じた。
 安易に声をかけたが最後。喉元を切り裂かれてしまうのではないか? そんな雰囲気をこの少年は纏っている。
 
 黒一色の風貌も相まってハーミアの困惑は拍車をかけていく。
 だがそれよりも一番どうしていいか分からなかったのは——。

「大丈夫かい美しいお嬢さん? 俺の体が自由に動けるなら小さい花でも渡して、今はこれが精一杯と言ってやれるのにな! こんなチャンス滅多にないのに~!」

「少し黙ってろ」

 ——これだ。

 少年は剣と会話しているのだが、ハーミアにはずっと独り言を言っているように見えている。
 妙に躁状態の無機質な声と少年の声が交互に飛び交うので、混乱の極みだ。

 あっ! と声を出したハーミアはモンスターの存在を思い出し、きょろきょろと首を動かすとモンスターだったものがあった。

 下顎のみを残し頭部を失った状態で転がっており。石畳の床と壁には青紫色の血花を描いていた。

 「た、助けて下さい!」

 ハーミアは状態の整理を一旦横に投げ叫んだ。
 この少年ならば、残してきた皆を助けられるのでは無いかと感じたからだ。
 ハーミアはこの少年を頼る他無かった。
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