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アインの戦闘はハーミアには非常に泥臭く見える。
騙し、揺さぶり、罠に嵌める。
だがそれは圧倒的なセンスの裏返しでもある。
討ち取った首をわざと掲げ、相手を興奮させ陣形を崩す。
一対複数を効率よく一対一に運んでいく。
仲間同士で同士討ちをさせ、後ろから漁夫の利を狙う。
敵を死なないギリギリまで弱らせた後に囮として使い、用済みになった途端にその命を奪う。
右足を引きずり怪我を装う。敵は目論見通りに動き、最後には負傷一つ無い体で鮮やかに頭部を砕く。
崩落場の地形やあらゆる物を利用するアイン。
それは人間の死体も然りだ。
そうして、ものの数分で全てのモンスターを駆逐した。
今までは兵士・騎士の、華麗な討伐しか目にしていなかったハーミアには理解が及ばなかった。
加えて、どうしてか剣を鞘に収めたまま、いたぶるように魔物を嬲っていく。
――卑怯。
助けてもらった身でありながらそう考えてしまった。
相手はモンスター。
同情をかける余地がないのは当然。
だが、それでも仲間の為にアインに襲いかかるその姿は非常に人間臭かった。
モンスターが庇い合う場面になると、無表情のアインは口角をわずかに上げ、武器を振るう。
その悪魔然とした笑顔をハーミアは見逃していなかった。
「おい!」
アインに声をかけられ肩が跳ねる。
ハーミアの反応をつまらなそうに見たアインはリュックから取り出した布で反り血を吹いている。
「依頼は達成したぞ」
その声で体を縛る恐怖を払う。
意を決し皆の元に駆けつけるハーミア。
だが――「そんな」
そこには生存者は一人もおらず、部位を食われた死体があるのみ。
血と臓物の湯気、糞尿の匂いが辺りに立ち込めた事に気付いたハーミアは、涙よりも胃液を口内から吐き出した。
「すまねぇなお嬢ちゃん。あんたの仲間守ってやれなかった」
さすがに剣もここではおどけた声は出さずにハーミアの身を案じている。
剣の声に答えられずにハーミアは地面にへたり込み、床を見ることしかできなかった。
「依頼は達成したぞ。このネックレスは俺の物でいいか?」
呆けていたハーミアにかけられたのは何の遠慮も無い声。
「あ、あなたは! この状況を見ても、まだお金のことを言うんですか!」
変わらぬアインの物言いにハーミアは激を飛ばした。
ハーミアにはアインが理解できなかった。
多くの人間の死体を前に金の話をする事に。
「私の、私の友達が殺されたんです! なのに、今は、お金の、話をしなくて、も——」
言葉尻が弱まり泣き出すハーミア。
それを見るアインは依然として無表情だ。
「お前の事情など知らん。俺は金が貰えるならそれでいい」
「あなたっ――」
同じやり取りを繰り返す前に床が大きく揺れた。
数秒後にもう一度揺れた。
ハーミアは目を見開き、アインは目を細める。
「アイン」
「あぁ。厄介なのが来そうだ」
会話をするのは剣と少年。
「使うか?」
「必要になったらな」
二人のやり取りについて行けずにハーミアは視線を迷わせる。
揺れの正体は足音。
徐々に大きくなる揺れは二人がいる場に近付いてきている。
薄緑の光が映し出したのは大きな、大きな獅子。
頭、首、胸、胴、足が全て野太い。
四肢に至っては笑えるほどに太い。
金色の肌には無数の傷痕がある。
その姿を見たハーミアは戦慄で身動きがとれない。
狼型のモンスターなど話にならぬ程の恐怖が彼女を襲っている。
「ありゃりゃ、金獅子だよ。どうするアイン?」
「逃げる」
「だよな」
短いやり取りをした剣とアインは、金獅子と呼ばれたモンスターに背を向け走り出した。
「お嬢ちゃんも早く逃げな! 縁があったらまた会おうぜ~」
声をかけたのは剣。
てっきり倒すものだと思っていたハーミアは、えっ? えっ?
