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しおりを挟む「あれは何でしょうか?」
ボス部屋地面の中央部分が白く光っていた。
近付くと地面にアラベスク模様が浮かび上がり、それが白光していたようだ。
「このダンジョンから外に出られる魔法陣だよ。これが現れたって事はこのダンジョンも終わりだ」
「ヨシオさん、終わりというのは?」
「滅びる、消え去る。終わる。この世に存在しなくなるって意味さ」
「え? それって」
「さっさとおさらばしようぜ! 行くぞ我が弟子アインよ!」
「お前の弟子になった覚えはない」
「待ってください!」
ヨシオの軽口に返答するアインは魔法陣へと足を進める。
ハミィはこのダンジョンの外に出るよりも、気になる事があった為に二人を呼び止める。
煩わしいとばかりにアインはハミィを振り返る。
「どしたハミィちゃん? 急に大声出して?」
「このダンジョンが消滅するという事は、ここで亡くなられた人達も、消えてしまうのですか?」
「そうだな。ダンジョンと共におさらばだな」
「そう、ですよね——」
ハミィは沈痛な面持ちで頭を下げる。
友が、知人が、多く死んだ事と皆の犠牲の上に生きている自分の存在に歯痒さを感じる。
「外に出る前に祈りを捧げても良いでしょうか? 亡くなった方達にお祈りを捧げさせてください!」
振り絞るような声は寂寥で固められていた。
気概を感じたヨシオがそれに答える。
「そうだな。ハミィちゃんの友達がモンスターにやられちまったもんな。友達に祈りを捧げるのは——」
「いえ、それは勿論ありますけど。このダンジョンで亡くなった全ての人に祈りを捧げたんです」
その言葉にアインは、理解不能といった表情で見返す。
毅然とした態度でアインを見返すと、了承も得ずに両膝を地面に付け、両手を胸の前で組み。
死者に祈りを捧げる。
ヨシオは——優しいんだな、ハミィちゃん——と言葉を送り、祈りが終わるのをまった。
ーーー
「ありがとうございました。死者達が祈りを聞き魂が迷わず浄化できる筈です」
数分続いた祈りは終わりを迎え、
ハミィはアインとヨシオに言葉を送る。
「じゃあ。行こうか! 外にでようぜ」
ヨシオの言葉を受けたアインは移動するが、少しだけ足を止めハーミアを見る。
首を傾げるハーミアは——何か? と質問を返すがそれに答えずにアインは一メートル程の円形の形をする、魔法陣の中心まで歩く。
次の瞬間にはアインの体は光の粒子に包まれ全体の輪郭がぼやけると同時に姿を消した。
無言で見つめられたハーミアは何か気に障った事をしてしまったのかと悩んだが、問い正そうにも本人がいない為、移動した後に聞こうと、魔法陣の上に立つ。光の粒子が体を包むと——。
「ここは? カルディナ遺跡の入り口?」
——瞬き一つの間にハーミアはあの崩落の場であった、遺跡の入り口に立っていた。
周囲を見るが崩落があったのが、嘘と思うほど崩れた床は修復されていた。
まるで崩落なんてなかったかのように。
ヨシオの言葉の通りに、ダンジョンの存在が消滅した事の影響なのだろうか。
ハーミアは改めて、膝を床につけ、ここに訪れた皆と、友の顔を思い出す。
アインはため息をしながらもハーミアが泣き終わるのを待つ。
ヨシオも務めて無言を貫いた。
「おい、おいおい。アイン。何だその女は?」
唐突に遺跡内に声が響く。
聞く者の神経を逆なでするような男の声である。
ハーミアは肩を強張らせ周囲を見るが入り口の付近には誰もいない。
声の方向は石場の影となっており、そこには何もない。
「お前には関係がないだろう」
「いいや、あるね。大有りだぞアイン。お前の行動を管理するのが俺の仕事だからな」
アインは舌打ちをした後に背に担ぐザックを声の方向に投げる。
「今回のダンジョンの稼ぎだ。中身を抜いてさっさと失せろ」
「けひひ。お前は生意気だが仕事だけは優秀だから質が悪い」
粘着質な笑いと共に男が影場から姿を現す。
「今回は随分と成果が乏しいな。中抜きはしていないだろうな」
「お前と一緒にするな。外れダンジョンだっただけだ」
「そうかい。なら良い」
姿を現した男は実に仕立ての良い黒い漢服を着ていた。
ハーミアには、男が年齢不詳に見えた。
恐らくは二十代後半程。
真っ白な髪を後ろに撫で付け、黒くて丸い遮光眼鏡が年齢を分からなくさせている。
中身を抜き取り己の懐に忍ばせた男は、アインにザックを投げ返すと同時にハーミアに視線を向け指を差す。
「二度目の質問だアイン。その女は何だ?」
ハーミアは何とも言えぬ恐怖に身を抱かれ、身動きができない。
アインは無言を貫く。
こういった時に頼りになるヨシオは何故か黙っている。
「どうして答え無いアイン。俺に隠し事はできないだろう? お前程度が、身を弁えたらどうだ——」
——この犬が。男は最後にそう結ぶ。
アインの無表情は変わらない。
一瞬だけ口を開きかけたが、直ぐに閉じ無言となる。
アインのその姿を見て、ハーミアはだんだんと——。
「アイン。早く答えろ。時間の無駄だ。早く家族を楽にさせたいだろう? お前にはやるべき事がまだまだあるんだ。犬は犬らしく飼い主に従うのが世の慣わしだ——」
何も答え無いアインにハーミアは——だんだんと腹を立ててきた。
あんなに強く、大鬼を数分で片付けた男が、一人の気味の悪い男に良いように愚弄されている理不尽に徐々に怒りを大きくなっていく。
人には冷た態度を取っていたにも関わらず——何だこの言われたい放題の態度は!
