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しおりを挟む「だひゃっ! ひゃっひゃっひゃっ! アイン! 見たかよアイツの情けない顔! 剣になってから一番笑ったぜ! ヒィ~おもれ~!」
口臭男が立ち去ってしばらくしてから、ようやくヨシオは喋り出した。
「久々に爽快な気分だな。ありがとうハミィ」
「いえ、どういたしまして。アイーン」
「アイーンと呼ぶな」
少年と少女は顔を見合わせた後に微笑み合う。
アインの綻んだ顔は、実に少年らしくハーミアは少しだけ心持ちが軽くなる。
「なんだ! 今、アオくてハライド的な雰囲気が場を包んでいた気がするが、俺の気のせいか? 気のせいであってくれ!」
「うるさい」
アインはヨシオを軽く小突いた。
ようやくいつもの二人に戻ったと安堵すると同時に、ハーミアは敢えて問いただしてみた。
「それよりも。あの男は何者なんですか? 偉そうに色々と言っていましたが、それにヨシオさんも急に、その、喋らなくなるし」
「ごめんな。ハミィちゃん。嫌な思い、いや、違うな。臭い思いさせちまって。そうだな、どこから話そうかな。俺はさ——」
「俺が話す。レギオンス大帝国の十二英雄は知っているか?」
ヨシオの言葉を遮りアインが言葉を紡ぐ。
「は、はい。もちろんです。幾つもの戦争で勝利を収めた大英雄の方達ですよね?」
アインの口から出たレギオンス十二大英雄は、この世界に於いて余りにも有名な話である。
領土を広げるレギオンスが誇る最強の矛であり、又は最強の盾として数々の戦争を勝利に収めている十二名の英雄を指す。
「レギオンスは次世代の十二英雄を育成する為に、ある機関を設立した。戦争孤児、遺児、迷い子を集め、武器の扱いや学問を教え、英雄へと育て上げる機関だ」
「それ、聞いたことがあります。アインさんの言う通り、身寄りのない子供を引き取り軍人に、果ては十二英雄に育て上げるという機関ですよね?」
「表向きはそう語られているが、あれには裏の顔がある——」
アインは一度言葉を切る。
ハーミアはアインの苦虫を噛みしめる表情を見て、ダンジョンの時同様に大きな胸騒ぎが襲う。
それはこの話をこのまま聞いてしまえば、また世界の秘密を知ってしまうのではないか? という動揺である。
渦巻く渦中に胸を当てるが心臓の鼓動はただ早くなるのみだった。
——環境は劣悪だった。
ハーミアの心持ちとは裏腹に、アインの語りが真実を告げていく。
「軍人を育てるという名目だったが、そんなものは大嘘だ。表向きは遺児を保護する機関として世間に知られていたが、裏では大貴族の玩具となって豚どもの議席を賭けたゲームの駒として飼われる。というのが実態だ」
「ゲ、ゲーム? どういう事ですか?」
ハーミアには目の前の少年が唐突に遠い存在に感じる。
「レギオンスの貴族どもは英雄なんて育てる気なんてない。暇を潰す玩具を集めていたに過ぎない。思い出すだけでも吐き気がする毎日だ。昨日同じ食事をしていた友と殺し合う日々の連続だ。死んだ奴は肉と評され勝者がそれを食らう。毒の適正をテストする臨床試験と称して、毒を持つモンスターとの交配。そいつらは当然のように死んでいった。逆らえば目を抉られ、耳を削がれ、鼻を落とされ、指の一本一本を切り詰められていく。俺たちが苦しめば苦しむほど談笑しながら豪勢な食事を食らう豚ども。誰が最後まで生き残るかそういったゲームを楽しんでいたんだよ。あそこは、そんな場所だ」
「え? そんな、本当ですか? 私、子供の頃にその機関に見学に行った事があります。そこにいた子供たちは、皆笑顔で剣の訓練をしていました! そんな——」
あまりにも、語られた内容があまりにも非現実を帯びていた為に、思わず聞き返してしまう。
ハーミアは自身の記憶にある光景と、アインの語った内容の統合性が取れずに——受け止められずに拒絶をしてしまう。
だがアインの言葉に一切の嘘を感じ無い。そもそも短い付き合いだが、この少年が嘘をつかない性格だというのは理解していた。
あの時、幼少期に見学に行ったあの時——あの同じ年の子達がそんな仕打ちを受けていた?