と去り行くアインと金獅子を見比べた後に急いでその場を駆けた。
金獅子は逃げる二人を睨んだ後、急いだ様子も見せずにゆっくりと崩落場にある餌を咀嚼する。
二人はその様を見ることは無く、およそ人間の出せる限界の速度で走り去った。
騙し、揺さぶり、罠に嵌める。
だがそれは圧倒的なセンスの裏返しでもある。
討ち取った首をわざと掲げ、相手を興奮させ陣形を崩す。
一対複数を効率よく一対一に運んでいく。
仲間同士で同士討ちをさせ、後ろから漁夫の利を狙う。
敵を死なないギリギリまで弱らせた後に囮として使い、用済みになった途端にその命を奪う。
右足を引きずり怪我を装う。敵は目論見通りに動き、最後には負傷一つ無い体で鮮やかに頭部を砕く。
崩落場の地形やあらゆる物を利用するアイン。
それは人間の死体も然りだ。
そうして、ものの数分で全てのモンスターを駆逐した。
今までは兵士・騎士の、華麗な討伐しか目にしていなかったハーミアには理解が及ばなかった。
加えて、どうしてか剣を鞘に収めたまま、いたぶるように魔物を嬲っていく。
――卑怯。
助けてもらった身でありながらそう考えてしまった。
相手はモンスター。
同情をかける余地がないのは当然。
だが、それでも仲間の為にアインに襲いかかるその姿は非常に人間臭かった。
モンスターが庇い合う場面になると、無表情のアインは口角をわずかに上げ、武器を振るう。
その悪魔然とした笑顔をハーミアは見逃していなかった。
「おい!」
アインに声をかけられ肩が跳ねる。
ハーミアの反応をつまらなそうに見たアインはリュックから取り出した布で反り血を吹いている。
「依頼は達成したぞ」
その声で体を縛る恐怖を払う。
意を決し皆の元に駆けつけるハーミア。
だが――「そんな」
そこには生存者は一人もおらず、部位を食われた死体があるのみ。
血と臓物の湯気、糞尿の匂いが辺りに立ち込めた事に気付いたハーミアは、涙よりも胃液を口内から吐き出した。
「すまねぇなお嬢ちゃん。あんたの仲間守ってやれなかった」
さすがに剣もここではおどけた声は出さずにハーミアの身を案じている。
剣の声に答えられずにハーミアは地面にへたり込み、床を見ることしかできなかった。
「依頼は達成したぞ。このネックレスは俺の物でいいか?」
呆けていたハーミアにかけられたのは何の遠慮も無い声。
「あ、あなたは! この状況を見ても、まだお金のことを言うんですか!」
変わらぬアインの物言いにハーミアは激を飛ばした。
ハーミアにはアインが理解できなかった。
多くの人間の死体を前に金の話をする事に。
「私の、私の友達が殺されたんです! なのに、今は、お金の、話をしなくて、も——」
言葉尻が弱まり泣き出すハーミア。
それを見るアインは依然として無表情だ。
「お前の事情など知らん。俺は金が貰えるならそれでいい」
「あなたっ――」
同じやり取りを繰り返す前に床が大きく揺れた。
数秒後にもう一度揺れた。
ハーミアは目を見開き、アインは目を細める。
「アイン」
「あぁ。厄介なのが来そうだ」
会話をするのは剣と少年。
「使うか?」
「必要になったらな」
二人のやり取りについて行けずにハーミアは視線を迷わせる。
揺れの正体は足音。
徐々に大きくなる揺れは二人がいる場に近付いてきている。
薄緑の光が映し出したのは大きな、大きな獅子。
頭、首、胸、胴、足が全て野太い。
四肢に至っては笑えるほどに太い。
金色の肌には無数の傷痕がある。
その姿を見たハーミアは戦慄で身動きがとれない。
狼型のモンスターなど話にならぬ程の恐怖が彼女を襲っている。
「ありゃりゃ、金獅子だよ。どうするアイン?」
「逃げる」
「だよな」
短いやり取りをした剣とアインは、金獅子と呼ばれたモンスターに背を向け走り出した。
「お嬢ちゃんも早く逃げな! 縁があったらまた会おうぜ~」
声をかけたのは剣。
てっきり倒すものだと思っていたハーミアは、えっ? えっ?
と去り行くアインと金獅子を見比べた後に急いでその場を駆けた。
金獅子は逃げる二人を睨んだ後、急いだ様子も見せずにゆっくりと崩落場にある餌を咀嚼する。
二人はその様を見ることは無く、およそ人間の出せる限界の速度で走り去った。
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