またしても男はアインをなじる。
(私の時はゴミを見る目で冷たい反論しかしなかったくせに、アイーンお前は一体何なんだ!)
そう思うと我慢が効かずにハーミアはとうとう叫んだ!
それは丁度、男がアインにもう一度、犬と言った時だった。
「犬とはなんですか! 犬とは! そもそもあなた何ですかさっきから突然現れてギャーギャーと喧しいですよ! ここは歴史あるカルディナ遺跡なのですよ! 少しは礼節という言葉を弁えたらどうですか!」
一番声が大きのはハーミアである。
「アイーンもアイーンです! 何ですかさっきから言われたい放題で情けない! あぁ、情けない! 大鬼を切り倒した気概はどうしたのですか⁉︎」
「お、おい。俺はアイーンじゃ——」
「今はそんな事どうでも良いんです! 言い返したらどうですが! 言われ放題で悔しくないのですか! こんな生っ白い細い男に言われ放題で悔しくないのですか⁉︎」
「おい女! 貴様はなんだ突然に大声で、貴様の命など直ぐにでも——」
生っ白い細い男がハーミアぬ詰め寄り、脅しにかかる。
身構えたアインは直ぐにでも助けに入れるよう腰を落とすが——。
「臭っ! え⁉︎ ちょっと待って下さい! やっぱり臭い! うん。間違いない、貴方。口臭が汚物レベルですよ! どうして今まで放っておいたんですか?」
「え? はっ? 汚物? え? はっ? い、今。私の口が臭いといったのか小娘?」
「はい!」
真っ直ぐなハーミアの瞳からは一切の嘘偽りは感じ取れ無い。
「あっはっはっはっはは! 小娘! 貴様は度胸だけはあるようだな、自分の命が惜しいからと言ってよくもまぁそんなデタラメを言えるものだ。気に入った、苦しまずに楽に殺してっ——って、何をしている」
「いや、あの。すみません。本当に臭いです。気持ち悪いレベルです——すみません。本当に、ちょっと、失礼しまっ——」
鼻の穴を抑えていたが、溢れ出る汚物の刺激臭に堪えきれずにハーミアは顔を背け盛大にえずく。
おぇおぇとえずき続けるハーミアに。流石にマジなのかと、男はそわそわしだす。
「え? ちょ。え? そ、それ、えっと、マジなの? 俺の息臭いの? 汚物なの?」
問いかけてもハーミアはえずくばかりで回答をしてくれない。
男が言葉を吐き出すたびにハーミアは余計にえずく為、余計にそわそわとし、自らの口に手を持って行きセルフ口臭チェックをしだす。
「お、おいアイン。この小娘の言っている事は、本当なのか⁉︎ その、俺の口の中は——え? 嘘。アイン?」
アインはそっと顔を明後日の方向に向ける。
その行動が全てを物語っていた。
「アインさんも言ってやって下さい! 分かっていて言わないのはご本人に失礼ですよ! 言わない善より言う偽善ですよ!」
明後日を向いたままアインだが、肩が小刻みに揺れている。
恐らく、笑いを堪えているのだろう。
「あなたは先ず、その臭い息を直してからアインさん達に話しかけるように! それとこれっ——」
ハーミアはズボンのポケットを弄り何かを取り出した。
「これ、ジーンターンっていう生薬とハーブを調合した飴玉です。貴方の口臭は口内からもあると思いますが、内臓系もやられている臭いですので、その場凌ぎではありますけどお使いください」
ハーミアの手には銀色の飴玉が乗せられていた。
男はそっと指で摘み口に入れる。
「直ぐに専用の医院に行くことをお勧めします」
微笑むハーミアの顔はどこまでも実直であった。
「ファイン!」
口内で飴を転がしている為、男の発音は不明瞭となっている。
おそらく「アイン!」と言っているのだろう。
「ふひのひほほはほうひゃーひひゃってほふぁふ——」
さらには子声でボソボソと喋る為、何を言っているのか伝わらない。
何度か聴きだした内容はこうである——。
「次の仕事はソルジャーになってある依頼を遂行しろ。指示は追って出す」
男はそれを告げると俺は次の任務があると言って足早に去って行ってしまう。
後にはただただ、ジーンターンの清涼な香りがハーミアの鼻孔を掠めた。
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