そう考えただけでハーミアの心には楔が打ち込まれる。
「ハミィちゃん。アインの言っている事は本当だぜ。俺は全部見ているんだよ。アイン達が悲惨な目にあっている所をさ」
「ヨシオさん?」
「俺はこんな派手な成りをしているけどよ、処刑器具の一種としてあの施設に置かれていたんだよ。笑えるだろ。転生したら扱えない剣指定されて、拷問器具として子供達を殺し続けるとか誰得だよ——ギロチンの刃みたいな扱いだったわけよ俺は」
ハーミアは逡巡する。
明るいヨシオが、子供を殺し続ける刃という事実に上手く向き合えないでいる。
ヨシオは躊躇いながらも言葉を続けた。
「俺は使い手を不幸にさせるんだよ。ある者が使えば身体中に病を発病させちまうし、別の奴が使えば身内が悉く自殺する。人によって不幸の用途は様々だ。現にアインは俺を使えば使うほど金が無くなるんだ。消えたゴールドは一体どこえやら? 消してる俺自身が分からないから始末がわりぃぜ」
「もしかして、あの大鬼を倒した時に、お金の額を言ったのはヨシオさんを使用した際に掛かったお金ですか?」
「その通り。ハミィちゃんは察しが良いな。アインは俺を使えば使うほど貧乏になっちまうんだ」
だからか——とハーミアが腑に落ちた。
初めてモンスターと対峙した時、アインはヨシオを鞘から抜かずに戦っていた理由が判明した。
「ま、ともかくよ! 俺は呪いの剣なんだよ、気味悪がって誰も使おうと、それどころか持とうともしない。しかも喋るし。流れ流され辿り着いたのが、あの胸糞機関でさ。俺はそこで、ギロチンの刃みたいにさ、断頭台に紐で吊るされて、子供達の首を刎ねてたんだよ」
「ヨシオさん——」
「だが、俺の首は刎ねられなかった」
「そう! そうなんだよハミィちゃん! こいつはどうしてか俺の刃が当たっても切れないんだよ! えらい不思議だよな? そこで俺なりに考察したんだが、やっぱり元お——」
「おい! いい加減喋りすぎだ」
アインがヨシオに怒号を飛ばす。
今までのような、呆れながらの物言いではなく明確な怒りの意思があった。
ヨシオは珍しく——すまない。と静かに詫びる。
「——だが、そのおかげで反旗を翻すことができた」
それからもアインは唐突に語った。
ヨシオという武器を手に入れたアインは反旗を翻した。アインに同調し同じように行動したのが十一名おり。
皮肉にもアインを含めれば十二英雄と同じ数の、十二名の子供達が機関を破壊し自由を勝ち取ったという話であった。
子供らの報復の顛末は直ぐにレギオンス大帝国に知れ渡り、案の定多くの子供達が帝国に命を狙われる身となる。
だが、そこで手を差し伸べたのが——。
「あの、口臭ではなく、真っ黒の人が所属する組織という事ですか?」
「あぁ。奴らの目的は不明だ。何が目的で俺らを引き入れたのかは謎だが、どうしても身を隠せる所が必要だったからな。奴らの要望に答える事でそれが許されている。だから奴らの言うことは従うしかない。最果てのダンジョンの話も奴らから聞いたんだよ」
「なるほど。ダンジョンで得たお宝を渡したのは、身を寄せている方達の安全といったところでしょうか?」
「まぁ。そんなところさハミィちゃん。あの胸糞野郎じゃないな、口臭男は嫌いだけどよ、仲間の為にもってやつさ、んで、俺が喋らなかった理由は——さ」
「はい」
言い淀むヨシオの言葉をハーミアは待つ。
なかなか言葉を発しないヨシオの代わりにアインがため息混じりに答える。
「理由なんて無い。単純に怖気付いているだけだ」
「おい! やめろ! そんな筈ないだろうが、俺は魔を切り裂く聖剣エクスカリバーだぞ! 誰があんな口臭男にビビるんだ!」
「事実だろうが?」
「そうなんですかヨシオさん? 私はてっきり、大事な理由があるのかと思っていたのですが?」
「いや、違うんだよハミィちゃん。これはあれなんだよ、そう、アレ、あれなんだよ、呪いなんだよ! 呪いで俺は口臭男とは喋れなくなっているんだよ!」
「ヨシオさん。そんな都合のいい呪いってあるんですか?」
「そんな都合のいい呪いはない」
「バラすなよ! 空気読めよアイン君! バラすのが早い!」
「ヨシオさん。正直に言ってくれると嬉しいです」
ハーミアの包むような母性に当てられ、ヨシオは観念し心情を吐露していく。
拷器具として扱われてから、どうしてかあの手の高圧的な人間の前では喋れなくなってしまったという。
それから子供とも喋れなくなってしまったようだ。
子供を殺す道具として扱われ続けた、元転生者の剣は躁状態の裏側には本人にも自覚していないほどの大きな闇をハーミアは感じ取った。
ヨシオの語りが終わる。
アインが反論しない事が、事実だと告げている。
「ヨシオさん」
「ハミィちゃん。俺はあの頃の、日本にいた時の、転生前の俺とは何も変わってないんだよな。ビビリで、何も出来ないしょっぱいままなんだよ」
「違いますよ。ヨシオさん」
「え?」
ハーミアは距離を詰め、手を掲げると、そっとアインの背に担がれている片手剣を、ヨシオに触れる。
「ちょ! ハミィちゃん! 何してんだ! 呪いが——」
「そんなモノは恐くもなんともありません!」
ヨシオの柄を握るハーミアが声高らかに叫んだ。
アインはその行動に驚愕の表情を向ける。
ヨシオはハーミアの勢いにのまれ黙り込む。
「ヨシオさんがいなければ私は死んでいました。貴方は呪いの剣なんかじゃありません。私という人間を救ったじゃありませんか? 立派な剣です。助けていただきありがとうございます」
ハーミアの額がヨシオに触れる
生きているという鼓動を感じて欲しいとの行動である。
「ハミィちゃん。その、あ、ありがとうな——でも、助けたのは俺じゃなくてアインだけどな」
「確かに、そうですね」
照れ隠しにおどけるヨシオの言葉には同調するが直ぐに言葉を続ける。
「でも、ヨシオさんはアインさんを傷つける事が出来なかったから、アインさんは生きられて、結果私も生きられている。だからヨシオさんが私を救った。という考えは間違っていませんよ。ねっ? アインさん」
「そうだな」
黒い瞳に映し出されたハーミアの顔には嘘偽りがない。
問われた言葉に本心で返答した。
微笑むアインは久方ぶりに人として感情を感じる事ができた。
「おまいら——」
それは剣となった転生者も同じ事がいえた。
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